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3日目


 今日の予報は1日雨。


 雨は少し好き。憂鬱な時の言い訳になる。傘を開いたら他人と一定の距離を保てる。


「ここ、テストに出すからなぁ」


 ええ〜。


 教室に虚しく響く生徒の声。黙って出されるより予告している先生の優しさになぜ気づけないのか。雨の一定のリズムのおかげでわたしは冷静でいられる。



 はあ、勉強しとかないと。



 憂鬱だ。勉強しよ。



 昨日、胸に広がっていた消化不良の気持ち悪さは時間とともに解消された。明日になればこの教室に人以外の生き物がやってくる。結局、メダカは数が少ないということで止めになった。慣れていないわたし達のせいで少ない個体を亡くす訳にはいかないから。少し腹が立った。信用されていない気がした。それくらいできるのに。


 でも経験が無いわたしはその気持ちを言葉にする事はなかった。



 明日になれば金魚がやってくる。金魚は牡牝2匹ずつとの事。マユミは名前考えようぜと提案してきた。すぐに田中くんが見分けられないかもとつぶやき議論は終了する。初めてのこんなやりとりにわたしは笑いがこみ上げてきた。マユミがわたし以上に笑いだした。田中くんも連れて笑う。


 教室でわたし達3人が笑う光景は少々異様だったかもしれない。いや、田中くんの笑いひとつですでにその条件は満たしていた。


 でも大丈夫。今、わたし達3人は傘を開いているから。生き物がかりという傘を。




 学校からの帰り道、前を歩いていた女子が急にかわいくもない悲鳴をあげた。


 雨がまだ降り続け、傘と滴る水音にも負けない程度の悲鳴を。


 彼女が歩いていた場所に辿り着くと原因が分かった。



 猫の死体だった。



 隣を走る車に轢かれたのだろうか。眼は片方飛びだしお腹からは腸と思えるものが数センチ傷口から漏れていた。まだ時間が経っていないのか、血は雨で流れきっていなかった。虫達はまだ1匹の姿も確認できてはいない。

 わたし達が金魚の名前の議論で笑っていた時はまだニャアとないていたのかな。もう死んでいたのかな。



「にゃあ」


 わたしは雨音に紛れながらかわいくもない猫の泣き真似をしてみた。もちろん返事はない。



―バシャッ―


 近くを通った車の水しぶきでわたしは自分が冷静に死体を見ていた現実に気がついた。死体は見慣れていた、つもりだった。結局はあれは写真や動画。昔見たおじいちゃんの遺体も化粧をされていて別物に感じた。


 圧倒的に不足していたのは匂いと音。血の匂いと蝿がたかる音。でも雨でそれらは感じれなかった。



 明日の朝、早く起きてどこかに埋めよう。



 どこかの人間に悲鳴をあげられ、こんなわたしにじろじろと見られ、道行く車に水をかけられるこの黒い猫が少し可哀想に思えた。だからせめて土の中に。



 優秀とは言えない頭で出した答えだった。もしかしたら願望だったのかもしれない。わたしは一般的だとおもえる心情でわたしの欲望を薄める事にした。



 わたしは猫の死体をあとにした。すぐに後ろから乾いた悲鳴が聞こえてきたけれど、傘の中に入れる事はしたくなかった。



 帰ってからもなぜか頭は冴えていた。宿題と予告されたテスト範囲の復習も終え、夕飯前に今日2度目のシャワーを浴びた。少しお腹がへこんだ。今なら体重計に乗れるかも。



 なにひとつ変わらない体重計の針に少し気を落としながらも普段通りにご飯をおかわりした。食べなくても変わらないなら食べても変わらない。よくわからない答えだったけど。



 夕飯を終えたわたしは早々に布団の中に潜った。まず、どこに埋めよう。というか何時に家を出よう。何時なら人目につかないだろうか。どうやって死体を運ぼうかな。


 明日やってくる予定の金魚よりもわたしの頭の中はすでに息絶えた物で一杯だった。死体をまた見る事に興奮しているのか、遺体を埋める行為に満足感を期待しているのか、よくは分からなかったが。あの猫に名前をつけようか、なんて斜め上の発想も浮かんできた。もちろん金魚に対しての皮肉でしかなかったけど、意味がないとは思えなかった。人が墓に入るときに名前があるように。


 死んで新たに名前を授けられる違和感が少し面白く、わたしはあの猫に名前をつけた。



 クロ。



 見た目のまま。クロは昨日死んだ。いつ生まれたかは分からないけど、昨日死んだ。そして名前がついた。



 わたしの中で、クロの誕生日と命日は一緒になった。生まれてから死んだんじゃない。死んだ事によって、わたしに見つかり生まれた。



 少し息苦しくなった。


 でも嫌な感覚じゃない。むしろ嬉しい。嬉しい。よくは分からないというか当てはまる言葉が見当たらないけど、なぜか悪い気はしない。




 クロ。待ってて。



 ちゃんとお墓つくってあげるから。

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