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第6話 奇襲

「なーんも無えなぁ」


「そうですね」


「位置、こっちで合ってんのかな?」


「僕に聞かれても……」


「今、何時?」


「昼過ぎくらいじゃないですかね。ていうかサイコさん、時計着けてるじゃないですか」


「あ、そっか。

しかし、どおりで腹が減るわけだ。そろそろお昼にする?」


「せめて4区に着いてからにしませんか?」


「え、やだ」



ゲートを通過して1時間あまり、いよいよ話題も尽き始めた僕達は郊外の道をひたすらに歩き続けている。今の僕に会話を繋げられる程のボキャブラリーが無い事は言うまでも無いが、話題が尽きたのには他にも理由がある。


まず第一に出発前にも言われた事だが、郊外とはいえここは既に2区のセキュリティーの手も及ばない感染者と徘徊者がうろつく危険地帯。そのため自分達の足音や話し声、周囲の些細な物音にも細心の注意をしなければならないという事。

第二に周辺の景色。ゲートの外は内側とは打って変わって閑散としており、かつての街の面影は幾分形を保ってはいるものの、生き物の気配はどこにも感じられない。

用水路は干上がり、ひび割れたアスファルトの隙間からはあちこちから雑草が顔を出し、朽ち果てた民家は破壊の跡か経年劣化か、今にも崩れ落ちそうになっている。

時おり乾いた強い風が吹き、砂埃が舞うだけの寂しい光景の中にいると話す気も段々と失せてきてしまうというものだ。





そして、サイコさんが携帯食を入れていた白衣のポケットを探ろうとしたその瞬間。


「ルカ!!危ない!!」


「えっ……うわっ!?」


いきなりサイコさんに背中を突き飛ばされ、僕は思いっきり前かがみになって受け身を取る暇も無いまま地面に転がり込む。


「ちょっと、いきなり何するんですか!」


起き上がって後方に振り向いた瞬間、激しい轟音と共に土煙が一面に舞う。

何が起こったのか理解できないままの脳内と格闘しているわずかの間、次第に土煙は晴れてゆきその先の光景が映し出される。



そこには今にも喉元に食らいつきそうな、鬼のような形相の老婆がサイコさんに襲いかかっていた。

サイコさんは必死に老婆の両腕を掴んでおり、致命傷は避けたようだが額からはわずかに血が流れ出ている。


「ちきしょお……出やがった!

ルカ、コイツが『徘徊者』だ!あたしが食い止めるから合図したらすぐ逃げろ!」


「え、はい!?」


「せー、のっ!!」


再び凄まじい轟音と共にサイコさんの全身が炎に包まれる。


「ひぃぃぃ!熱い!熱いぃ!!」


老婆は悲鳴をあげ、両腕に引火した炎にたじろぎ一瞬の隙ができる。


「よし、今だ!走れ!」


「はい!」


踵を返して走り出すが、同時に僕の中で思考が駆け巡る。


サイコさんはどうするのだ?一緒に逃げるのではないのか?

そして逃げるって、どこへ?

どこまで逃げればいい?

ならば身を隠す?どこへ隠れる?

上手くやり過ごしたとして、連絡を取り合う道具も持っていないのにサイコさんと再び合流する方法は?


咄嗟に起きた出来事のせいで考えがまとまらない。


「サイコさん、どうすれば……」


「バカヤロー!死にてぇのか!ちったぁ頭使え!!」


執拗に攻撃してくる老婆を炎で牽制しながらサイコさんが叫ぶ。

そうだ。サイコさんが老婆を食い止めているこの隙に僕が最善の行動を取らなければ、2人とも殺されてしまう。


サイコさんと老婆を背にして走り出す。

走りながら考えるんだ!

周囲をよく見て身を隠せそうな所を探せ!


攻撃の軌道を思い返すと、おそらく老婆は空から降ってくるように襲いかかってきた。そしてコンクリートの地面を簡単に砕くほどの怪力。という事は、近くの民家や低い建物ではすぐに追いつかれて見つかってしまう。そしてすぐさま、家の壁など難なく蹴破り再び襲いかかってくるだろう。

頑丈で高い建物を、サイコさんからも見える位置で探さなければならない。



あった!あそこだ!

老婆に襲われたこの場所から直線上にある雑居ビル。あの屋上に逃げるんだ!

目算で百数十メートル。あそこなら襲撃の時間も少しは稼げるし、見失ったとしてもサイコさんへ何らかの合図を送って見つけてもらう事が出来るはずだ。


老婆に見つかっていない事を祈りつつ、その雑居ビルのドアの前に辿り着く。

まだだ。よく見るんだ。ビルの中は荒れ果てていて人の気配は無いが、敵が潜んでいる可能性は充分にある。なるべく目立たないルートで屋上まで行くには……

そうだ、非常口の階段がどこかにあるはずだ。目の前にあるエレベータなどもはや動く筈も無い事は百も承知だ。

ホコリのかぶった電気の通っていない『非常口』のマークを確認し、錆びついたドアを力任せにこじ開けて階段を駆け登る。今だけは足音や物音など気にしていられない。



屋上へと続くドアを開けると、汗ばんだ身体を乾いた風が包み込む。ところどころから次々に火柱と土煙が上がり、戦闘の激しさがこちらまで伝わってくる。今すぐ柵から乗り出し様子を伺いたいが、自分の位置を敵に知られてしまっては元も子もない。



次第に後悔の念が湧き立つ。

あの時、迅速に的確な行動を取っていれば2人でもっと安全な所まで逃げられたかも知れない。

今頃サイコさんに「危ないところだったな」と、笑って肩を小突かれていたかもしれない。


僕は心のどこかで思っていたのだ。

あの夜、異形どもを撃退した圧倒的な炎の力を目にして、万が一危機が迫ってもサイコさんに任せておけば苦戦などする事は無い、と。

僕は勝手に決めつけていたのだ。

自分がすべき事は『あの部屋』を見つける事で、その他に自分がすべき事、出来る事は何も無い、と。

"命がけで守ってやる"という言葉の意味を深く考えようともせず、ただサイコさんに甘えようとしていたのだ。

僕は今、この戦闘が1秒でも早く終わるようにとひたすら祈る事しか出来ない。


自分が、こんなにも無力だったとは。





やがて音は止み、静寂が辺りを包み込むのを待ってから屋上の柵に沿って辺りを見回してみる。サイコさんの姿はどこにも見られないが、そう簡単にやられたとも思えない。

しかしあれだけ近くで大きな音を立てていれば、周辺に徘徊者が接近してくる可能性がある。

ビルの中から目印になるような物を探し出して屋上に設置するか。それとも危険を承知でサイコさんを大声で呼んでみるべきか。

合流できる方法を考えてはみるが、なかなか思いつかずに屋上を歩き回る。


するとその時、遠くの方で特大の火柱が上がった。


「ルカーーー!!!生きてっかーーー!?」





『大きな音を立てるなー!!!』


と、思わずツッコミたくなるのを必死で我慢する。

この状況で最悪のパターンは、戦闘力の無い僕が敵に襲われる事なのだ。

とはいえ、サイコさんの場所が判明したのは都合が良い。サインを送る方向を特定できたからだ。

問題は、どうやってこちらの場所を伝えるか。屋上を一周してみるが使えそうな物は何も無い。となると、階下に降りてビルの内部を散策するしかなさそうだ。


意を決して階段を降りてみると、事務所や飲食店など様々なテナントの名残が残っている。どこもあちこち破壊されて滅茶苦茶な状態ではあるが周囲の備品を見るかぎり、意外な事にこのビルが使われなくなってからそう年月は経っていないようだ。数年前はこの土地も2区のように安全な生活圏にあったのだろうか?

散策の途中も、何回か爆炎の音とサイコさんの怒鳴り声が割れた窓の外から響いてきていた。屋上で聞いた時より小さく聞こえるのは、屋内にいるせいか、段々と離れていっているせいか……。

まずい。これ以上時間をかけていたら本格的に居場所が分からなくなってしまう。


敵の襲撃に注意しつつ、なるべく手早に使えそうな物を探していると、『ある物』の文字が目に入って"あの夜"の出来事とバーでのサイコさんの言葉を思い出す。




『燃える身体』

『タバコの煙』


『足の切断』

『消火活動』




「消火器か……これは使えるかもしれない」


ビルのあちこちに設置されている消火器。


これをかき集めて屋上から放射すれば、風に乗った白煙を見てサイコさんがこちらに気づいてくれるかもしれない。その上、鮮やかな赤色をしているおかげで探す手間も少しは省ける。

すぐに周囲を駆けずり回って探し出し、大小様々な大きさの消火器を持って屋上へ向かう。

両手に1本ずつ持ったままもう1本を胴体と腕で抱き抱えるように階段を登る。消火器という物は結構な重量があり、一気に3本運ぶとなるとかなりの重さになる。



なんとか屋上へ辿り着き、最初に火柱の見えた方角へ移動する。

消火器の安全ピンを引き抜き、ノズルを目一杯上に伸ばしてレバーに力を込める。

放射音と共に薬剤が勢いよく放たれ、白煙が空に向かって伸びてゆく。


頼む、気づいてくれ!

敵がやって来る前に、早く!


必死の思いでレバーを握り続けるも、やがて勢いは無くなり1本目、そして2本目の消火器も使い切ってしまった。

残るは1本。火柱も上がらず、気づいてくれたと思えるような反応は未だに無い。

まさか、既にここからでは見えない所に移動してしまったのか?そう思いビルの中央、僕が出てきたドアの前へ移動し、ちょうどそれを背にするような位置で3本目の消火器を構える。この位置ならビルの反対側からでも少しは見えやすくなるはず。


これで、最後だ!

と思いっきりレバーに力を込めて放射したと同時に、バン!と背後のドアが勢いよく開いた。


「うわぁ!!」


突然の出来事に驚き、握ったレバーをそのままにノズルをドアの方向に向けてしまった。


そこには辺りに立ち込める白煙に混じって、全身が白衣の色と同化したサイコさんが呆然と立ち尽くしていた。



「サイコさん!?」


「サイコさん!?じゃねぇぇぇぇ!!!」


「ほぶぅ!?」


「いきなり何しやがんだテメー、この!!」


「うぇっ!?ごほっ!!」


サイコさんの繰り出した飛び蹴りを腹に喰らい、落とした消火器のノズルを今度は僕の方に向けて滅茶苦茶に放射してくる。




「全く……消火器かぶってなかったら焼き殺してやるところだったのにな!!」


「いやぁ、つい驚いちゃってレバーから手を離すの忘れちゃってました」


「この白衣を汚した罪は重いぞ」


「サイコさんだって、ディエゴさんのビンテージの服を真っ白に」


「お前が原因だろうが!!」


「すいません!!」


再会は果たせたものの、怒りの収まらないサイコさんに正座をさせられて説教を喰らう。2人して顔も服も真っ白のままだ。

延々と叱られ続け、この格好じゃ何言ったって締まらねぇや、と説教を切り上げたのはそれから数十分も経ってからだった。


あの時サイコさんは携帯食を取ろうと前屈みの姿勢になった時、ちょうど頭上から降ってくるような影が目に入ったので咄嗟に僕を突き飛ばしたのだという。

その後、逃走を図ったものの追撃からは逃れられずやむなく老婆を撃退し、僕が見つけられるように目印となる火柱を上げて方々を探し回った(サイコさん曰く、トドメは刺していない、との事)。

しかし、しばらくしても反応がみられなかったので、一服しようとタバコに火を点け上に向かって煙を吐いた。その時に偶然、消火器の煙が目に入ったためこのビルに来たらしい。

1度も敵に遭遇しなかったのは不幸中の幸いとも言えるが、2つの偶然が重ならなければ今頃2人ともどうなっていたか分からない。

思い切りの良すぎるサイコさんと慎重すぎる僕の行動、どちらが正しかったのかは悩むところだ。


「それにしても消火器なんてアイデア、どうやって思いついたの?」


「実体験から導き出されたアイデアと言いますか……一応火に関係してる物なのでもしかしたら気づいてくれるかなぁっ、て」


「火と煙から消火器を思いついたってワケか。なかなかやるじゃん!」


「サイコさんに言われた通り、僕なりに考えてみました」


「偉い偉い。まぁ、アタシは煙だの何だのそこまで深く考えてなかったけどねー!」


「で、ですよねー!」


うん、いいんだ。僕は僕の思う最善の行動を取ったつもりだ。虚しいとは思うまい。


「そうこうしてるうちにもう夕方の3時でーす!」


「え?」


「おまけに、完全に道に迷っちゃいました!ここどこー♪」


「は!?」












































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