表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/32

第7話 スペースピンク号

話数の編集とサブタイトルの追加をさせていただきました。

雲一つない青空は次第に鮮やかなオレンジ色へ変わってゆき、トボトボと力無く歩く僕の目の前を夕日が照らし出している。

廃墟から見る夕暮れは思った以上に虚しいものがあり、今の現状と相まって歩く気力をより一層奪ってゆく。


「おーい、早く来いよ。日が暮れちまうぞ」


数メートル離れて先導しているサイコさんが、こちらに向かって手招きのようなジェスチャーをしながら小声で囁く。

僕は返事をする代わりに冷ややかな視線を送って、わざとらしく早足でサイコさんを追い抜く。


「おいおい、いいかげん機嫌治せって!旅にトラブルは付き物だろー?」


「あいにく僕は旅慣れしてませんし、そもそも地図を燃やすとか何考えてるんですか」


「しょうがねーだろ、あのババアの相手してたらいつの間にか消し炭になってたんだからさー。そこまで気が回らなかったの!」


今にして思えば当然の事なのだが、全身に炎を纏いながら老婆と戦闘を続けていたせいで、ただの紙である地図はいつの間にか跡形もなく焼け失せてしまっていたのだ(ちなみにサイコさんの着用している衣服と携帯食の入れ物は特殊な防火処置が施されており、比較的短時間なら炎に耐えられる作りになっているらしい)。


「とにかく、近くまで来てる事は確かなんだ。郊外を通らなきゃ2区から4区までは基本的に西にまっすぐ進めば着くような地形になってたはずなんだよ。

んで、今の太陽の位置がアタシ達の目の前にあるって事は少なくとも進む方角は間違っちゃいない。後はテキトーな所で南に進めば4区に着けるって!」


「適当に南に進んだところで、そこが3区だったら?」


「そん時は来た道戻りゃいいじゃん」


「簡単に言いますけど、そんなに上手くいくもんですか?」


「アタシ1人だったら、なんとかなるわな」


「そ、そんな無責任な言い方しなくたっていいじゃないですか!」


「あのなぁ……その言葉そっくりそのまま返してやるよ!確かに地図を燃やしちまったのは悪いと思ってる!でもね、その代わりにアタシはなんとか4区に着けるように自分なりに対策を練ってんだ!

それをあんたはさっきから気にいらねぇみたいな態度だけとって否定するだけじゃんか!いつまでもガタガタ文句言うくらいだったら、もっと良い方法を思いついてみなよ!

"守る"とは言ったけど、"甘やかす"なんて言った覚えは無いんだからね!」


「ぐっ……!」


「具体的な改善策が無いんだったら大人しくアタシの言う事聞いとけ!」


「……」


「とりあえず今は西に進んで、30分経ったら南に向かう。その間に良い案を思いついたら聞いてやるから。考える事だけは、やめるなよ」


「…………」


「まぁ、せめて夜になる前に4区まで着く事を目標にしてさ!今はあの夕日に向かって、レッツゴ」


「待って下さい!!」


「もおぉ何!?」



「"GPS"は、使えないんですか?」


出発前にサイコさんの言っていたGPSという言葉。僕はそれを咄嗟に思い出した。

"面倒な事になる"という言葉と共に。

それがどのように面倒な事になるのかはまだはっきりと聞いていない。それが分かったところで決定権がサイコさんにあるのは変わらないが、このまま無闇に動き回るのが得策だとはどうしても思えなかったのだ。


「まったく、余計な事だけは覚えてるんだから。あれは、おいそれと簡単に使うわけにはいかないんだよ」


「そんなに危険な手段なんですか?」


「危険、とはまた違うんだけどなぁ……

あのね、GPSは自分の正確な位置を知る事が出来る機能、ってのは言ったよね。それは同時に自分の位置が筒抜けになるって事なんだ。

あんたはまだしも、アタシの事は世界のお偉いさん方や研究機関の連中は、ほぼ全員知ってる。監視社会になってるのはなにもこの国だけじゃない。GPSなんか使えば一発で人物とその居場所がバレる。

それは今、アタシ達にとって非常に都合が悪い。さて、これが何を意味しているか分かる?」



その一言を聞いて、頭の隅で思っていた疑問が次々と湧いては繋がってゆく。


そもそも、不老不死の力を持つ僕がなぜ得体の知れないカプセルに50年も眠らされていたのか?

そしてあの夜、偶然にしては出来すぎている程のタイミングで、しかも1人で、サイコさんは僕を助けに来る事が出来たのか?

さらにはディエゴさんやトウザン隊長のような、組織とは無関係と思える人ばかりがサイコさんに協力しているのはなぜか?


それによって導き出される答えは、もはや1つしか無い。



「サイコさん……もしかして昨日の夜に言ってた『組織』とかいうのと敵対関係にある、なんて事はありませんよね?」


「おお、ちょっと違うけど正解!敵対関係とまではいかないけど追われる身だ、って事は事実だからね。研究所のやり方に嫌気がさして、トンズラぶっこいちゃったのよねー」


「トンズラって……そんな簡単に辞めていいもんなんですか!?」


「良くないから追われてんじゃん。あんたこの先、どこかの会社に就職する事があったらちゃんと退職願出さないとダメよ?」


「今はそんな事言ってる場合じゃないでしょう!」



「そう、今はそんな事言ってる場合じゃない。ここでアタシの過去を詮索するよりもあの場所に辿り着くのが先決、でしょ?」


「それは……そうですけど」


「まぁ、あんたの不安な気持ちは分かる。正直に言って、このまま勘を頼りに動いても自力で、しかもピンポイントにそこまで辿り着く確率はゼロに等しい。そ、こ、で、だ」


そう言うとサイコさんは白衣の裏ポケットから手のひら大の携帯端末のような物を取り出した。本体の外側には頑丈そうなカバーが装着されており、考えるまでもないがおそらくこのカバーにも防火処置が施されていたのだろう。



「極秘回線を使う」


「『極秘回線』?」


「そう。今からアタシの知り合いが使ってる回線を借りて、この端末に直で繋いでもらう。

そうすれば通常の回線を使うよりは安全にGPSを、使用……できる……」


なぜかサイコさんは握りしめた端末を怨めしそうに見つめ、うーんと唸りながらしばらく考える素振りを見せる。

考えるよりまず行動、とも言えるような性格のサイコさんがここまで躊躇する理由は何なのだろうか。


「どうしたんですか?その知り合いに極秘回線とやらを使わせてもらえば安全なんですよね?」


「確かに安全。少なくともアタシ達に危害が出るような結果にはならないんだけどさ。



はぁぁぁぁぁぁぁ…………



ま、仕方ないか」


長い溜息をついた後、意を決したように端末を操作して電話の呼び出し音が小さく響く。その間サイコさんは口を『へ』の字にして空を見上げている。


「サイコさん、その知り合いって一体?」


「"上"にいるよ」


「上?」


サイコさんの指差す夕暮れの空を見上げたと同時に、端末から割れるような音が響いてきた。



「サーーーっちゃーーーーーん!!!!!!

ひ、さ、し、ぶ、りーーーーーーー!!!!

あんた一体どこでナニしてんのよーーー!?

寂しすぎてアタシ、生身で大気圏突入して会いに行こうかと思ってたとこよーー!?」


「う、う、」


耳をつんざくような声が辺りに鳴り響き、あまりの音にサイコさんは腕をいっぱいに伸ばして端末を遠ざける。

口調は女性のようだが、漏れた声を聞いた限りでは明らかに野太い男性の声だ。


「声がうるせぇよ、もうちょっと小声で話せねーのか?」


「なになに!?聞こえなーーーい!!!

そんなウィスパーボイスじゃアタシのソウルには響かないわよー!!

ほら、腹に力を入れて一緒に

ウッ、ハッ!!

ウッ、ハッ!!

ギィィィ……ヤラクシィィィ!!!!!!」


「うるせぇぇぇぇぇ!!!!」


電話越しのテンションに、サイコさんもつられて怒鳴ってしまっている。止むことのない怒鳴り声と喚き声で僕は焦り、たまらずサイコさんの背中を押して近くの空き家の中に駆け込む。

埃にまみれたリビングルームに侵入し、敵の気配が無いかできる限り確認してからサイコさんをなだめる。こんな大声、敵に見つけて下さいと言っているようなものだ。


「な、なんなんですか。この人!?」


「おぉっとぉぉぉ〜!?サッちゃん、さては男連れね?そうなのね!?若くて威勢のいい声だわ!

あぁ〜ノンケの男の声なんかしばらく聞いてなかったから興奮してきたわ!!もっと、もっと声を聞かせて!!」


「いい加減話を聞け!今はそれどころじゃないんだってば!!」


「もう!ケチ!ケチケチケチケチケチーー!!!!」


「だぁぁ、クソ!!だからコイツの世話にはなりたくなかったんだよ!」


と言うなりサイコさんは端末を乱暴にテーブルの上に置き、画面を僕の方に向ける。



その画面の向こうには眩しいくらいのピンク色の世界が広がっていた。

ピンク色の壁。

ピンク色の天井。

そして画面の中心には、これまたピンク色の髪の毛を頭頂部にのみ残した大柄の男性がこちらを凝視している。口周りを覆うように鼻の下から顎まで髭が繋がっており、まるでハートマークのような形になるように剃られている。

もちろん髭の色も鮮やかなピンク色だ。


「は、初めまして」


「あら、声も可愛いけどお顔も可愛いわねーー!!

これから男として成長していく真っ最中、みたいな顔ね!で、あなたの名前は?」


「ルカ、と申します」


「ルカちゃんね!覚えやすくて良い名前じゃない!アタシこの名前、絶対忘れないからね……うふふふふ」


ピンク色の男性は含み笑いをしながら腕組みをし、ハート形の髭をさする。

画面に映っているのは顔から腹のあたりまでだが、太い首と丸太のような両腕を見る限りではあのカボチャ男を凌ぐ勢いの身体の大きさだ。


「アタシの名前はアプリコット。

宇宙の片隅で掃除屋をやってる寂しい寂しい子猫ちゃんなの。これからあなたにとって一生忘れられない名前になるから、仲良くしましょうね。

言っとくけど、名前がアプリコットだからって形まで想像しちゃだ・め・よ!ふふふふ」


「『宇宙の掃除屋』?」


名前などそっちのけで聞き慣れない言葉に首を傾げていると、サイコさんが画面に割って入るように顔を近づけて説明し始める。


「こいつはスペースデブリ、いわゆる"宇宙ゴミ"の除去を仕事にしてるオカマ宇宙人だよ」


「って事はこの人、今宇宙にいるんですか!?」


「「そーゆー事!」」


2人の返事が綺麗に重なったかと思うと、アプリコットと名乗る男性はサイコさんに変わって続きを語り出す。


「スペースデブリってのは、過去に故障した人工衛星やその打ち上げ時に使用した部品、ロケットの残骸などの総称ね。そうやってできた大小様々な塊が、そりゃーもう物凄いスピードで宇宙空間をビュンビュン飛び回ってるワケ。そんな猛スピードで宇宙船に衝突すると、たとえアーモンド程度の大きさでも故障どころの騒ぎじゃない大惨事になるの。

その危なっかしい物を除去するのがアタシ達『スペースピンク』のお仕事よ」


「なんだか凄く大変そうな仕事ですね。その、スペースピンクという……」


「それは企業名兼、宇宙船名ね。ちなみに言っておくけど、あたし宇宙人じゃねーから!生粋の地球人だから!!」


端末から下品な高笑いが響く。

空き家の中に置き去りにされた古いソファに座って僕達のやりとりを聞いていたサイコさんが、少しイラついた様子で会話を遮る。


「コイツは、ほとんどがガチムチのゲイどもで構成された世にも恐ろしい民間の宇宙開発事業団のトップさ。

よりによってコイツらがデブリ除去装置の特許を取得したもんだから、宇宙空間において他国はスペースピンクに言いなりの状態なのよ。


さ!もういいだろ、こっちには時間が無いんだ。とっとと回線繋いでくんない?」


「回線って……?

な〜んだ、またGPSの件だったの?

もぉ、久々に電話かけてきたかと思ったのにつれないわねぇ……えいっ!」


アプリコットさんが何かを操作する素振りを見せる。しばらくすると、端末画面の隅に周辺の地図、そして僕達の現在地と思われるマークが表示される。


「はい!繋げたわよ。しかしあんた達、運がいいわね。スペースピンク号はちょうど日本の上空あたりを航行中だから他の衛星を経由する必要も無いし、しばらくはバレずにコソコソできるわよ」


「サンキュー!終わったらまた連絡するからね。

それじゃあ……」


「ちょっと待てぇぇい!!!!」


通話を切ろうと伸ばしたサイコさんの指がピタリと止まる。


「念のため確認するけど、この回線を使うからにはタダでは済まされないわよ?」


「ちっ……今回は何がお望みなんだよ?」


「そうねぇ、この船もところどころガタがきてるからその修繕費の一部を負担してもらおうかしら。それとスタッフも何人か補充しておきたいところね。

もちろん『つまらない男』じゃあダメよ?」


「相変わらず酷ぇボッタクリだな!」


「あたしの会社もなかなか要り用でね、特に宇宙開発はお金がかかる分野なのよ〜。その分、回線の安全は保障するわよ!」


「ったく、開発費を削減させたがってた奴らの気持ちも今なら理解できるわ。着陸の予定はあえて聞かないでおくけど、もう100年くらい浮かんでてもいいからね。それまでは金を払う必要も無いだろ?」


「あらあら、そんな事言われたらミッションの予定を繰り上げて早めに会いに行かなきゃ!そうと決まれば時間を無駄にしてるヒマは無いわね。あんた達も急いだ方がいいんでしょ?それじゃあサッちゃん、ルカちゃん、頑張ってね〜〜」


わざとらしく悪態をついたサイコさんを置き去りにして、アプリコットさんの姿は唐突に端末から姿を消した。

地図画面に切り替わった端末を眺めるサイコさんの表情は、挑発的な発言をした後悔と、終始相手のペースに翻弄されて募った怒りが入り混じったような感じだ。これでもかと寄った眉間のシワが彼女の心情を如実に表している。



「な?面倒臭かったろ?」


一方的に通話を切られて音を発しなくなった端末を力なく見つめ、疲弊しきったサイコさんがこちらを見て呟く。


もちろん僕はこう言い返した。



「はい。とっても」




静けさを取り戻したリビングルームには、部屋の隙間から漏れる夕焼けの光に照らされた埃が静かに舞っている。

通常の環境ならカラスの鳴き声が聞こえてきて物悲しい雰囲気を演出させるのだろうが、食料の無いこの地域ではせいぜい小さな羽虫が飛びまわる程度だ。


崩れ落ちそうな民家の玄関からよろよろと出てきた僕達は、まるで竜巻の被害に遭った直後の住民の様に見えたに違いない。














































評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ