史上最大の誘拐事件
『アル様、学校お疲れ様です』
「うむ、今日はB1ルートで寮に戻る」
『了解致しました』
俺は二つ折りの携帯電話を閉じると、Ⅱ年Ⅷ組の教室を出て廊下で待っているアガサに声をかける。
「お待たせ」
「今日は、事件の捜査ないの?」
「たまには寄り道しないで、寮に戻ろうと思ってね。せっかく待っていたのに、アガサには悪いが稼ぎ損ねたな」
総資産6那由多円の資産家の嫡子である俺は、盗聴やハッキングの恐れがあるスマートフォンではなく旧式の二つ折り携帯電話を愛用していた。
しかしGPS機能のない携帯電話では俺が拉致られたとき、金奈良インターナショナルシークレットサービス(通称:キス)が居場所を特定できないので、登下校や外出時には事前にKISSの六谷駿菜主任と打ち合わせたルートを移動する。
資産家の誘拐は登下校時のように予測しやすい移動時が、もっとも狙われやすいのでA校門、B裏口、1最短ルート、2寄り道ルート、3事件現場に向かうルートなど、英数字の組み合わせにより複数のルートを使い分けていた。
俺にB1を指定されたKISS主任の駿菜は、大勢の部下を学校と寄宿舎までの最短ルートに配置しているだろう。
「や、やめてください……親からの仕送りも滞っているし、お金を渡したら生活が苦しいんです」
「金奈良高校の生徒は、みんな大金持ちなんだろう? 私たちみたいな庶民にさぁ、金を恵んでおくれよ」
「ほ、本当に貧乏なんです」
俺とアガサが学校の裏口に向かうと、校舎裏の奥まったところから悲壮な女子の声が聞こえた。
全寮制の進学校である我が私立金奈良高校だが、残念なことに一部の不心得者がいる。
正義感の強い俺が現場に立ち会えば、カツアゲ程度の問題は金の力と国家権力を笠に着て難なく解決できるのだが、助けてやった一般生徒が逆恨みされて俺の目が届かないところで、より陰湿な仕返しをされる可能性があった。
いじめばかりは、俺の力を以ても根絶が難しい。
「アル、助けてあげて」
「助けてやるのは、一向に構わないけどね。野良猫に餌をやるようなもので、その場しのぎに助けても切りがない」
「次期生徒会長を目指すなら、問題を見過ごしてはいけないわ」
「はいはい。キスの駿菜には、トラブルを避けるように言われてるんだがな」
アガサに背中を押された俺は、倉庫の影でヤンキーに壁ドンされている女子生徒に手を振った。
「た、助けてください!」
ふんわり横に広がったウェービーボブの女子生徒が、壁ドンしていた他校のセーラー服を着ているスケバンを両手で押し返して、俺とアガサの方に逃げてくる。
クーデレなアガサも美少女だが、ヤンキーに絡まれておどおどした彼女も、愛くるしい黒目がちな目や眉尻の下がり具合が儚げな美少女だった。
「坊や、痛い目に合いたくなかったら、その子を置いてとっとと失せな」
ヤンキーは三人、カツアゲの首謀者は裾の長いスカートを履いた壁ドンしていたスケバンで、その両脇に華奢なリーゼントパーマと、巨漢のスキンヘッドの男子生徒が立っている。
俺を『坊や』なんて見下したスケバンは、前髪パッツンのロングヘアの長身で、細く鋭い目つきが堅気じゃない雰囲気を醸し出していた。
「お前ら、見かけない顔だな。それにお前らの制服は、金奈良高校じゃない。他校の生徒にしても、高校生にしてはずいぶん老け顔だな……何者だ?」
「あーん? てめぇこそ何者だ!」
「名乗るほどの者ではないが、ネットニュースで話題の名探偵アルだ!」
「知らねぇな!」
リーゼントの男がバタフライナイフを俺に向けると、スキンヘッドの巨漢が背後で指を鳴らした。
彼らのリーダー格のスケバンは、事の成り行きを腕組みしながら見守っている。
「お前らが何者でも構わないけど、うちの女子生徒をカツアゲするなら、この名探偵アルが許さない」
「女の前だからって、格好つけてんじゃあねぇぞ!」
事情はわからないが、相手が他校の生徒ならば勝手が違う。
部外者が我が校の生徒をカツアゲしているならば、心と体に二度と金奈良高校の生徒に手出し出来ないようトラウマを刻んでやるだけだ。
「相手してやるから、かかってこい」
「ふざけんなよ……てめぇには、こいつが目に入らねぇのか!」
俺はリーゼントのバタフライナイフ目掛けて指鉄砲を構えると『ばん!』と、叫んで弾き落とした。
キンッと、金属と金属のぶつかり合う音がしたが、もちろん俺の指先から銃弾が発射されて、リーゼントの刃物を弾き飛ばしたわけではない。
俺は超能力者でも、ましてサイボーグでもない、ただの金持ちだ。
「な、な、なんだ今の?」
「何をやってるでごわすか、おいどんと代わるでごわす」
困惑しているリーゼントを強引に横に避けたスキンヘッドの巨漢が、指鉄砲を正眼の構えた俺の前に立ったので、物陰に隠れて非致死性武器テーザー銃の引金に指をかけているだろうKISSの駿菜主任に『ばん!』と、デブを排除するように合図を送った。
先ほどバタフライナイフを狙撃したのは、俺を陰ながら護衛する駿菜だった。
「あべべべべべべべっしッ!」
「あははは、ゆかいゆかい!」
次の瞬間、テーザー銃から発射された電極で感電したスキンヘッドは、目を白黒させながら肢体を突っ張らせる。
駿菜は周囲に悟られぬようスタンガンの電極を巻き取ると、引金を引かせた俺の背中を睨みつけているだろう。
彼女には『トラブルを避けろ』と、常々言われているのに、自らトラブルを呼び込んだので、寮に戻ったらお説教タイムだ。
全身黒ずくめのタイトスーツを着ている彼女の雇い主は、警視総監の父親であり、俺の部下ではないから遠慮なく叱りつけてくる。
俺はニンジンと、駿菜のお説教が苦手だ。
「坊や、どんな手品を使って保屋月と豚面を倒したのかわからないけどねぇ。この麻徐様が、この街を牛耳るチャイニーズマフィア土龍房の一人娘と知っているのかい?」
「チャイニーズマフィアの一人娘だと……駅前の餃子房なら知っているが、土龍房なんて知らんな」
「土龍房を知らない人間が、この街にいるとはねぇ」
「お前らこそ、そこらのユーチューバーより高名な名探偵アルを知らなかったじゃん。おあいこさまだな」
「あんた、面白い男だねぇ」
「お前らほどではないがな」
麻徐は乗ってきたであろう自転車に跨り、保屋月と豚面に『引き揚げるよ』と声をかけた。
チャイニーズマフィア土龍房の麻徐のことは、もちろん知っている。
女子高生の彼女を護衛している保屋月は、ロシアの特殊任務部隊スペツナズでウエポンマスターと呼ばれた男で、豚面は世界最大のプロレス団体で横綱マスクを名乗るレスラーだった男だ。
二人とも学ランを着ているが、いい歳こいたおっさんである。
「名探偵アル、今回のことは忘れないよ」
「俺だって、こんな愉快な事件は忘れん」
チャイニーズマフィアの一人娘は『月夜の晩ばかりじゃない』と、なぜか俺の背中に隠れていたアガサに忠告すると、負傷した二人の部下と消え去った。
ただ黙ってみていた助手に捨て台詞を残したのが気になるものの、校内に侵入していた賊を追い払ったので、無事に事件解決である。
「金奈良先輩、ありがとうございます。土龍房は、資産家の子供が集まる金奈良高校の生徒たちに目を着けているみたいです」
「我が校の生徒はトラブルに巻き込まれるくらいなら、金を渡して解決する金持ちが多いからな」
「金奈良高校の生徒が、金で解決するから土龍房が味をしめたんですよ」
「君も出し惜しみせずに、小銭くらい渡してやれ」
「それは――」
麻徐みたいな人間は、札束で頬をビンタしてやれば大人しくなる。
闇社会の連中とは、あまり拘りになりたくないのが正直なところだ。
「アル、この子はⅠ年Ⅷ組の最南紗良さん。私と同じ、AO入試の特待生です」
私立金奈良高校は世界各国の政財界を牛耳る連中の後継者を集めて帝王学を中心に、経済学、政治学、人心掌握術など次代の指導者を教育するために設立されている。
しかし学力やスポーツに秀でた者、さらに容姿や人格まで加味した上で、学費と寮費が免除される特待生として一般家庭から極少数入学していた。
特待生は卒業後、全寮制の高校生活で培った経験や人脈を活かして政財界を担う人材として世界を動かす一員となる。
ゆえに入学希望者が殺到する中、狭き門である我が校の特待生となったアガサや彼女は、美形で性格も良く学力やスポーツも優秀な生徒である。
「サラは特待生か」
「はい、金奈良先輩!」
「サラ、俺のことはカタカナ発音で『アル』と呼び捨てろ。その方が、少年探偵ぽくて興が乗る」
「ではアル……先輩」
「うむ、それで良いだろう」
「アル先輩、改めてありがとうございました」
ちょこんと頭を下げたサラは奥ゆかしくて、クールなアガサとは違った印象の美少女であり、聞けば金に困っている特待生であれば、アガサの妹助手に雇おうと決めた。
AO入試の面接では、女たらしの金奈良弥留蔵理事長の好み(タイプ)が大きく反映されるのだが、祖父とは女の趣味が合うらしい。
「サラが金に困っているのなら、アガサの妹助手として雇ってやる。俺へのアドバイザリー料金は一回一万円、雑用もだいたい一回一万円を支払おう」
「えーっ、私が名探偵アルとアガサ先輩の助手ですか!」
「嫌なのか?」
「嫌なわけないじゃないですか! 一万円ですよ!」
天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずとの名文を残した福沢諭吉先生が、ちゃっかり人の上に君臨しているのだから、ナイスガイ過ぎて足を向けて寝られない。
「サラが妹助手になれば、アガサの仕事も少し楽になるだろう」
「……」
「アガサ、どうした?」
「いいえ、何でもないわ」
アガサは一瞬だが、明らかに不貞腐れた態度で俺を睨みつけた。
助手が一人増えたら、彼女の取り分が減るのだから手放しで喜べないのだろうか。
「アル、私は寄り道して帰りますから、寮にはサラちゃんと戻ってください」
「ああ……わかった」
アガサは裏口をくぐったところで振り返ると、冷ややかな視線で『それから――』と前置きした。
「世の中には、お金で解決してはいけない問題もあるわ」
「え?」
「他の生徒が犯罪者に金を渡して解決したから、サラちゃんみたいな一般家庭の生徒が苦しんでいるのよ」
「確かにそうだね」
「しばらくは、別々に帰りましょう」
アガサは、俺の独断でサラを雇ったのが気に触ったのだろう。
しかし彼女の言い分も理解できるが、犯罪者に金を渡して解決できるとき、金で解決してはいけないなのだろうか。
これが人命のかかった犯罪だとしても、彼女は犯罪者に金を渡して解決してはいけないと言うのだろうか。
※ ※ ※
サラと寮に戻った俺は、KISSの駿菜主任にこっぴどく叱られたものの、相手がチャイニーズマフィア土龍房一味だったので、テーザー銃の発砲は表沙汰にならないだろうと言われた。
「しかしアル様、土龍房の麻徐に恨みを買ったのは失策です。彼女は未成年なのを良いことに、恐喝以上の犯罪を仕掛けてくるかもしれません」
「駿菜さんの考えは、大袈裟だよ。いくら麻徐が少年法で守られた身分でも、カツアゲ程度で満足している女子高生だぜ?」
駿菜は呆れた顔で、楽観的な俺を見ている。
「麻徐は、ただの女子高生ではありません。その気になれば、闇社会のシンジケートを使って本国に逃亡だってできるんです」
「わかった、わかった……今後は、連中と拘らないように気を付ける」
「登下校はしばらく、キスの要人警護車両で送迎します。アル様、よろしいですね?」
「わかったよ」
駿菜に諭された俺は、その日を堺にしてアガサやサラの助手と別々に登下校するハメになった。
お目付け役の助言に逆らって無用なトラブルに顔を突っ込んだのも、父親の弥郎警視総監にばれて、しばらくは事件現場通いも自重するしかなかった。
※ ※ ※
華麗なるモラトリアムの終焉とは、こうも突然に訪れるものなのか。
そんなことを考えながら、車窓に流れる風景を眺めていたとき、滅多に鳴らない携帯電話の呼出音が車内に鳴り響いた。
『坊や、私が誰かわかるかい』
「麻徐……なぜ俺の携帯番号を知っている? この番号は、世界各国の首脳と身内の者しか知らないはずだ」
土龍房の麻徐からの電話は放課後、俺が駿菜の運転するKISSの要人警護車両の車内で受け取った。
非通知でかけられた電話に、嫌な予感がする。
『どうしてかしらねぇ、あんた名探偵なんだろう。お得意の推理で、言い当ててごらんよ』
「麻徐は、チャイニーズマフィアの一人娘だったな……さては中国の首脳か北の将軍から手に入れたな」
『あんた、北の将軍とホットラインでもあるのかい』
「当たりか?」
『ハズレ、坊やのガールフレンドから聞き出したわ』
「なんだと、アガサのやつ口が軽いなぁ」
俺が目配せすると、駿菜は車を路肩に寄せてスピーカーフォンにした携帯電話に耳を傾ける。
アガサが俺の携帯番号を麻徐に渡すはずがなければ、かなり強引な手法で手に入れたに違いない。
つまり彼女は、土龍房に拉致監禁された可能性がある。
『先に言っておくけど、これは無邪気な高校生同士のゲームだから警察に連絡なんかぁしちゃダメよ』
「ゲーム?」
『そう、これは誘拐ごっこ。坊やのことは匿名掲示板で調べさせてもらったけど、名探偵アルは助手アガサの手柄を横取りしてるポンコツだってぇ言うじゃない』
「匿名掲示板の書込みは、まったく当てにならんぞ」
『だと良いんだけど、私も人殺しにはなりたかぁないんでね』
麻徐は『誘拐ごっこ』と言っているが、俺がゲームをクリア出来なければ助手のアガサを殺すつもりだ。
これは、ごっこ遊びじゃない。
れっきとした誘拐事件だ。
『ルールを説明するよ。坊やは億万長者なんだから、自家用ヘリくらいあるよね?』
「ヘリコプターなら、腐るほど持っている」
『そいつぁ良かったよ、自家用ヘリがなかったらスタート出来ずにゲームオーバーだったところだよ。坊やは今からヘリコプターでスタート地点と助手の待つゴールを除く、3つの場所に1億円ずつ投下してもらう』
「俺は指定の場所に、ヘリコプターから金を投下すれば良いんだな?」
『おふこーす! 坊やが名探偵なら、私が指定する5つの場所を推理して、無事に助手を助けることができる』
麻徐の提示したルールは次のとおり、金奈良家の自家用ヘリコプターをスタート地点に向かわせた後、保屋月、豚面、麻徐の待っている場所に1億円ずつ現金を投下する。
土龍坊の三人の待っている3ケ所に現金を投下できた場合のみ、アガサの監禁されたゴール地点のヒントを教えるというものだった。
麻徐が指定するスタート地点と三人が待っている場所は神社の境内であり、スタート地点から保屋月のいる神社に1億円の投下が成功したら、豚面の待っている神社のヒントが提示される。
豚面の待っている神社に1億円の投下に成功したら、麻徐の待っている神社のヒントが提示されて、三人が1億円ずつ手に入れたら、アガサの監禁されている場所(神社とは限らない)のヒントが開示されてゲームクリアだ。
ヒントから場所を特定するには、どんな手段を使っても構わないらしい。
どうせ彼らには、上空を移動する俺の動向を監視する手段がないのだから、ネットを使おうが人脈を駆使しようが、そもそも彼らに知る術がない。
『スタート地点は、政令指定都市数が日本最多の県にある神社で、本宮までの大石段が61段あるわ。今から3時間以内に、神社の上空で待機できれば次の目的地のヒントをあげる』
「そこがスタート地点なんだな?」
『おっと、大事なことを伝えるを忘れるところだったわ。スタートしたら、それぞれの目的地までの移動時間は30分以内、それ以上の時間を与えれば警察に包囲される可能性があるからねぇ』
「わかった。3時間以内にスタート地点で待機して、そこから先の移動は30分以内で良いんだな。それを過ぎたら――」
『ゲームオーバーで、私からのヒントはなし。ゴール地点で監禁している坊やのガールフレンドは、かくれんぼの鬼に見つけてもらえず餓死するわ。あんたが、ポンコツのせいでね』
「なんだと!」
駿菜は、憤怒する俺の膝に手を置いて首を横に振った。
麻徐の挑発に乗るな、そういうことだろう。
誘拐事件では、まず人質の安否確認が定石だ。
誘拐犯との駆け引きに勝利してゴールしても、既にアガサが殺されているのでは無意味である。
「麻徐、最後にアガサの声をきかせろ……話はそれからだ」
『良いでしょう。でも坊や、優秀な助手からヒントを聞き出そうとしたらゲームオーバーよ』
麻徐がアガサに電話を代わったので、俺は携帯電話に呼びかけた。
「アガサ、酷い目に合ってないか」
『ええ、麻徐たちは紳士的に扱ってくれているわ。ここは、寮にいるより快適なくらいよ。そんなことより、私の身代金が3億円なんて失礼だと思わない?』
「はは……アガサに見合う身代金は、いったい幾らなんだい」
『8兆1,336億円』
「この前は、犯罪者に金を渡して解決してはいけないと言わなかったか? でもアガサの命には、それだけの価値がある」
再び麻徐が電話を代わると、3時間後にスタート地点で待機しとろと念を押されて電話が切れた。
俺は誘拐犯からのヒントを、助手として雇ったサラに伝えると、政令指定都市数が日本最多の県は『神奈川県』だと即答したが、石段の数で神社の特定は難しいと言った。
そもそも新人助手の彼女は、学力やスポーツがアガサ同等の能力であっても、推理は素人同然なのだ。
俺は金奈良家のヘリポートで落ち合うように指示すると、彼女はスマートフォンを手に屋敷のヘリポートで待っていた。
「アル先輩、スタート地点は『鶴岡八幡宮』で間違いありません。神奈川県内の目ぼしい神社をネットで調べたら、本宮までの大石段が61段とありました」
「サラ、でかしたぞ! ほら一万円!」
「ありがとうございます!」
俺とサラは駿菜の操縦するヘリコプターに乗り込むと、さっそく神奈川県の鶴岡八幡宮に向かった。
しかし麻徐は金目当てでアガサを誘拐したのだろうか、前回の意趣返しが真の目的ならば、ゴール出来ないようなヒントしか寄越さない可能性がある。
そして俺の予感は、最悪な形で当たってしまうのだった。
「保屋月の待っている神社の宮司が、みーちゃんという猫を飼っているだと……宮司の飼い猫の名前なんてわかるか!」
『おやおや、坊やは名探偵なんだろう? それくらいの情報は、ネットでも人脈でも使って解決してごらんよぉ。制限時間は30分、それまでに保屋月から1億円を受取ったとの連絡がなければゲームオーバーだからね』
「調べるだけで30分なんて過ぎちまうぜ……どうしたら良いんだ……こんなときアガサなら、どうするんだ」
麻徐の電話を切った俺は、アガサが自分の身代金が安すぎると、愚痴を漏らしたのを思い出した。
犯罪者に金銭で取引するなと言った彼女が、身代金が安いと愚痴るだろうか。
「サラ、8兆1,336億の数字に覚えはないか? 8兆1,336億は、アガサが事件解決のために残したヒントかもしれない」
「途方もない数字ですね。でも81,336で考えるなら素数でもないし、フィボナッチ数でもないし……神社関連かもしれないので、ネットで調べます」
それから俺は『俺の個人口座から8兆1,336億円を引出しておけ』と、操縦桿を握る駿菜に指示した。
制限時間は30分、金奈良家のヘリコプターの時速は300キロ、移動距離が100キロ以上あるなら直ぐに移動しなければ間に合わない。
俺が推理できないのを知っているアガサは、推理を必要としないヒントをくれたはずだ。
解答編につづく