第8話 潜入
投稿時間が安定せず、申し訳ありません。
※次回は1週間後の更新となります。
ついに太陽は姿を消し、もはや建物の影と辺りの暗さの区別もつきづらくなってしまった。
とはいえGPS機能のおかげで進むべき道が判明し、数時間ぶりに僕達の足取りは軽くなった。
道中、まるでカタツムリのような形で両足を背中に丸め、胴体がゲル状の様な質感になってビルの壁を這い回る少年や、全身を硬いトゲに覆われながらブツブツとうわ言を繰り返す性別不明の人物など、様々な徘徊者を目撃した。
あまりにも人間離れしたその姿に戦慄を覚えるが、幸い彼らに見つかる事なく逃走し、GPSを確認しながら迂回して進むという行動を繰り返した。
『白い部屋』がある建物の特定はできていないものの、結果から言うと僕達は既に4区と思われる場所に到着している。しかし確認した時点で時刻は午後7時を過ぎていた。
郊外から4区へ移動した事で、周りの景色も閑静な住宅地から高層ビル群が立ち並ぶ大通りへと様変わりしている。
薄暮の空に浮かび上がる真っ暗な無数の窓ガラス達を眺めると、恐怖とも違った薄ら寒い感覚が背筋を撫でる。
移動中もサイコさんは、しきりに画面と周りの街並みを交互に見ては眉間にシワを寄せて考え込む仕草を見せていたが、ここに来てその回数もかなり頻繁になってきているようだ。
「うーん、駄目か。
ルカ、あんたが地上に出た時、確かに2区の光は見えたんだよね?」
「はい。辺りは真っ暗で何も分からなかったんですけど、1番始めに目に入った光景だったので、そこだけははっきりと覚えてます」
現在僕達は、ここからでも見える2区の夜景の位置、その特定を急いでいる。
前述の通り、高層ビルがひしめくこの4区ではどこからでもその光景が見える訳ではない。サイコさんが気を失った僕を担いでテンテットまで戻れたのも、2区の光を目印にできたおかげなのだ(見かけによらず体力は随分とあるらしい)。
日の暮れてしまった夜を逆手に取った妙案と言えば聞こえはいいが、半ば苦肉の策とも言える取って付けの手段と言った方が今は正しいかもしれない。
「おっ!ここはどう?
ほら、バッチリ見えるぞ」
ビル群を少し見下ろせそうな高台の位置に移動すると、ちょうど崩れたビルが両脇に分かれてその中央から眩い2区の夜景が確認できる。
周辺の地理を想像すると、どうやらゆるやかな階段状の地形に沿ってビルが乱立しているようだ。そしてその中腹あたりで僕達は例の夜景を眺めている。
「サイコさん、なんとなくですけど近づいてきてる感じがします!」
「実はあたしもそう思ってたとこなのよ!
よーし、そうと決まれば……」
踵を返して後方のビル群を見たサイコさんが息を飲む。
「マジかよ……」
後方には同じように朽ち果てたビル群がいくつも佇んでいる。しかし破壊の後が前方よりも激しい。加えて明らかに人の手が入っている。木の板や瓦礫を組み合わせたバリケードのような物がところどころに見受けられ、一目で自然に造られたものではないという事が分かる。
簡単に言うと『何者かが崩れたビルや瓦礫を利用して居住空間にしている』のだ。
「まさか、この中に!?」
「ルカ、飯まだだったろ。飲み物も今のうちに全部飲んでおけ。あたしが先に行く。あんたは後ろを警戒して」
「分かりました……」
サイコさんが端末を白衣にしまうと、わずかな光が無くなって辺りを静寂と暗闇が包む。
僕はポケットからすっかり緩くなったチアパックのドリンクと、サイコさんに渡された携帯食の中身を空ける。
「よし、行くよ!」
「むっ!?ちょ待って、まだ食べてる!」
崩れたバリケードを早くもすり抜けるサイコさんを追って、たまらずチアパックを片手に、携帯食を口に咥えて追いかける。
すり抜けた先のビルの影に素早く隠れ、息を殺してしゃがみ込む。
「ぷっ、今のあんたみたいな姿のサラリーマン、昔はここらにいっぱいいたんだよ」
「笑わわいでくだはいよ……」
携帯食をドリンクで無理やり流し込む僕を見てサイコさんが小さく微笑む。
注意深く周囲を見回すと、スプレーで描かれた下品な落書きや燃えかすの入ったドラム缶、不自然に繋げられた電線などが見受けられる。
姿は見えないが明らかに『いる』。
「とてもじゃないけど、ここが日本だとは思えないね。しかしこの落書き、見覚えがあるような無いような……」
崩れた壁や倒れたビルを避けながら2区の光が見える所を探す。
サイコさんも僕を担いで戻ってきた道筋を必死に思い返そうとしているが、どこも似たような景色ばかりで困惑しているようだ。
「可能性があるとすれば、あたし達が入ってきた所から直線上の建物のどれかだ。後ろを見てみな」
言われた通りに見てみると、確かに2区の光は建物に遮られてはいなかった。
やはり、この近くに『白い部屋』へと繋がるドアがどこかにあるのだろうか。
「ルカ、ストップ」
振り向き直した僕を遮るように、サイコさんが右手を伸ばす。その後、その手を下げるような仕草とアイコンタクトで小さくしゃがみ、そっと路地裏のビルの壁に隠れる。
「ふご、ふご。匂う、匂うぞぉ。酒とタバコと食いモンの匂いだぁ」
壁の影からそっと確認すると、巨大な耳をだらりと垂らし、首元まで覆うような巨大な鼻を揺らす豚のような生物が歩いている。
「ぶーーーーーー!!!!!!
あぁ〜、花粉症じゃなけりゃもっと鼻が効くんだがなぁ」
大量の鼻水を地面に撒き散らして豚人間?は離れてゆく。
「まずいな……よし、反対側に抜けよう」
「はい!」
と言われて走り出した僕の足元にコロコロと転がってくる物体が2つ、かすかに見える。
なんだ?
小さな……丸い……
眼球!!?
驚いて声の出そうな口をギュッと噛み締め、サイコさんの方を見る。
しかし時すでに遅し。
走り出したサイコさんは勢いよく眼球の1つを踏み潰してしまった。
「ぎゃあ!!」
遠くの方で悲鳴が上がる。
「ぶぅぅ!誰かいんのかぁ!?」
後方で豚人間の意識がこちらに向く。
「侵入者!たぶん、侵入者ァ!!」
眼球の持ち主であろうその声が辺りに響く。
「やっっば!!」
残った眼球がこちらを向く前にサイコさんが力任せに蹴り飛ばす。しかしあちこちから足音と怒鳴り声が聞こえてくる。
サイコさんは僕の手を引っ張り、反対側の大通りへ続く路地裏を駆け抜ける。
「ふごー!!逃がさん!!」
後方の豚人間が物凄いスピードでこちらに向かって追いかけて来る。
しかしここは路地裏、逃げ場が無い。
「こんのぉ……焼き豚にしてやらァ!!」
白衣を翻し、後方に向かって勢いよく伸ばした右手から轟音とともに炎が噴き上がる。周囲に炎が広がり、行く手を阻まれた豚人間は足を止める。
「サイコさん、あれ!あそこに身を隠しましょう!」
路地裏を抜けた先の大通りに出た僕は、さらにその先にある路地裏の大きなゴミ箱を発見した。2人分なら充分に身を隠せそうな大きさだ。
ーーーーー
「ルカ、我慢しな。またあのチャーシュー野郎に匂いでバレるかもしれないから」
「あぁ、ディエゴさんの服が……」
「気にすんな、あんた自身がビンテージのくせに」
ゴミ箱の隅に置いてあった生ゴミを身体中に塗りたくられ、今にも吐きそうな気分だ。
幸い敵には捕まらなかったが、あちらこちらに明かりが点けられ、敵の警戒はかなり厳重になってしまったようだ。
「さて、これからどうすっかな」
僕には容赦の無いやり方をした当のサイコさんは少しだけ土を頬につけただけだ。よほど白衣を汚したくないのだろうが、少しばかり納得がいかない。
息を殺してその場に隠れ続けていると、次第に僕達を探し回る声や物音も遠くなっていった。そっと辺りを見回してみるが、敵の姿は無いようだ。
「サイコさん。
今なら動けそうですけど、どうします?」
「んー、そうだな。大通りは火を焚かれて隠れる隙も無くなっちまったし、こっちの路地裏を抜けてここから脱出しよう。ひとまず仕切り直しだ」
大通りと違って路地裏にはまだ明かりが灯されていない。しかし、いずれここにも敵はやって来るだろう。動くなら今しかない。
「僕もその方が良いと思います。
じゃあ、行きましょう」
僕達は中腰になって恐る恐る歩き出した。
とその時、僕の足元に何かを蹴飛ばしたような奇妙な感覚が走った。
まさか、また眼球!?
と思ったが、何か違う。
暗くてよく見えないが硬いゴムのような、眼球よりもっと大きくて重い物体だ。目を凝らしてみるが散乱したゴミに混じってよく分からない。
妙な動きをする僕を見てサイコさんが端末を取り出し、ライト機能でそれを照らす。
そこに照らし出されたのは。
「脚……?」
「おいおいおい、これって、まさか……」
そこにあったのはあの夜、
僕が初めてサイコさんに遭遇した時に切断された、
あの『右脚』だった。
「「脚だーー!!!!」」