オープニングストーリー restart 或いは realize
初めましての方は初めまして。
以前の「聖戦学院」をご覧になってくださった方は、お久しぶりです。
帰って来た、オルタです。
まず、前作を打ち切りのような形で終わらせてしまったことを、深くお詫び申し上げます。
その反省を踏まえて、今回の新作を執筆となりました。
今回はオープニングストーリー、言わばプロローグとなります。
前作の聖戦学院のこと、そして新作の舞台、状況、新たな登場人物達といった、数々の要素を詰め込んでおります。
それでは、新しい聖戦学院の世界を、ご覧ください。
それは始まりだった。
希望の、そして、絶望の。
西暦2015年 10月9日。
某国、某所。
足を進める私の四方は、光に覆われていた。
廊下を歩く私を覆うように囲まれた、純白の大理石が眩しい。
光が光を反射し、生み出し、まるで聖なる回廊のように煌めく空間は、形容しがたい神聖さを醸し出している。
視覚を閉ざして耳をすますと、こちらは機械が奏でる生命の音が響く。
ゴウン、ゴウン、と、まるで心臓が脈打つような音色が、より一層神秘さを際立たせているように感じる。
ここは、人理統一組織「聖府」、その本部。
政府ではなく、「聖府」。
これから地球に起こる、「ある異変」に対抗するため秘密裏に作られた、世界各国共同の防衛組織。
私は、その一員である。
身体を覆う白いスーツは、自らが聖なる者であるという証明であり。
この空間もまた、我々の意思が正しいと感じさせるための暗示に過ぎない。
しかし。
私にとって、それはただの目障りな障害。
つくづく自分が歪んでいるとは感じているが、そんな自虐的なことよりも、この光景に対する苛立ちの方が優っているらしい。
しかし、これも「務め」だ。
私には、向かわなければならない場所がある。
そこにいるのは、私が嫌悪する人間達ばかり。
・・・いや、果たしてあれを「人間」と言ってもいいものか。
とにかくそこまで嫌いなのだ。
だが気乗りしなくても、やらなければいけない。
それが仕事というものだ。
私は、自らの頭を揺さぶり誘惑する、どうしようもない苛立ちを振り切って、止まりかけていた足を進める。
カタン。
カタン。
白亜の世界に革靴の靴音が心地よく響く。
すれ違う人間は誰もいない。
だが、白き世界を歩く私の元へ。
突如、背後から、獲物を見定める賢しい毒蛇を思わせるような、歪みきった口調の声が投げかけられた。
「おやおやぁ?貴方も呼ばれたのですか」
思わず一瞬眉を顰めてしまってから、すぐに平静を装い、振り向く。
そこにいたのは、私と似たような、しかし対照的な色のスーツを着た、糸のように細い眼をした細身の男性だった。
黒と灰色を絶妙なバランスで混ぜたような色のスーツをなびかせて、まるで値踏みするかのようにこちらを見据える男を、私は軽蔑混じりの声色で迎え討つ。
「いらしたのですか、ロキ」
「ええ、貴方と同じく、上から召集がかけられたもので」
思っていたよりも憎悪がこもっていた私の言葉に、彼は小さく肩をすくめただけで、それ以上の反応はしなかった。
かく言う私もまた、自分の悪意を軽く躱されたことをかけらほども気に留めず、次の悪意を放つ。
「まさか貴方も呼ばれていたとは。上層部は何を考えているんでしょうかね」
「同感です。正直気乗りしませんよ。今回の招集には」
またしても飄々と躱す。悪意があると分かっているのに、さもわからないふりをして。
だが一瞬、彼の瞳が少し大きく開いた。ように見えた。
刹那、視線が交差する。
荒々しい私の怒りとは対照的な、嘲笑を思わせる、相手の存在と意義を完全に否定しきったような、眼。
「まあ、しかし」
時が動くと、既にそのような闇はなく。
「貴方のような出来損ないよりは、幾分マシなのでは無いでしょうか?」
代わりに、ヘドが出そうなほど完璧に研ぎ澄まされた嫌味が、その口から吐き出された。
ここまでの態度を見れば誰でもわかると思うが。
私は、この男が嫌いだ。
もう言う必要もないだろうが、この男の名は、ロキ。
「聖府」の中でも最高位の幹部集団「システム」の一人。
ロキ、というのもただのコードネーム、言わば偽名に過ぎず、ロキに限らず「システム」の存在と正体を知る者は、この「聖府」内にも殆どいない。
そして、私はその中からは除かれる。
「出来損ないなのはお互い様でしょう?ロキ。私達はあくまで道具。あの方の願望を実現させるための、言わば駒でしかない」
「駒、ねぇ」
心の内を読まれないように、淡々と告げられた私の言葉を受けて、ロキは少しだけ笑みを崩す。
「正直その扱いにも良い心地はしませんよ。私なにぶん研究者気質なものでして。自分で好き勝手にやらせていただける方が有難いのですが」
半ば吐き捨てるようにロキは言う。その顔には僅かとはいえ、不満のようなものが滲み出ていた。
だが、仮面をつけるかのようにそれを笑みで隠し、おどけたように口を開く。
「まあ、いいでしょう。ちょうど最後の『シミュレート』も終わりましたし、これからのことは退屈しのぎ程度に取らせてもらいますよ」
くつくつと笑うと、手をポンと叩き、ふと思い立ったかのように。
ロキはポケットの中から携帯を取り出し、誰かに電話をかけ始める。
「お先にどうぞ。私は用事があります故」
言われなくても先に行く。
その言葉が口から出てこなかったのは、我ながら評価すべき点だろう。
そんなことを考えながら、私は彼に背を向けた。
ロキの眼差しを背中に受けて、私は歩みを進める。
五感から彼の情報をいち早く消去させるために。
僅かに軋む右腕に力を込め、きつく拳を握りしめる。
歩みを進めるにつれ、白亜の回廊はコントラストを描きながら漆黒の迷宮へと変わり、星一つない夜空を思わせる深淵が辺りを覆う。
まるで悪魔の住まう万魔殿。
常人ならば恐怖で体を潰してしまいそうな程の重圧が、私の身体を襲う。
しかし。
「・・・軽い」
ふと、私の口から自然と声がこぼれた。
それは、あまりにも唐突で。
どこか、自分を鼓舞するように。
しかし、その中には確かに笑いがあり。
それは、自らは強者であり、勝者なのだという「記憶」を少しでも残すため。
「・・・くだらない。何が『システム』よ」
吐き捨てるように言い、身体に残る倦怠感を全て捨て去る。
邪魔だからだ。
これから対峙する人達にそれを見抜かれると、面倒なことになる。
ゴウン、ゴウン、という、先ほどまでとは打って変わって、重く、威圧感のある機械の鼓動が耳に届き始めた頃。
私の視界の中に、一つの大きな扉が見えた。
一目で木製ではないと分かる。かといって金属製にも見えない。
私の語彙力を総動員させても、「謎の扉」としか形容できないそれは、何重にも機械的なロックがかかられているのが直ぐにわかった。
だがそれは初対面にも関わらず、まるで私が来るのを待ちかねていたかのように。
あっさりと、異なる空間をその仕切りの奥に現した。
「入りたまえ」
優しく、それでいて抗えない威厳と威圧を感じさせる声に従い、私はその仕切りをまたぐ。
「失礼します」
中は先程の回廊と同じく漆黒の、ドーム状の部屋。
しかし、あちらとは正反対に、様々な色の輝きが星のように散りばめられている。
それは星の光と呼ぶにはあまりにも無機質で、心なき光。
ありとあらゆる国や大地を監視するための、独善的な瞳にすぎない。
そんな感情を心に浮かべていると、、にこやかに微笑む黒服の男が、巨大な半円テーブル越しに声をかけて来た。
「よく来てくれた、君を待っていた」
円卓を両断したような作りの大きなテーブルには、彼以外にも5人の黒服が、一人の老人を中心として囲むように座っている。
その全員の視線が、真っ直ぐに私を射抜く。だが、これくらいの威圧感は、もう慣れたものだった。
「聡明な君のことだ。何故ここに呼ばれたかも、大体検討はついてるんだろう?」
「ええ、まあ」
ふてぶてしく言い放つ。その様に、黒服の一人が立ち上がり咎めようとしたが、質問者の黒服が片手でそれを制する。
「よろしい。では早速だが本題に入ろう」
「第337回世界模倣シミュレーション・・・その結果を聞かせてくれ」
さてその前に、今の私たちの状況について説明する必要があるだろう。
一言で言えば、「世界崩壊の確定、その一歩手前」と言ったところだ。
未知の粒子の出現や、それを体内に宿した敵対的生命体、といった、この世の理を揺らがしかねない変革が、すぐそこまで迫ってきている。
そして、一手でも打ち損じると、その瞬間人類側の敗北は必然となる。
・・・それをいち早く観測し、サンプルを調達したのは先ほど廊下で会ったロキだ。
未来の災厄に対抗するために、彼はある計画を提唱した。
それが、「シミュレーション」。
地球上の主要人物や「聖府」、そして未知の物質や生物達を仮想世界に投影し、実際に起こり得る事態を算出する。
そうして対策をより具体的なものにし、可能性を高める、と言うわけだ。
だが。
「337回目もまた、バッドエンドに終わりました」
私は告げた。
ただ、淡々と。
実験を繰り返すこと337回目。未だにまともな対抗策が見つかっていない。
ロキが確保した未確認物質のサンプルを基に開始されたこのシミュレーションは、その全てが悉くロクな結末を迎えていない。
その上、ロキが計測した、世界変革が起こる時間は、2016年12月31日。
タイムリミットは、約1年。
「可能な限りのハンデを全て付け加えた337回目も失敗か・・・結末はどうなった?」
「重要因子の二人は『メギドの檻』、彼らが「暁」と呼ぶモノに囚われた後に、死亡。後に残った人達も、『檻』に特攻して全滅・・・人理再生は不可能、となりました」
『メギドの檻』とは、簡単に言えば「世界を滅ぼす者」だ。
無論、実在している生物ではなく、このシミュレーション用に作られた仮定の存在である。
「やはり無理なのでしょうか」
背の低く、細身の黒服が弱弱しく口を開く。
「人類だけの力で、あの侵略者達を迎え撃つのは」
その一言で、黒服達の空気が変わった。
劣勢に、ではない。寧ろその言葉を待っていたかのように。
「だから言ったのだ。このような無駄なことはするべきではないと」
嘲笑を込めて黒服の一人が言う。
がたいのいい体格から発されたその言葉は、細身の身体を強く打ち、黙らせる。
その様を見てから、再び威勢よく口を開いた。雄弁に、堂々と。
「やはり人類に必要なのは進化だ!我々の歴史を存続させるためにも、我らが上位領域にシフトするしかあるまい!」
「しかしですね、過去にその実験をした際には僅か1年で人理崩壊が起こったのですよ?」
「あれは中の奴らが愚図だったからだ!!」
長身の黒服からの指摘も吹き飛ばし、男はただ一つの結論を押し通そうとする。
彼の言う「上位領域」も、「進化」も、私にはまるで理解できない未知の単語だ。
故に、下手に口を挟まず、傍観者に徹しよう。
そう考えていた時だった。
「静粛に」
中央に座っていた老人から、たった一言。
たった一言だけ、静かに放たれた。
それだけで、他の黒服は黙り込み。
私もまた、全身が金縛りにあったかのように動かなくなっていた。
「進むべき道は決まった」
老人が再び口を開く。その言葉は短くも、重い。
「我等が導くのだ。人を、世界を、全てを―――――――」
そして、不意に老人が手をかざした時、背景と化していたモニターの光が、一瞬にしてブラックアウトする。
黒服達も、そして私も驚愕に身を固める中、モニターの電源が次々と立ち上がる。
そこに映し出されていたのは、シミュレーションにて『重要因子』と呼称されていた、少年少女達の姿だった。
同刻
「聖府」本部 『白亜の回廊』
「・・・はい、その通りです。ですから・・・」
白く眩い輝きを放つ回廊の中に、漆黒の外套を纏う男が佇む。
右手に持つタブレット端末を介し、何者かと会話する男ーーーーーーコードネーム:ロキは作り物の笑顔を絶やさず言葉を選ぶ。
「と、言うわけで。よろしくお願いしますよ、ウラノス。此度の計画には、貴方方のお力添えも必要なのですから」
言い終わり、相手の反応を認識してから、ロキは端末の通信を切る。
それに合わせて、糸のように細めていた彼の眼が、ゆっくりと開く。
その眼に浮かぶのは、未来への情景。
「歯車は整えましたよ」
誰に向けて言うでもなく、独言る彼の言葉には、確固たる信念が宿っていた。
「鬼が出るか蛇が出るか・・・あるいはそれらにすらカテゴライズされない怪物が出るか」
深いため息を空に吐き、やはり誰にでもなく呟いた。
「見せてもらいますよ。人類の行く末というやつを」
1年後、2016年10月。
ロキの予測通り、世界は大きな変革を迎えた。
生物に寄生する未知の粒子――――――――――後に魔粒子と呼ばれる物質の大量発生とともに、植物、動物、そして人間は大きな変化を遂げた。
植物は汚染され空気を汚し、動物は異形と化し命を喰らう。
肉が散乱し、悲鳴が木霊し、多くの死者が出た。
誰もが地獄を見た。誰もが絶望を抱いた。
それでも人々は諦めずに生き続け、ある者は時代遅れの剣を、ある者は錆びついた銃を手に、異形の生命体と戦いだすようになる。
そして、大きな混乱と混迷の中、時は流れ――――――――――――――
2017年1月7日、遂に「聖府」が公に認められた。
異形の生命体は「モータル」と呼称されるようになり、その情報も、脅威も、広く知れ渡るようになる。
怪物との戦いが激化する中、世界各国のメディアを通じて、あるプロジェクトの名前が地球全土に浸透し始める。
「プロジェクト・ジハード」
聖戦の名を冠するその計画によって、一つの学校が東京に設立された。
その名は、瀧宮学院。
怪物に抗うために設立された、人類の反撃の起点であり。
人類の、最後の希望である。
そして―――――――
「ここが瀧宮学院か」
一組の少年少女が、その扉をたたいた。
「早く行こ、ルクス君。入学式に送れるよ」
「あ、ま、待ってよ美月!」
二人は明るく朗らかに、しかし決意を背負って扉をくぐる。
それを遠くから眺める、一人の女がいた。
「・・・始まるのね。私達の聖戦が」
そう、彼女の言葉は正しかった。
それは、人々の希望であり、同時に絶望でもあった。
聖戦は、この時から始まった。
あとがきとなります。オルタです。
Re:聖戦学院 オープニングストーリー、如何でしたか?
今回はルクス側ではなく、「聖府」側からのスタートとなります。
何度か「シミュレーション」という単語が出てきましたが、これは前作の聖戦学院の世界のことを表しています。
…物語中でも語られましたが、前作のルクス達は全滅、となっています。
果たして、今作のルクス達は生き延びられるのでしょうか。
それでは、次回をお楽しみに。
オルタでした。