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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ザ・ストーリー・オブ・スズメバチを一番初めに倒したミツバチたちってマジですごいよね

作者: 石井俊介

 数々の国がひしめき合うインセクト大陸は、戦渦の真っ只中にあった。


 これは昨日今日始まったような(いくさ)ではない。有史以前から続いている長い長い戦争である。しかし、いまだそれが終結する様子は全くない。


 理由は単純だ。インセクト大陸に覇者と言えるような国が存在しないためである。


 強国と呼べる国はいくつもあるが、それらが入り乱れて一進一退を繰り返すため、単独で戦争を終わらせる国が現れないのである。


 大陸の外側では、このインセクト大陸でどこの国が覇権を()るかという話題がたびたび口の端にのぼる。

 インセクト大陸には数え切れないほどの国が存在するが、この話になった際に名前が挙がる国は限られる。


 強大な鬼族の住まう国、ヤンマオーガ自治国。

 堅牢な強兵で知られる大国、カブト皇国。

 大陸最大規模を誇る軍事国家、アーミーアント共和国。


 そして、並外れた凶暴性で恐れられる侵略国家、ホーネット帝国。


 主要なのはこの辺りだろう。これらの強国が睨み合い、小競り合いを繰り返してはいるものの、インセクト大陸の勢力図はそうそう変わることがないのが現状だ。




 ここ、ハニービー王国は、インセクト大陸の外れにある小国である。

 先に挙がったような列強諸国と争うような力などとてもないハニービー王国であるが、今日まで生き残ることができているのには理由がある。


 一つは、徹底した中央集権制度。全ての政治決定を国の代表である女王が一人で行うため、意思決定が早く、国の方針が明確であるのだ。極端な話、女王さえいれば国は成り立つほどである。そのため、緊急時には女王さえ守れば国が滅ぶことはない。


 そして二つ目は、築城能力の高さ。ハニービー王国は著名な建築家と腕の立つ職人を数多く抱えており、非常に短時間で高性能な堡塁(ほるい)や城郭を築き上げることができる。


 さらに、三つ目。ハニービー王国は立地が悪い。戦争で《くだ》降してハニービー王国の土地を手に入れたとしても、メリットが薄いのだ。

 土地も痩せており、野菜や果物があまり育たない。そのため主要な農業は花の栽培である。余剰な食料はなく、今の人口を保つので精一杯である。


 よって、ハニービー王国は周辺の国から『別に放っておいていい国』と思われている。


 ここはインセクト大陸では珍しい、『平和な国』なのである。






「さぁ~、今日も一日頑張んべ!」


 ハニービー王国の王都ローヤルで、一人の青年が伸びをしながら顔を(ほころ)ばせた。


 王都とは言っても、規模はそれほど大きくはない。城のある立派な農村といった印象の街である。

 城で働く人を含めても全員顔見知りであるし、王都を一歩出れば畑が広がっているような場所だ。


 この青年ハチロウも、王都のほとりにある畑で家族とともにハイビスカスを育てている一般的な王国民である。


「おー、気合入ってんね、ハチロウ」


 張り切るハチロウの後ろで、素朴ななりの青年がのんびりと微笑んだ。

 ハチロウの隣の家に住む幼馴染、ポーレンである。


 ポーレンの家も花を栽培している農家であり、畑の場所もハチロウの畑の隣。

 そのため二人はまるで兄弟のように仲が良かった。


 ハチロウが振り返り、ポーランに笑顔を向ける。


「そりゃあ気合も入るさ! 何たって今日は収穫の日なんだから!」


 収穫は、育てている花の種類によって時期が大きく異なる。

 ハイビスカスの場合は今日から収穫が始まるのだ。


「そっか、ハチロウのとこは今日からか」


 収穫の仕事は重労働である。肉体的にきついのはもちろん、精神的な疲れもある。雑に扱うと花に傷がつくため、常に気を遣う必要があるためだ。

 しかし、この一年の成果が現れる収穫の仕事は、男衆にとって非常にやりがいのある仕事であった。


 ちなみに収穫は男衆の仕事であるが、それが終わるとジャムを作ったり香油を取り出したりと、今度は女衆の仕事が増える。この時期になると家中が活気づくようになるため、自然と気合いも入るというものだ。


「父ちゃんが先に行って準備してんだ。急ごうぜ!」

「そんなに走るとまた転ぶよ、ハチロウ」


 二人で畑に移動し、それぞれの仕事に移ろうとする。


「うわっ、父ちゃんもう作業始めてるよ! じゃあポーレン、また後で――」

「ちょっと待って。……ハチロウ、何か音がしない?」

「音?」


 耳を澄ませる。


「言われて見ると、何か変な音がするような……」


 その音が次第に大きくなる。


 ……ゥゥゥ。


 ウゥー……ン。


「振動音……?」


 音はまだまだ大きくなり続けている。

 周囲で畑仕事をしていた人たちも音に気がつき、顔を見合わせる。


「何だろ、上から聞こえるけど」

「上……?」


 二人で空を見上げる。




 ヴヴヴヴヴヴヴ!!




「!?」


 空には化け物がいた。

 ハチロウたちと似たような姿をしているが、決して相容れぬものであると直感する。


「な、なんだアレ!!」


 化け物は全身から(おびただ)しい量の魔力を放出して宙に浮いていた。ハチロウたちにだって魔力はあるが、あれに比べると極々僅かなものでしかない。

 それにあの凶暴性をむき出しにしたかのような(かお)。話が通じるような相手ではないのが一目で分かってしまう。

 そして何よりも――。


 化け物が地面に降りてくる。


「うわぁ!!」


 ズゥゥゥウウン。

 大地が揺れ動く。


 何よりも――でかい!


 体の大きさがハチロウの三倍近くもある。


 突然の闖入者に、辺り一帯がどよどよとざわつき始める。


「ア、アンタ一体何者だ? オラたちに何か――」


 化け物の近くにいた人が、躊躇(ためら)いがちに話しかけた瞬間。

 その人の首から上が消え失せた。


 一瞬の間を置いて、ブシュ、と血が噴き出す。


「うわああああああ!!!」


 そこら中がパニックに包まれる。


「あ、アイツやべぇよ!! 躊躇(ちゅうちょ)なく人を殺しやがった!! 逃げようポーレン!! ……ポーレン!?」

「……ちょっと待って、ハチロウ」


 ポーレンが真剣な表情で化け物を見つめる。


 化け物は逃げ惑う人達を小馬鹿にしたように小さく鼻を鳴らすと、ヴヴヴヴと背中から魔力を放出し始めた。


「あいつ、移動する気だ……。あっちには……城がある! そうか、奴の目的は……!」

「おい、ポーレン!」


 ポーレンが化け物に駆け寄り、その背中に体当たりを食らわせる。


「ギ……!」


 化け物がダメージを受けた様子は全くない。しかし、背中の魔力が乱れて振動音が止まる。


「皆! コイツの狙いは女王様だ!! 誰か騎士団に連絡を――」

「ギギ……」


 化け物がポーレンを睨みつけ、腕を振るう。

 ポーレンの体が上下に分かれる。


「ポーレン!!」


 急いで幼馴染に駆け寄ろうとするハチロウを、何者かが止めた。


「何だよ!! 離せよ、父ちゃん!!」


 ハチロウの肩と掴んだのは父親であった。


「ハチロウ、騎士団に知らせろ」

「はぁ!? 何言ってんだよ、それよりもポーレンが……」

「つべこべ言うんじゃねぇ!! この中じゃお前が一番足が速ぇだろうが!! 早く行けってんだ!!」


 怒鳴りながらハチロウの尻を蹴飛ばす。


「……何だよ! 何なんだよ!! くそっ!!」


 ハチロウはパニックを起こしつつも父親に従う。

 微量な魔力を背中から放出させて城へと急ぐ。


「……ったく、頭の回転の鈍い奴め。少しはポーレンを見習いやがれってんだ」


 化け物の足元に転がったポーレンの亡骸を見つめる。


「すまねぇな、ポーレン。死ぬのは若い奴の仕事じゃねぇってのに……。せめて、無駄死ににはさせねぇからな」


 辺りを見回す。ポーレンのおかげで、もうパニックになっている者も逃げている者もいない。

 相手の狙いが自分達ではないならば、逃げるわけにはいかないのだ。


「ギギ……」

「させるかよ!!」


 再び魔力を放出させ始めた化け物に、一人が突っ込む。


「ギギ!」


 大きく振り回した腕で容易く殺されてしまう。

 しかし、背中の魔力は散っている。魔力制御は集中した状態でないとできないのだ。


「おぅオメーら!! 少しでも時間を稼ぐぞ!! 女王様や女衆を逃がすためになぁ!!」

「おう!!!」


 城には、何よりも守らなければならない女王様の他に、家族もいるのだ。

 男たちが畑に出ているこの時間、女や子どもは城に集まって仕事をする。この化け物が城に行ってしまえば、みんな殺されてしまう。


「死んでも守るぞ!! オメーらぁ!!」

「おう!!!」





 全速力で城に辿り着いたハチロウは、門番の制止を振り切って騎士団長室に走っていた。


「おい、ハチロウ! 今はまずいって! 騎士団長様には後で俺が伝えるって言ってるだろ!」

「うるせぇ! そんな時間はねぇ! 緊急事態なんだよ!」


 扉を開ける時間も惜しいとばかりに、団長室のドアを蹴破る。


「大変だ!! いま――」


 そこでハチロウの動きがピタリと止まる。


 いくつもの剣がハチロウの喉元に突きつけられている。


「……ハチロウか? 皆剣を下ろせ」


 突然部屋に入ってきた何者かが見知った顔であることを確認した騎士団長、ハイヴが号令をかける。

 剣が下ろされ、動けるようになったハチロウがハイヴ団長に詰め寄る。


「ハイヴさん、大変なんだ!! 実は――」

「ハチロウ。何の用かは知らないが、後にしてくれ」

「ダメだ!! 女王様のピンチでもあるんだぞ!!」

「なんじゃ、(わらわ)がどうかしたのか?」


 驚いて声のした方を見る。


「じょ、女王様!!」


 慌てて膝を付き、顔を伏せる。


 第八十八代ハニービー王国女王、アン・ナフル・クインビーがそこいた。

 偶然にも今日は女王本人による騎士団視察の日だったのである。


 道理でやけに警備がちゃんとしていると思ったんだ!

 ハチロウは脂汗を流しながら縮こまった。


「よい。それよりも何があったか申せ」


 アン女王はハチロウの無礼を気にも留めず、話をするように促した。


「はっ、はい!!」


 そしてハチロウは、さきほどの出来事を説明しはじめた。






「おのれ、ホーネット帝国……!! よくも妾の臣民を……!!」


 話を聞いたアン女王は、敵をホーネット帝国の者と断定した。


 ハチロウが言う敵の姿は、各地へ放っている間諜から得た情報と一致する。


 その情報とは、ホーネット帝国が自国の兵士で人体実験をしているという情報。

 魔力や筋力を異常に増幅させるという危険な実験である。


 最終的にホーネット帝国は、この実験により生み出された改造人間による軍隊を作るつもりでいるらしい。

 Vast Evolved Special Patriot Army。通称『VESPA(ヴェスパ)』。


 ただし間諜からの情報では、実験はまだ成功していないらしい。ヴェスパの姿も、屋外で秘密裏に行われた実験を監視している際、たまたま死骸を目にして得た情報だ。


 もしヴェスパが完成したのだとすると、ただでさえ強いホーネット帝国の兵士がさらに強化されたことになる。


「くそ、どうする……!」


 アン女王が考え込む。

 その後ろに控えていた相談役参謀、ネクター翁が口を開いた。


「どうするもこうするもございませんぞ、陛下。逃げ出す以外に選択肢はないでしょうな。城内の(おんな)()どもを連れて、今すぐにでも」

「くそっ……!! ハイヴ!! 分封蜂球(ぶんぽうほうきゅう)の儀を!!」

「ハッ!!」


 部屋がにわかに騒がしくなる。


 分封蜂球の儀とは、ハニービー王国に代々伝わる王都移転の儀式である。


 まだハニービー王国が遊牧民的な生活をしていた頃からの名残であるが、近年では形骸化して久しい。


 それが何百年かぶりに本来の意味で使用されたのだ。

 つまり、アン女王は王都を捨てて逃げ出す決断をしたのである。

 苦渋の決断であるが、国が滅ぶよりはマシだ。


 ハイヴ団長が部下に指令を出す。


「プロポリス副団長は第八大隊を率いて分封蜂球の儀を速やかに行え!! それ以外はヴェスパの足止めだ!! 俺に続けぇ!!」


 数人の騎士を残し、ハイヴ団長が部屋を後にする。


「さて、ではすぐに――」


 ネクター翁が何かを言おうとしたその時、城の外から大きな喧騒が聞こえた。数多くの、怒声と悲鳴。


「そんな……っ!? もうここまで聞こえるほど近くにまで……!? こ、これでは……もう……」


 ネクター翁が顔を青ざめさせる。


「みんな戦ってる……! 俺も行かなくちゃ!! 俺、少しでも時間を稼いできますから!!」


 ハチロウが部屋を飛び出す。

 それを青い顔で見送ったネクター翁が呟く。


「ダメじゃ……。敵はもうそこまで来ておる。残念じゃが足止めがほとんど出来ておらん……。分封蜂球をしたところで……この敵が相手では……」


 ネクター翁は続く言葉を飲み込んだ。


 敵を発見してからすぐにハチロウが城に走り、幸運にもアン女王に直接伝えることができた。そして女王もすぐに王都を捨てるという大きな決断をした。それでも間に合わなかったのである。


 つまり、最初から助かる目はなかったのだ。敵に目をつけられた時点でハニービー王国は終わりだったのだ。


「逃げても無駄……ということか」


 アン女王が呟いた。


「…………」


 部屋に残った面々が沈痛な表情を浮かべる。

 しかしその中でアン女王は一人、勇ましい笑みを浮かべた。


「どうした皆の者? もう選択肢がないという顔をしおって! まだあるではないか!! 『戦ってアレを倒す』という選択肢が!! ハッ! 民を見捨てておめおめと逃げ伸びるよりも、余程性に合うわ!!」


 そしてアン女王は、騎士団に指令を下し始めた。






 城を飛び出したハチロウは、ヴェスパと戦っている集団に加わっていた。


 戦うといっても、遠巻きに囲んで行く手を阻み、魔力での飛翔を妨害することしかできない。あちらこちらに顔見知りの死骸が転々としているが、ヴェスパには傷一つついていなかった。


 先に出たはずのハイヴの姿はまだない。城内で騎士たちが装備を整えている間に追い抜かしてしまったのだろう。


 ハチロウは近くに居た知り合いに話しかける。


「女王様にはお伝えした!!」

「そりゃあよかった! それで、女王様はなんて!?」

「話が難しくてよく分からんかった! でもハイヴさんとネクターじいちゃんもいたし、多分うまいことやってくれると思う!! それと、もうすぐハイヴさんが加勢に来てくれるよ!!」

「そうかい! そりゃあ心強ぇや!」

「で、父ちゃんはどこ!?」


 そう聞いた瞬間、知り合いの顔が悲痛に歪む。


「……ミツロウさんは……もう……だいぶ前に……」

「!!」

「……勇敢だったよ」


 父親は国を、家族を守るために勇敢に散った。

 その事実をかみ締め、ハチロウは涙をこぼした。


「俺……父ちゃんを誇りに思うよ」


 自分も父親のように勇ましく、と身構えたところに、武装したハイヴ団長と騎士達が到着した。


「よく持ちこたえた!! 後は我らに任せて下がれ!! 死ぬのは我らの仕事だ!!」

「へっ、今度ばかりは断らせてもらうぜ! 騎士サマよぉ!!」


 農具を持った農民たちと、武器を構えた騎士たちがヴェスパを取り囲む。


「ギ……ギギ……」


 しかしヴェスパは新たに現れた武装集団に何の反応も示さず、城に向かって歩を進める。


「異形の侵略者よ!! やはり目的は(わらわ)か!?」

「ギ……」


 辺りにいた人々が驚いて振り返る。

 防具を身につけていないアン女王が、同じく何も武装していないネクター翁と共に、城門から歩み出てきていた。


「女王様!? なぜ!? お逃げになったのでは……!?」


 ハイヴ団長が叫ぶ。


「妾はもはや逃げられん! しかし安心せよ! 諸君らの家族は分封蜂球の儀により避難を開始した!!」


 アン女王が辺りを見回す。


 王都は狭い。

 ここの人々は皆が互いに顔見知りである。


 そして、それはアン女王も同じだ。

 誰が誰の夫で、誰が誰と友達かまで詳細に知っている。


 そんな人々が、次々と傷ついてゆく。既に(むくろ)になっている者も多い。


 アン女王は少しの間悲痛そうに顔を歪めると、表情を引き締めて周囲に叫んだ。




「勇敢なるハニービー王国の民よ! 誇り高き忠義の者よ! 愛おしき我が同胞たちよ!!」


 高く響くその声に、その場にいる全員が耳を傾ける。


「我らには、もはや戦う以外に道はない!! 否! 勝利をもって道を切り開くしかないのだ!!」


 いまだ戦闘は断続しており、時折大きな戦闘音が発生している。しかしその音にかき消されることなく、アン女王の声は強く響いた。


「栄光あるハニービー王国の英雄たちに告げる!! 今こそ――」


 そして高らかに発する。ハチが一斉に飛び立つ様を語源とする、その言葉を。






「――蜂起せよ!!」






「うおおおおおおお!!!」


 アン女王の力強いその声に、咆哮をもって応える。


 ハチロウが、ハイヴが、その場にいる全員が、あらん限りの魔力を放出しながら敵に飛び込む。


「ギ……! ギギ……!」


 ヴェスパが無造作に腕を振るい、それだけで何人かの命が散る。


 しかし誰も怯みはしない。止まりはしない。

 足に取り付き、胴に絡み付き、腕にしがみ付く。


 ヴェスパの表面を覆いつくしても、まだ人々の勢いは止まらない。ヴェスパが膨れ上がるようにしてその輪郭が曖昧になってゆき、全体が球に近づいてゆく。


「おおおおおおおッ!!」

「ギ……!! ギ……!!」


 その内部では激しい戦闘が行われていた。王国民は全力で魔力を放出しながらヴェスパを押さえつけ、ヴェスパも全力で魔力を放出してそれに抗う。


 ヴヴヴヴヴヴ、ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!!!


 この世の物とは思えない振動音が辺りに響く。


「おおおおお……ッ!! ――……ッ!!」


 内部ではどんどん熱気が高まり、酸素が失われてゆく。

 そして――。


「ギ……、ギ……。………………」


 ヴヴヴヴヴ、ヴヴ、ゥゥゥゥゥゥゥ。


 ヴェスパの振動音と抵抗が次第に弱まり、やがて消える。

 それと同時に、力を使い尽くした人々が転がり落ちる。


「はぁッ、ハァッ、ぜはッ……!」


 息も絶え絶えになったハチロウが、倒れて動かなくなったヴェスパを見る。


 凶悪な相貌からは光が失われ、魔力が完全に止まっている。


 通常よりも大きく出力の高いヴェスパは、内部に熱を溜め込みやすい。そのため高出力を出せるのは短時間で、排熱も常に行わなければならなかった。

 しかし、人々にまとわり付かれたことで内部の熱が高まり、ついにオーバーヒートを起こしたのだ。


 ハチロウが拳を掲げる。


「はぁ、はぁ……! 俺達の……、勝ちだッ!!」

「うおおおおおおお!!」


 人々が口々に(とき)の声を挙げる。

 その様子を、アン女王はにこやかに見ていた。


 犠牲になったものは多い。しかし、今回の襲撃でハニービー王国は己の強さを知った。

 命を賭して頑張ってくれた今回の立役者達のことは、労わなければならない。

 ……辛い気分を、吹き飛ばしたい者もいるだろう。


 アン王女は傍に控えるネクター翁に大声で指令を出した。


「ネクターよ!! 国庫を解放せよ!! 皆に(ミード)を振る舞うのだ!!」

「……御意に」

「うおおおおおお!!!」


 その晩。

 ハニービー王国の、まさに蜂の巣をつついたような騒ぎは、いつまでも収まることはなかったという。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 昆虫の生態をうまく盛り込みつつ、異世界バトルのような丁寧な描写がかっこよかったです。面白く読ませて頂きました。
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