第5話 出発
このたび100PVを突破しました!全ての読者様に感謝、感謝です!
そして本日より、ジャンルを『その他』に変更させていただきました。
今後とも皆様に楽しんでいただけるように益々頑張ります!
旧日本国、東京自治区ーー
先の大戦により大きく乱れた世界は、もはや国という体を保てる筈も無かった。
『不老不死の定義』によって近代兵器をも耐えうるバイト感染者で世界は溢れかえり、それによって国家間の力の優劣はやがて無くなった。
テレビやネットで映し出される各地の光景は、感染者で編成された軍隊が猛威を振るう前時代的な近接戦闘と、感染者用に改良された最新の兵器が入り乱れる、なんとも凄惨なものだったという。
名ばかりの停戦協定の裏で人々は、今も日によって変わる国境の中で凶暴な感染者、そして徘徊者に怯えながら暮らしている。
それでも半径10キロというこの小さな範囲内で約束された安全を謳歌できるのは、物々しい雰囲気を醸し出している高い高い壁と中心部にそびえる塔のような建物、そして徹底した管理体制と監視体制によるものだ。
「善良な市民の皆さん、おはようございます。まもなく9時30分をお知らせします。『特別外出許可証』を所持していない方の時間外の行動は処罰の対象となります。時間外指定となる市民の方は直ちに自宅へお戻り下さい。
こちらは、『セキュリトピア』ですーー」
大量の監視用ドローンが無機質な機械音声を繰り返しながら塔へ収束、そしてまた広範囲に広がるという規則的な動きをして周囲を飛び交っている。
「まったく、日本人の考えそうな名前だよ」
この光景に慣れた様子のサイコさんはドローンを見るまでもなく呟く。
雑談がてら、通称『安全地帯』が出来上がっていった経緯をサイコさんに説明してもらいながら、郊外へ出るための道中を僕達は歩いている。
規則正しく、違和感を覚えるくらいに等間隔に走る車。そして市民達。その中には重装備で固めた警備兵が大勢混ざっている。さらにはパワードスーツのようなものを装着しているものも何人かいる。
時折その警備兵に止められた市民が差し出しているカードのような物。
あれが『指定外出許可証』だ。2区の市民達は24時間の内、あらかじめ自由に行動できる時間や範囲を決められた上で1日の生活をこなさなければならない。そしてこのカードを持っていない人物、時間外の行動、無断での範囲外への移動は、たとえいかなる理由があろうとも処罰の対象となる決まりなのだそうだ。
首にかけている人や財布の中から取り出す人など様々だが、どうも人によってその色が違うようだ。許可証についてひと段落説明し終えたサイコさんに、さらに聞いてみる。
「サイコさんのは許可証とは違うんですか?」
「これは『特別外出許可証』。普通の人とはちょっぴりグレードの高い生活が保障されるという代物よ」
詳しく聞くと許可証にもそれぞれグレードがあり、それに伴う待遇も天と地ほどの差が出てくるらしい。
グレードを上げる方法は様々だが、主に『模範的』、『地域への貢献』、そして『援助』が大きく関わってくる。
簡単に言うと『違反も無く、この地域に有益な行動を取り、街の防衛費の負担に積極的に協力する』のが許可証のグレードを上げる1番の近道、という事だ。
黒い光沢感のある例の許可証を、ひらひらと見せびらかしながらサイコさんは続ける。
「ただし、それはあくまで一般人レベルとしての話だ。ここまで荒れた世界になっても金の力はまだまだ衰えちゃいない」
「サイコさん、お金持ちなんですか?」
「あんたのおかげでね。ところでこの許可証、1枚発行するのにいくらかかると思う?」
「うーん、100万円くらいですかね?」
「5億円」
「ごほっ!?」
驚いてむせるほどの金額を聞いて取り乱したものの、なるほど。
考えてみればこの人はバイトウィルスの発見者で、それが直接不老不死の確立に至るものであった事から、サイコさんの言う『組織』から莫大な報奨金が出ていたとしてもおかしくはない。
先ほどの口ぶりから察すれば考えるまでもなく、『援助』のみでこのカードを手に入れたという事になるのだろう。
「これは上から2番目のランク。これさえあれば時間外の行動も範囲外への移動も一切お咎め無し。ちなみに1番上のランクは金だけじゃどうにもならない。国のトップレベルのような奴らが使うような物だ。そもそも必要の無い代物だし、たとえアタシに実績と資金力はあっても、国を動かすほどの力は持ってないから」
それを聞いて自然とあのタワーを見る。
角ばった巨大な砂時計のような形をしているその建物は、ちょうど中央部のへこんだ部分から相変わらずドローンの吸い込みと吐き出しを繰り返している。
『安全地帯』のほぼ中心にそびえるこの砂時計は、素人目に見ても特別な人物でないと出入り不可能だと思わせる威厳がある。そこに許可証のグレードも関わってくるのは想像に難くない。
「許可証が無いとこの街で自由に行動できないのは分かりました。でも、僕は許可証なんか持ってなかったはずじゃあ……」
そう言い終わる前に、サイコさんは僕に向けて例の黒いカードをもう一枚取り出す。
「金の力に感謝しなくちゃね」
「は、はは。ありがとうございます。」
街の中を自由に行動させてもらうだけで2人で10億円。金額だけはとても『ちょっぴり』と言えるレベルではない事は確かだ。
「ここに住んでる人達は自由と金を引き換えにして平穏を得る。あんたはここの仕組みをまだ理解し辛いだろうけど、そんな大金を払ってでもこの中に住みたいと思う人間は世の中にはたくさんいるのよ」
「と、いう事はディエゴさんも……」
「ああ、あいつのはもう1個下のランク。時間外の行動と範囲外の移動は無制限だが、“この街”から勝手に出ることは出来ない。それでも年に何百万もかかる更新費をアタシが捻出してやってんだから、もっと感謝してもらってもいいと思うんだよねー」
「ははは……」
昨晩ディエゴさんが頑なに同行を拒む理由を今、理解できた。
サイコさんは意にも介さない様子だったが、たった一晩とはいえ区外に出るだけで2人で10億円。そこにもう1人加わるとなるとさらに5億円。更新費まで負担してもらっている身だと考えると、とても二つ返事で了承できる訳がない。
ちなみに『特別外出許可証』の1年ごとにかかる更新費は1千万円だそうだ。今だけは金銭感覚を忘れろ、と僕は思う事にする。
その後もしばらく歩き、中心部を抜けるとようやく例の壁の目の前に着いた。地図によれば、ここから先は区分けのされていない荒地や廃墟が広がっているようだ。
壁の高さは2、30メートルはあるだろうか。あちこちに監視カメラが設置されており、くり抜かれた壁の内部からは銃器を持った警備兵がこちらを覗き込んでいる。内部に空間があることから、ただの壁というよりは要塞のような作りになっているようだ。そして僕達のいる目の前のゲートには大きく『西ー3』と書かれている。
「おーす、お勤めご苦労さん。また通らせて貰いますよ」
「これは伏見様、外出ですね。手続きを行いますので、こちらに」
「えー!?またかよ!」
「申し訳ございません。治安維持のためですので、どうかご協力下さい」
ゲートの前にいた数人の警備兵の1人がこちらに近づき、許可証を確認する。その後、検査を行うためにゲート脇にある小部屋に促される。
「入る時もこのような手順を?」
「まぁね。でもその時の方が大変だったよ。アタシは元々許可証を持ってたから良かったものの……あんたの許可証を発行させるのに随分苦労したんだから」
検査は簡単なものだったが、要するに許可証が盗難した物で無いか、そして2区内における問題行動が無かったか、などだ。
「まぁ、大抵はあの許可証を調べれば分かる。この中にはマイクロチップが埋め込まれててね、犯罪行為を犯せばそこらじゅうにある監視システムと行動履歴から照らし合わされて一発で足が付くし、万が一たった一度でもそういう事を起こせばこの街からは永久に追放される。
それに個人情報の塊みたいなもんだから万が一誰かに盗まれてもそいつは許可証を使えない。その代わり戻ってくる確率はゼロに等しいから、絶対に無くすなよ〜」
「できれば僕の分も保管しておいて欲し……」
「甘えんな、この!」
「いっ!?」
サイコさんに軽く小突かれてしばらく考えてはみたものの、今の服装ではジーンズのポケットくらいにしか保管場所が無い。
まもなく5億円がこの小さなポケットに入ってくるかと思うと、なんともいえないような寒気がしてくる。
グレードのおかげで検査の手順は幾分簡略化して貰えてはいたらしいが、時計の針は既に午前11時を回っていた。
さらにしばらく待っていると女性の警備兵が1人、返却口の奥からようやく顔を覗かせた。
「お待たせ致しました。照合の結果、許可証がご本人の物だと判断されましたのでお返し致します。規約に則り、紛失された際の保障や再発行は出来かねますのでご了承下さい。なお、区外活動におかれましても一切の安全保障は適用されませんのでご注意を」
「はいはい」
「ところで伏見様、許可証の更新日が迫っておりますが、グレードの変更や解約のご予定はありますか?」
「いや、変更無しで。更新費はいつもの口座から引き落としといて」
「左様でございますか。それでは更新の手続きは有効期限当日にこちらの方で行わせていただきます。2区の外は大変危険です。どうぞ、お気をつけて」
照合結果が出た途端トントン拍子に話は進み、警備兵がうじゃうじゃいる要塞の中をくぐって反対側、つまり郊外へ続くゲートの目の前に僕達は移動させられた。
要塞の内側は近代的、さらに言えば未来的な作りになっており、巨大な空港や駅を彷彿とさせる。しかし警備はかなり厳重で、砲台を備え付けた装甲車や街でちらりと見たパワードスーツ達が所狭しと配備されており、見渡す限りの綺麗な白い床にいくつもの黒色が際立っている。
再び郊外側のゲートに目をやるといつの間にか警備兵がずらりと整列しており、その真ん中に立つ筋骨隆々の中年男性がおもむろに近づいてきた。
「伏見様、ルカ様、この度の2区でのご滞在、いかがでしたか。我々セキュリトピアは『安心、安全、完全に』をモットーに日々、市民の安全の為に努力しております。短い滞在の様でしたが、なにか私共の不備、不手際はありましたでしょうか?」
「いや、無い無い。安心。安全。完全」
「それはなによりでございました。我々セキュリトピア、それを励みに引き続き一丸となって精進して参ります。つきましては私共の活動は市民の皆様方のご支援、ご協力によって成り立っております。これからもセキュリトピア、そして2区の安心、安全のために何卒……」
「あー、もう分かった分かった。しばらくしたらまた戻ってくるから!じゃーね!」
「それはそれは、お急ぎのところ大変申し訳ございませんでした。大変名残惜しいところではございますが、どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ」
「へーへー、お気をつけて行ってきますでございます」
ゲート前に整列していた警備兵達が脇に移動する間にサイコさんが僕に向かって小さく耳打ちをする。
「あいつは西側ゲートの総括隊長、名前は確か『トウザン』っつってたかな。許可証発行してからもうアタシにベッタリ。あの態度、絶対いくらか入ってるわ」
「まぁ、悪い人じゃなさそうだし仲良くしておいて損は無いんじゃないですか?」
「お?ルカ君、段々ここの仕組みが分かってきたようだねぇ」
サイコさんはニヤニヤしながら肘で僕の二の腕あたりを小突いてくる。
素性のはっきりしない僕にも難なく許可証が発行できた事を思うと、大抵の事は金で解決できる街だという事は僕も理解しつつある。
ゲート脇に再び整列し終えた警備兵達を確認し、トウザン隊長は1人ゲート前の中央に陣取る。
「それでは……」
ゲートを背にしてこちらに向き直り、勢いよく床にブーツを打ち鳴らして叫ぶ。
「西側3番ゲート……開門!!」
「「開門!!!」」
トウザン隊長の声を合図に付近の警備兵達も一斉に叫び、敬礼をする。
鈍い金属音を立てながら、ゆっくりとゲートが開いてゆく。
「さ、行くよ」
「はい!行きましょう!頑張ります!」
「ふふふ、気合い十分だな」
「絶対、あの部屋を見つけます!」
「よーし、その意気だ!」
サイコさんに軽く背中を叩かれ、今まさに開け放たれようとしているゲートに向かって歩き出す。そしてなおも中央で敬礼を続けるトウザン隊長とすれ違う。
「隊長、ありがとさん。また頼むよ」
「伏見様のお力添えが出来ればこれ以上の喜びはございません!」
サイコさんはトウザン隊長と軽く目配せし、小さい声で耳打ちをする。ホクホクした赤ら顔の隊長を見る限り、また幾らか謝礼を受け取ったのだろうか。
「お世話になりました」
「お二人とも、どうかご無事で!!」
僕が挨拶をすると、隊長は半ば焦ったかのように赤くなった顔のまま背筋を伸ばして声を張る。
やがてゲートは完全に開け放たれ、外側を警戒する周囲の兵士達の緊張がこちらにも伝わってくる。それに呼応したかのように僕の身体も思わず引き締まる。
目まぐるしく変わる世界。
今はどうにか追いつこうと必死だ。
しかし足を止めるわけにはいかない。
強い信念を持ち続けなければならない。
自分を、取り戻しに行かなくてはならない。
大きな一歩を踏み出した僕には、挨拶し終えた後のほんの一瞬、すれ違いざまに向けられた隊長の、『総括隊長トウザン』の、恐ろしいほど悪意の込められた鋭い視線が、いつまでも脳裏に焼き付いていた。