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第1話『本日はお日柄もよく』

 

 こんな日に外に出ないのはもったいないと、誰かが手招いているような。そんな陽気の日だった。


 朝起きてカーテンを開けた瞬間、目に飛び込んできた空の鮮やかな青色に私は歓声をあげた。

 太陽の日差しはじわりと暖かく、窓を開けると爽やかな風が部屋に入り込んでくる。


 こんな素晴らしい天気の日が難解なレポート提出の翌日というのがまた心憎い。今日は一日バイトのシフトも入っていなかった。

『天は我に味方した! ふはは!』くらいのテンションで洗濯と朝食を済ませ、青い空を背景にはためく白シャツを見ながら今日は絶対外に出ようと決めた。

 同じ大学に通う友人グループに予定を聞いてみたところ、『寝る』『眠い』『無理』『春菜、伏せ』等々ひじょうに簡潔なお答えを頂いたのはご愛嬌。一人私を犬か何かと間違えているようなので『わん!』と返してみたがスルーされた。

 つまるところ友人たちはレポート提出翌日の休みを寝倒す方向で満喫するらしい。

 これはごねても構ってもらえないやつだな、と早々に判断した私は、一人で出かける算段をはじめた。

 

(どこに行こうかな。あんまり混むようなところは嫌だし。行ったことない場所を開拓してみるとか……?)

 

 そんな風に悩んでいた時だ。インターホンのベルが、部屋に鳴り響いたのは。




「ご利用ありがとうございました~」

 今日の空と同じほど爽やかな挨拶とともに、宅配便のお兄さんは去っていった。


 そのお兄さんから私の手に渡ったばかりの小さな段ボール箱は、いつも母が使うみかん箱よりも随分と小さく、軽い。

 とくに荷物が届く予定はなかったが、届け先はたしかに『立木春菜様』。依頼主の欄には、叔父の名前が書かれていた。

 親戚の中でもお世話になったというか、家も近所でよく遊んでもらった相手だ。しかし荷物が送られてくるというのは初めて。

 箱を机の上においてガムテープを剥がすと、箱の中から一枚の紙が出てきた。


『簡単に言うと人生ナビだ。おおいに活用してくれ』


 簡単に言いすぎである。

 挨拶どころか説明らしい説明もなしに、ただただそう書かれた紙は便箋でさえなかった。ルーズリーフ一枚を半分くらいに切ったものだ。

 そのそっけさなさもさることながら、『人生ナビ』とはなんぞや。


『ナビ』は、たぶん『ナビゲーション』の略ではないだろうか。つまり箱の中身は、人生の目的地まで人を導いてくれるなにかということになる。すごいな。

 私が人生という長い航海において進むべき道を見失っているとかそういう流言が、ご近所ないし親戚の間でまことしやかにささやかれていたりするのだろうか。だとしたら大変な事態だ。あとで母に事の次第を問いたださねばならない。


(職業診断の本とかだったら、欲しいっていう友達がいないか聞いて回った後古本屋行きかな)と、そんなことを思いながら箱の中を漁る。

 出てきたのは、半透明のクッション材に包まれた何かだった。すくなくとも本の形はしていない。


(これって……腕輪?)


 思いもよらぬものが出てきたことに、私は首を傾げた。

 ちょうど手のひらの上に収まるくらいのサイズのそれは、幅広の腕輪、にしか見えない。

 アルファベットの『C』の形をした金属の腕輪だ。植物を模した透かし模様は繊細だが、アンティーク調というのだろうか、鈍い輝きがどこか重々しい。

 一つ大きな黄色の石がついているが、詳しくないので何の石なのかわからない。光を受けて輝く様子に安っぽさはなく、色ガラスという感じではないが、私はさほど鉱物に詳しいわけではないのだ。宅配便で送って寄越したのだから、そう高価なものではないと思うが。


(あなたの人生を導くパワーストーン付きの腕輪、とかそういうこと?)


 ためしに嵌めてみた腕輪は、私の左手首に驚くほどピタリと沿った。

 手のひらに載せたときよりもずいぶん軽く感じるし、手首を動かしても邪魔になる感じはない。ブレスレットも時計もつける習慣はないのだが、不思議なくらいに装着による違和感がなかった。

 下手をすると存在自体を忘れてしまいそうなつけ心地に、私は逆に不安を覚えた。つけたまま入浴、とか。つけたまま就寝、とか。我ながら粗忽な性格なのでやりかねない。

 安全のためにも外しておくかと腕輪に右手をかけた時、唐突に『声』が聞こえた。



『叡智のあかり、起動します』



 明らかに腕輪から発せられた声に、正直かなり驚いた。

 たいした厚みもない腕輪のどこに細工がされているのか分からないが、この黄色い石のあたりに何か埋め込まれてでもいるのだろうか。

 肉声とは間違いようのない機械的な音声。ただしちょっと珍しいことに、女性ではなく男性だと分かる声色だ。高すぎず、低すぎず。わりと滑らかで聞き取りやすい。

 機械音声は続けて言った。



『目的地を設定してください』



 この物言いには既視感があった。母の車についていたカーナビに似ているのだ。人生ナビなどと大仰な名前だが、どうやらどこかに私を連れ出すための物らしい。

 そこで私にはピンときた。

(なるほど、ジョークグッズってことね)

 一気にくだんの叔父『らしさ』が出てきた。大人ながらに遊び心のある人なのだ。面白いことが始まりそうな予感に、口元が緩む。



『――入力を確認できませんでした。規定目的地への案内を開始します。目的地は、異世界(・・・)です』



 目的地『異世界』ときた。こういう冗談は嫌いじゃない。こんなに凝った始まり方をするいたずらなら、この先に何が待ち受けているのか大いに期待していいはずだ。


 私はいそいそと外出の用意をした。

 といっても、もともと出かけるつもりだったのだ。お財布とスマホを入れた普段使いの小さなリュックを担いで準備完了。目的地までの距離がわからないので、徒歩より自転車のほうが確実だろう。


(なにせ目的地は異世界だからね!)


 部屋の施錠をたしかめ自転車にまたがった私は、『目の前の道路を右折してください』というナビに従って、ささやかな冒険の旅へとこぎ出した。




 ナビが指示する道行きは、シンプルなものだった。

 はじめに右折の指示が出てからは、直進しろと言われるばかり。

 考えてみれば当たり前で、衛星なんかを利用して現在位置を特定しながら道案内をするカーナビなどとはものが違うのだ。複雑な道案内などできるはずはない。


 風を楽しみながらのんびり自転車を走らせること十五分ほど。私はあまり人気のない河原沿いの細い道を走行していた。

 人気がないと言っても、道行く人が見当たらないというだけだ。どこか近い場所にグラウンドがあるのだろう、野球少年たちが部活に勤しむ声が聞こえる。右手にある川の向こう岸で、河川敷で遊ぶ親子連れも見た。


『直進してください』「は~い」というナビとのゆるい会話を繰り返しながら、お昼ごはんのことなど考える。これだけいい天気なら、お弁当でも作ってくればよかった。いや、一人ピクニックは寂しすぎるか。でもこんな好天の下で食べるおにぎりの味は格別に違いない……。


『右折してください』


 と、ナビが直進以外の指示を出したのは、そんなささやかな葛藤に飲まれている時だった。

 驚きのままに、私はブレーキをかけて自転車を止める。

「いや、右折もなにも……」

 思わず話しかけてしまうが、当然ナビは聞く耳を持たない。


『右折してください』


 どことなく決然とした声で、ナビは繰り返した。その自信は一体どこから来るのだろう。

 右折もなにも、右側は河川敷だ。つい、と道路の右端に寄って土手を覗き込んでみるが、生い茂った黄緑色の草が風に揺れ、その向こうでは川の水面がキラキラと陽光を反射している。

 右折して五歩も進めば川に落ちる。そんな場所だ。

 前方と後方を確認するも、やはり見渡す限りの一本道が続いていた。あたりは平らで、視界はひらけている。ナビの言う『右折すべき道』はその視界の範囲にはない。ちょっとだけ右折指示の場所がずれた、という感じでもなかった。


 どうやら叔父の目論見は、ここにきて失敗したらしい。これでは目的地に辿り着けそうもない。

 かなり残念な気持ちで私は自転車から降り、背負っていたリュックを下ろした。叔父に連絡するため、中からスマホを取り出そうとしたその時。


『右折してください』

『右折してください』

『右折してください』


 ナビはひたすらそう繰り返し始めた。


「え? え?」


 焦る間にもナビの音声は目覚まし時計のようにだんだんと音量を上げていく。

 こうなるともはやホラーじみていた。だって、分かりやすい位置にアラーム停止ボタンが付いている目覚まし時計と違って、私にはこの腕輪を操作する方法がわからない。

 なんとか音量を抑えようと腕輪を手のひらで覆ってみるが、たいした成果はない。むしろ焦って動いたせいで、立っている自転車を肘で押してしまった。


 自転車の前輪がくるりと右を向いて、土手にずり落ちていく。

 それを支えようと、とっさにハンドルに手を伸ばしたのが不味かった。自転車の方はその場で横倒しになって止めることができたが、その反動で私は土手を駆け下りてしまったのだ。その先には川。

 勢いを殺しきれずに、私はキラキラと輝く水面に飛び込んだ。




 ――水音は、したのだろうか


 横転した自転車の車輪が回る音ばかりが、やけに耳についたことを覚えている



 カラカラ、カラカラと


 ……これは、大真面目に言うのだけれど


 あの音は自転車の車輪がたてる音なんかじゃなくて


 実のところ



        『運命の輪』が、回る音だったかもしれない




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