1日目
『りさ〜、今年も同じクラスだね、よろしく』
明るい髪と軽そうな言動の彼女は、わたしの友達のマユミ。
愛嬌のある笑顔と甘ったるい声とは正反対に、好きなテレビ番組は報道番組。
作り物のドラマより現実の方がよっぽど可笑しい、とは彼女談。
なんか解る気がする。
わたしの屍体趣味を話そうか、唯一迷った友達でもある。
始業式を終えた教室を見渡せば、見飽きた顔ばかり。
クラスでのわたしの立ち位置も、たいして変わりもしないだろう。
窓際なのが救いでもあった。気紛れな天候は、幼少からのわたしの友達。たぶん両想い。
そんな友達の正反対の席には、これまた性格が正反対な田中 大輔くん。
名前だけならメジャーのスカウト陣も放ってはおけないのだろうけど、彼はただの凡人。勉強も運動も悪くもなければ良くもない。
爽やかなのはスポーツ刈りである髪型だけで、普段は無口。
帰宅部であるはずの彼は、放課後も教室に残っている日が多かった。彼に頼み事をしたことがないクラスメイトはいない、のではないかと思うほど人気のぶりだった。彼の辞書には拒否という単語がないんだろう、そんな風に思った事もあった。
わたしも1年の時の夏休み前、休み中に学年全員での当番だった花壇の水やりを頼んだ事があった。
彼は嫌な顔ひとつせずに了解してくれた。
後で分かった事だが、クラスの大半が彼に頼んでいたらしい。
他の学年の花壇はところどころ枯れていたが田中くんの頑張りのおかげで、わたし達のいや田中くんの花壇は綺麗に花が咲いていた。
花が、地面と平行ではなく少し下を向いていた。控え目に咲いているように、わたしには見えた。
咲いた花の角度と、田中くんが椅子に座っている時の角度がダブり、その面白さでわたしは田中くんの存在を認識できている。
この時の水やりのお礼も兼ねて、わたしは机とにらめっこをしている田中くんに挨拶をした。
「また同じだね。よろしく、田中くん」
田中という姓はこのクラスでは彼しかいないのに、彼は辺りを見渡す。
わたしはもう一度、彼を見て微笑む。ようやく分かってくれたのか、どもりながらもよろしくと返してくれた。
わたしは気紛れな空に目を向けたから、そのあとの彼がどうなったのかは分からない。
しばらくして担任の男性教師がやってきた後、クラスの委員長やら書記、係などの話し合いが始まった。だいたいのメンバーは決まっている。ほぼメンバーが同じな去年と役員は変わりはない。何事もなく淡々と進んでいく話し合いに先生も満足げだ。声が少し上ずっている。
役員は決まった。あとは係だけ。
みんなが何かしらの係に属さないといけないから、少しわたしは焦った。何にしよう。休み時間を挟んで、話し合いは続いた。すると、話し合いが再開される前にマユミが生き物を飼いたいと提案した。だから生き物がかりを作りたいと付け加えて。
教室は少しざわついた。先生はざわつきを止めるように「わかった、飼おう」と、なぜかあっさり許可してくれた。わたしから3つほど前の席にいたマユミはこちらを振り向き小さくガッツポーズをした。かわいいな、マユミは。
わたしが以前、「このクラスって人しかいないよね」と愚痴ったのを覚えていたのかな。わたしのために提案してくれたマユミの気持ちを想うと、頬に熱が帯びるのを感じた。
先生が許可はしたものの、大半の生徒は乗り気ではない。何を飼うかの議論は盛り上がらず、あっさりと金魚という事に決まった。まあ、魚くらいしか選択肢はなかったんだけどね。
誰が係になるかとなった時にわたしの右手はすぐに動いていた。マユミは言い出しっぺなので、問答無用で黒板に名前を書かれていたのが右手を後押ししてくれていた。
3人という人数は決まっていたのであと1人。
まあ誰でも良いやと窓の方を見た瞬間に、学級委員長の無駄に元気の良い声が右耳と、窓ガラスに跳ね返ってきて左耳にも突き刺さってきた。
「田中くんっ。はい、これで決まりましたね」
少し意外だった。というか声にびっくりしてしまった。
わたしの顔が冷める頃には、クラスの決めごとは終わっていて、各係ごとの話し合いに移った。
わたしとマユミと田中くんと先生。まずは、生き物をゲットするところから始めなければいけない。家では母親が犬アレルギーなため、生き物を飼う機会がなかった。なぜか、猫や熱帯魚という案も出ることはなかった。だから、少しだけわくわくしていた。
先生は近くの田んぼの用水路にメダカもいるからどうだ、と提案してきた。今度は鼓動が速くなるのを感じる。わたしは賛成とすぐに意思を言葉にした。マユミは笑いながらわたしに続いてくれて田中くんも縦に首を振ってくれた。
金魚と水槽や他の必要な道具はホームセンターで先生が購入してくる事になり、わたしたちは今日の学校の帰りにメダカが今もいるかどうか確認する事にした。
どうやら、先生がメダカを見たというのはわたしたちが中学に上がる前の話だという。それでも興奮が静まる事はなかった。
午前だけの授業を終えて、わたしは田中くんと先生から教わった場所に行くことにした。マユミは用があるからパスすると言われたが、わたしの小さな願望を叶えてくれた事に感謝していたから、彼女とは校門で笑顔で別れた。
道中、相変わらずの無口な田中くんではあったが、わたしの興味は既にメダカで一杯だったから気にはならない。
指定の場所に着き、手分けして探す事になった。先生の口ぶりからしてすぐに見つかりそうな気がしたが、なかなか見当たらない。
水は思っていたよりも少し濁っていて、生き物の前に空き缶などのごみが目についた。
わたしはスカートが汚れるのも気にしないで、胸まで伸びた髪を緩んだゴムで後ろにまとめ、水面ぎりぎりまで顔を近づけた。
土と水が混ざった独特な匂い。少し鼻につく匂いだったが、昔行ったおばあちゃん家を思い出した。民家よりも家の周りで舞っていた蝶の方が多い気がした景色。
「あっ……」
ゆっくり流れる水面に眼を凝らしていると、か細い声が聞こえた。
「どうしたの」
思っていたより大きな声が出て近くの田んぼにいた鳥達が羽音を立てて飛んでいった。種類までは分からない。
「いた」
わたしは、少し離れた田中くんの視線の先に急いだ。
「どこにいるの、田中くん」
わたしは声を掛けるのと同時に、彼の背中に手を置いた。別に意味はない。ただ、田中くんと同じ目線に立ちたかっただけ。
すると田中くんはいきなり背中の筋肉を強ばらせて、緩い下り坂になっている用水路の脇から視線の先の水路に頭から突っ込んでいった。
その瞬間、田中くんが突っ込んだ場所からいくつかの小さな影が見えた。
「あっ、いた」
わたしもメダカの存在を確認した。少し興奮していたわたしの隣では、田中くんが自分のハンカチで顔と手から丁寧に水分を拭っていた。
「あ、ごめん」
わたしが声をかけた時には既にいつも様子の田中くんだった。髪は濡れていたが、横から見る表情は教室となんら変わりない。
「別に、自分で突っ込んだから気にしないで」
そう言う田中くんのまつ毛はわたしよりも長くて、少し大人びていた。なぜか、自分の罪悪感はさっきの鳥の様にどこかに飛んでいってしまっていた。目で追うこともしなかった。
「良かったね、メダカいて」
わたしは少し距離を置かれたメダカ達を見ながら、強引ながらも今日のまとめとした。「うん、よかった」
田中くんのその声を聞いてほっとしたわたしは腰を上げ、帰るアピールをした。田中くんも応じてくれて、わたし達はメダカの家から離れていく。
さよならと告げ、田中くんはわたしの家とは反対方向に向けて歩いていく。彼の背中はどこか、というか初めて見た気がした。自分の記憶から彼の背中が無いか漁りながら歩いていたが、家につくまでにはとうとう見つからなかった。
家の見飽きたドアノブに手をかけ、聞き飽きた扉の音を右から左へ流したが、いつまでも慣れない匂いが鼻にまとわりついた。
まただ。
またこの匂い。
自分で確認できるくらいの声量でただいまと呟き、真っ直ぐ自分の部屋に向かった。
少し土がついていた制服を脱ぐ気にはなれず、わたしはベットに仰向けで流れ込んだ。
見慣れた天井と、ちょっと湿った土の匂い。
ほっとしたのか。
わたしから意識が羽音も立てずに飛んでいってしまっていた。