第1話 "燃える女"
初めての投稿です。
ワクワクするような物語にしていけたらいいな、と思っています。
1日のちょっとした時間に読んで頂けたら嬉しいです。
真っ白な部屋で僕は目覚めた。
天井を見ても。
壁を見渡しても。
何もない。
何も分からない。
何も覚えていない。
とにかく寒い。
身につけているのは、病院で入院患者が着ている病衣のようなものだけだ。
激しい空腹と喉の渇きに加え、頭痛もする。
なんとか立ち上がろうとしたが力が入らず、投げ出されるようにして僕はそこから転げ落ちた。
なんだこれは?
そこには奇妙な白いカプセルがあった。
ところどころがチューブで繋がれ、その先は床まで埋まっている。のっぺりとした側面には内部から青白い光がゆっくりと点滅していて、上部は僕が寝ていたと思われるシーツの上にガラス製のカバーが施してあった。目覚めた時にはカバーは開いていたのだが、なぜか今はもう閉まっている。
後ずさりして全貌を見ると、真っ白で巨大な『かまぼこ』のような形をしていた。
何が何だか理解出来ず呆然と辺りを見回すと、白塗りで分かりづらかったのだがドアを見つけた。どうやら出入り口はあそこしか無いらしい。
同時に、急に言い知れぬ不安感が僕を襲った。ドアを見つけた衝動なのだろうか、この部屋から一刻も早く出たいと思った。ここにいてはきっと何もならない。とにかくこの奇妙な部屋から脱出したい。
あのカプセルには、もう、近づきたくない。
駆り立てられるように覚束ない足取りでドアに近づき、思い切って開けてみる。
長い長い、どこまで続いているのか分からない階段が、そこにあった。
込み上げる感情とため息を必死に堪え、僕は一歩踏み出した。
「はぁ、はぁ……」
どのくらい経っただろうか。相変わらず目の前の景色は変わらない。人1人通れるのがやっとの空間で、薄暗い足元を見ながらひたすら登る。
段差の角には小さな緑色のランプが弱々しく灯っている。
へこんだ腹をさすりながら階段の先を見ると、先ほどのような白いドアがあった。
やった。到着だ。安堵の表情を浮かべ、倒れこむように開けた。
ドアの先には、廃墟と化した街が眼前に広がっていた。さらにその遥か向こうには、煌びやかなネオンを夜の闇に照らす高層建築物たち。
なんなんだ、これ?
どこだ、ここ?
誰もいないのか?
次々と疑問が湧き出てくる。
先ほど出てきたドアの方を見上げると、かなり巨大な施設の一部だったようで、どうやらその地下に僕は眠らされていたらしい。
だが、その施設自体もかなりの年月を経過しているとみられ、とても電気が通っているようには見えなかった。
とすると、なぜあの部屋だけ?
さすがに混乱してきた。
ここはどこで、自分が何者なのかも分からない。
あてもなく夜の廃墟を歩き回り、月の位置も大分変わったが、人っ子一人見当たらない。
お腹減った。喉が渇いた。
もう、疲れた。
などと項垂れて歩いていた時に、目の前から突然の衝撃が僕を襲った。
「がぁっ!うっ!」
産まれたての僕の第一声は、情けないの一言だった。
さらにこの瞬間、僕は「死」に直面することとなったのだ。
「こんなところで久々の獲物に出くわすとはなぁ!運がいいぜ!」
「キキキ、親分もさぞお喜びになりやすねぇ」
灰褐色の肌に極太の四肢、腐ったカボチャの様な頭部を乗せた大柄な男と、ガリガリにやせ細った身体に片目が異様に突出した顔の小柄な男が嬉々とした様子で話している。
大木の様な脚で蹴り倒され、仰向けのまま胸部を圧迫されて僕は身動きがとれなくなってしまった。
カボチャ男はニヤリと笑みを浮かべると、その脚に更に力を加えるように前かがみになり、膝と肘を固定させてグリグリと押してくる。
「まさか、"ノーマル"なんてこたないでしょうね?」
「大丈夫だ。生身の人間ならとっくにくたばっちまってるよ。"バイト持ち"は確定だ」
こいつら何を話しているんだ?
ノーマル?バイト?親分?
それが僕が殺される理由なのか?
とはいえ、このままだと本当に死んでしまう。
踏みつける力は更に増し、ミシミシとあばら骨の軋む嫌な音まで聴こえてきた。とにかくこの脚をなんとかしなければ。
しかし、力が出ない。
空腹のまま長い階段を登り、何時間も廃墟を彷徨い続けて、今にも倒れる寸前の状態で襲われたのだ。いくら死の間際だとして、カボチャ男の怪力には到底敵わない。火事場の馬鹿力どころか、抵抗する余裕すら無い。
畜生……こんな事になるなら、あの部屋でじっとしておくべきだった。
今思えば、あの部屋から出たかった衝動はとにかく食べ物を口にしたいという思いからだったのかも知れない。
僕は2枚の白いドアの先に、根拠のない希望を見出してしまっていたのだ。無知ゆえに本能に身を任せてしまった挙句が、この有様だ。
あぁ、せめて死ぬ前に美味しいモノ、食べたかったなぁ。かまぼこと、カボチャでもいいから……
悲しいほど薄っぺらい走馬灯に身を浸し、生後わずか数時間の死を受け入れようとしていたその時。
「ぎゃあああああ!!」
「あじゃああああ!?」
大きな悲鳴があがった。他でもない、目の前の異形の2人が放った悲鳴だ。
燃えている。
ごうごうと、燃えているのだ。
カボチャ男とガリガリ男は顔を両手で覆いながら、なんとか全身の炎を消そうとのたうちまわっている。ようやくあの憎らしい脚が僕の胸から離れてくれた。
とはいえ動く事ができない。いや、動く気も起きないのだ。胸の大きな傷跡から血が滲み流れていくのがわかる。
もう、僕は死ぬのだ。
きっとこの炎は、僕の死ぬ間際に神様がコイツらに与えてくれた天罰だな。
大の字になって倒れたまま、精一杯の憎しみを込めてあざ笑う。ざまぁみろ…………
「とっとと消えな!このハロウィン野郎!」
人の声?
しかも、女の人の声だ。
閉じかけた眼を開け、震えつつもなんとか首だけを起こして眼を凝らす。
黒い光沢感のあるロングブーツに真っ赤なタイトスカート、ベルトには存在感のある銀色に輝く円形のバックル。白いVネックシャツの上に、汚れの一切見当たらない白衣のようなものを羽織っている。美しい銀の長髪をたなびかせながら、腰に手を当てて仁王立ちしている美しい女性が、そこにいた。
そして、その大部分が、燃えている。
燃えている!!?
熱くないのか?いや、見た限りではそんな素振りは見られない。燃え続ける身体など気にもとめず、なおも苦しみ続ける異形たちを眺めながら実に楽しそうな表情を浮かべているではないか。
「消し炭にされなかっただけでもありがたく思うんだな!!」
と言って異形に向かい突き立てられた中指の先には、まるで蝋燭のようにゆらゆらと火が灯っている。
その悠々たる姿を尻目に、異形たちはついに廃墟の闇へと逃げるように消えていった。
確信は無いが、おそらく『親分』ではないのだろう。とてもじゃないが身内にする仕打ちにしては度が過ぎている。
「あっ、ごめん。引火しちゃってたわ」
「えっ?」
視線を足先に向けると、なんと僕の右脚のつま先からくるぶしの辺りまでが炎に包まれているではないか。
「熱っ!!」
反射的に火を消そうと、大の字の状態から身体を起こした時に気付いた。
胸の傷が、治ってる。
「えっ?」
右脚の事を忘れて、思わず声が出る。
それと同時に銀髪の女性は、白衣の裏から刃渡り20センチほどの大きめのナイフを取り出した。
かと思えば、燃えている僕の右脚のくるぶしに力任せに振り下ろした。
綺麗に寸断され、転がる右脚。
「えっ!?」
左の頬に右脚の返り血を浴びながら立ち上がり、再び仁王立ちして銀髪の女性は鼻を鳴らす。
「よし、消火完了!」
「ええええええええええええ!!!」
バカだった。バカだった。助けてくれたのかと思った。一瞬でも味方でいてくれるのかと思った。また根拠の無い希望を持ってしまった。
きっと、そうだ。こいつは炎を操る魔法使いかなんかで、次は左脚も切断されて逃げられなくして、後はじっくり火あぶりの刑だ。畜生、カボチャ男なんかよりよっぽどヤバイ奴じゃないか!
切断された右脚からは血がどんどん流れ出ていく。僕は残った左脚と腕で後ずさりしながら廃墟の壁にもたれかかった。情けないが、これが精一杯の抵抗だった。
もう、逃げる体力も戦う気力も無い。
あの異形たちをいともたやすく撃退した女だ。もはや逃げられやしない。わずか1分足らず寿命が延びただけでもよしとしようじゃないか。
何度も何度も希望に裏切られたんだ。もう生きようとも思わないさ。
ゆっくりと、目を閉じる。
深く、息を吐く。
ドクンドクンと高鳴る心臓が、次第に勢いを無くしてゆく。
僕はこれから、まるでボロボロのテディベアのような姿で死んでいくのだ。まぁ、路地裏の道路に大文字焼きの痕を残すよりかは、絵になるかな……
足音がゆっくりと近づいてきて、やがて僕の前で止む。
のたうちまわったりしない。お前の喜ぶような死に様には絶対になってやるものか。
さぁ、煮るなり焼くなり好きにしろ!
……
……
……ん?煙の匂い?
だが身体に熱さは感じられない。
恐る恐る薄眼を開けてみる。
なんと、僕の右脚が生えていた。
思わず目を見開いた。今度は両目でちゃんと確認する。
間違いなく先ほど切断された僕の右脚が、綺麗に復活していたのだ。
「あんた、何やってんの?」
女は、呆気にとられている僕の姿を見ながらタバコを吹かして怪訝そうに言った。
先ほどの煙はタバコの匂いだったのか。
「あ、脚が……生えてる……治ってる」
「今更なに驚いてんだか。あんた、そんなボケかますほどユーモアのセンスあったっけ?」
女はタバコを口元の小脇に咥えたまま、ニヤリと笑ってこう言い放った。
「ま、いいや。
久しぶりだね。『ルカ』。
まったく、50年も探させやがって」
僕の頭の中で何かが弾け、目の前が真っ白になった。度重なる未知の出来事に、ついに脳がオーバーヒートしてしまったのだろう。
僕はその場に突っ伏して気を失ってしまった。