2日目
見慣れた暗い天井。少し鼓動が早くなる。今は何時だろう。隣にある机の上の四角の時計に目を向ける。ぼんやりと光る長い針は2の辺りを指していた。どうやらずいぶんと長い仮眠をしてしまったみたいだ。宿題がなくて良かった。
電気を点けてみると机の上に置き手紙がある。
『声をかけたけど起きそうになかったのでそのままにしました。冷蔵庫の中にあなたの好きな豚カツがあるので夜お腹が空いたら食べてね』
お母さんの字だ。好き、か。
頭の中に豚カツと繊切りキャベツをイメージしたらお腹が音を出して反応した。素直なわたしだ。
制服からくたびれたジャージに着替え、冷えた豚カツを電子レンジで温めた。乾いた完了音が静かなキッチンで役目を果たした。
結局、少量だけのつもりが完食してしまった。
ごちそうさま。
誰もいないキッチンでいただきますを言い忘れた微かな後悔を、食器を洗い流すと同時に排水口に捨て去った。
それでもこの脂肪は流れない。早すぎる朝のシャワーをしながら鏡を見ながら気休めにお腹の脂肪を胸まで押し込んでみた。食べたばかりで気持ち悪くなるだけだった。
鏡に写ったわたしの身体はちょうど顔が切れて見えて、自分の身体ではないように思えた。
まだまだ成長予定の胸。これからダイエット予定のお腹。大人の兆しを見せてきたあそこ。
誰かに見られる事はあるのだろうか。誰かに触れられる事はあるのだろうか。
誰かに、触ってほしいと思う日がくるのだろうか。
頭の先から浴びるシャワーのお湯が鼻の横を通り過ぎ、鎖骨をなぞり、わたしの未熟な丘を駆け上がり、わたしの恥ずかしいでっぱりを嘲笑い、わたしの敏感なところをつつきながら排水口に流れていった。
なんてね。
クラスの何人かは興奮まじりにした、やっただの言っていたけど、今のわたしには想像がつかない。
ここに、あれが入るなんて。
早すぎる朝ご飯を済ませていたわたしは学校一番乗りをすることにした。理由は特にない。
まだ温かい気がした制服に着替えて誰もいないはずの教室に向かった。
起きてから長い事活動していたから朝日がだるく感じる。
いつもと違う時間の通学路。いつもなら嫌な臭いを発しているゴミステーションも今は空。そもそも今日は収集日だったかな。
それなりに新しい発見があった。初めて見る犬の散歩。ちょっとかっこいいスーツを着たお兄さんの出勤風景。外にまで漏れてくるどこかのお母さんの子供を起こす声。
そして誰もいない教室。
いちいち椅子の乾いた金属音が教室に響く。
外をぼんやり眺めていたら少しずつうるさくなる。徐々に。気づいたら教室はいつもの騒がしさ。時間もいつも見る時計の針。あとは先生が来るだけ。
あれ。でもまだ田中くんが来ていない。いつも気づいたら来ていたから、こんなぎりぎりに来る人だったっけ。
まあいいや。
わたしがまた外を眺めてだしたら隣の席の椅子の音がした。他の人達の声にかき消されるくらい小さな音だったけど、確かに聴こえた。田中くんみたい。
午前の授業は頭に入らなかった。二度寝しておけば良かった。髪から感じたシャンプーの香りはもうほとんどしなくなっていた。
今日のお弁当は、と。
また豚カツ。ま、いただきます。なんか部活しようかな。このままじゃあ、胸がお腹に先を越されてしまう。
やっと、最後の鐘がなった。そういえば、先生にメダカの事言わないと。いましたよと。
マユミは実際に見ていないから田中くんと報告することにした。1人で伝えてもいいのだけど、こういうのはよくわからない。
「田中くん、メダカの事先生に伝えよ」
淡々としたリズムで鞄に道具をしまう彼に少し驚きながらも、彼の反応を待った。
「もう、伝えておいたよ」
最後に筆箱を入れてあとに彼は同じリズムでわたしにこう告げた。
いつのまに、なんで、先生の答えは。いろんな疑問が浮かんできたけど「そっか、ありがと」としか言えなかった。
「それじゃあ、さよなら」
そう言い放った彼の制服の袖は少し汚れたままだった。昨日一緒にメダカを見つけた連帯感はわたし1人の押しつけだったのだろうか。胃もたれだけではないなんとも言えない消化不良な感覚が胸の中で広がる。同じく汚れたスカートの裾を確認してもそれが晴れる事はなかった。
帰ろう。
やっぱり眠い。
今日も早く寝ちゃいそうだな。