9話
油断なく視線を這わせながら、天音は《武装霊具》たる剣を構えた。
そんな天音の様子を見てか、京子は鼻で笑った。
「……もしかして、あなたも私に刃向かうつもりですか、天音?」
「そうです──と言ったらどうしますか、お祖母様」
「愚か、と言わざるを得ないでしょうね」
言って、京子は目を細めた。
濃密な霊力の空気を纏ったのを、天音は感じた。氷華と戦っても、京子には、まだこれだけの余裕があるのだ。
「揃いも揃って……あなたたちは現状を理解しているのですか?」
「言われなくても理解しています。理解して、私は選んだんです」
「だとしたら、あなたたちはとても愚かな選択をしましたね。天霊を降す、という最も実現不可能な選択を手に取ったのですから」
「実現──不可能ですか」
「ええ、だって、あなたの母親ですら降すことができなかったのですよ。あなたの母は──雫は、私の目から見ても優秀な精霊使いだった。けど、それでも足りなかった。それなのに、あなたは同じ道を辿ろうとする」
が、京子の言葉に、天音はゆっくりと首を振った。
「違います」
「……違う?」
「母は、天霊に負けたんじゃありません。素の実力なら勝てるという確信があったからこそ、挑んだんだと思います」
天音が知る母は賢い人だった。無謀な勝負には挑んだりしないだろう。
それこそ──不測の事態に備えて天音に手紙を残すぐらいには、賢いのだから。
「なら、あなたの母親は何故死んだのですか?」
「不意を突かれたからです」
淡々と答えを口にして、天音は京子を見つめ。
「で、さっきから思っていたのですけど」
続ける。
「──お祖母様の精霊はいったいどこにいるのですか?」
「……そういうこと、ね」
天音が導き出したそれに、京子は目を丸くした──が、天音の隣にいるギンを視界に収めると、疑問が氷解したのか、そんな声を漏らした。
「そこにいる精霊はよく見れば、雫の精霊じゃない。サイズが全然違うから、気にも留めませんでした」
『よう、久しぶりだな。あの時の敵を取りにきてやったぜ』
「物騒な精霊ですね。ですが、こうなってしまってはもう隠し通せないですか」
「そうですよ、お祖母様──いえ、こう言った方が良いですかね」
鋭い視線で、天音は京子を睨んで。
「──天霊、さん」
瞬間。
当たり、というように、京子の全身が燃え上がった。
煌々と。太陽の如く。赤々と。京子自身が燃える。
髪が、肌が、足が、手が、しわが刻まれた顔が。
まるで、京子の全てが業火と化したように。
爆ぜて、焦げて、燃える。
灼熱の炎の海から現れた京子は、火傷の痕すらもなかった。
「……憑りつくだけでは終わらないんですね」
最初は、京子も天霊に憑りつかれたのだろう。でも、次の段階があった。本人の意識を潰して成り替わるという二段階目が。
もちろん、ギンから話を聞いてわかったのであるが──よく思い出せば、詩織が天音を襲った時、ノーモーションで霊術を発動して、精霊を使うことはなかった。
てっきり、起句を口にしなかったので、詩織は霊術以外の何かを使ったのかと思ったが──それこそが、天霊の特徴だったのだ。
「……いつから、天霊さんはお祖母様に成り替わっていたのですか?」
「取り敢えず、天霊とは呼ばないでください。天霊とは、私だけを指す言葉ではないのですよ、天音。長いこと呼ばれていないですが、私には鏡火という名前があるのです」
言って、京子──鏡火は再度口を開く。
「いつから、と言われると細かい年月は覚えていませんが──少なくとも、あなたの母親と対峙する少し前ぐらいから、私は四ノ宮京子でしたよ。私は代々の四名家の当主に憑りついて生きているんですから」
それが本当ならば、天音たちが行ってきたことはいったい何なのだ。
代々、四ノ宮家は良いように遊ばれたということなのか。
果たして──鏡火はそんな天音の思考を読み取ったのか、京子だった頃には絶対にやらなかった笑みを見せて言う。
「そうです。気づいたみたいですね。五十年に一度執り行われる儀式──これは、私にとっては、次期当主を試すゲームみたいなものです。他の四名家の人も合わせて楽しかったですよ、あなたたちの選択を見るのは」
「…………ふざけないでください……っ」
次期当主を試すゲーム。
母が死んだのも、詩織が供物にされかけたのも、氷華が殺されかけたのも。
全て、この天霊の仕業でゲームに過ぎなかった。
否、巻き込まれたのはそれだけではないだろう。
この村に住む代々の次期当主は試されて──最終的には、憑りつかれてきたのだ。
「いったい、私たちを、人をなんだと思っているんですか……っ!」
叫んで。
心を埋め尽くした怒りに身を任せると、天音は地を蹴り上げた。
それに、鏡火は何かを掴むように片手を虚空へと伸ばした。直後、その片手にどこからか光の粒子が現れ──一振りの剣を象るように集積していく。
実体化。
鏡火の手に握られたのは刀だった。色は、炎を凝縮したように真紅。
そして──
キンッ。天音の剣と鏡火の刀が噛み合わさった。
金属が擦れたような甲高い音が響き、衝撃波がこの地下室のあらゆる側面を傷つけて行った。
硬直。
──瞬間。
その一瞬の空隙を埋めるかのように、天音と鏡火は超至近距離で攻撃の応酬を始めた。
鏡火の攻撃を剣で弾く。天音の剣閃を鏡火が刀で捌く。
そんな応酬を繰り広げながらも、鏡火の絶妙な剣技に、天音は徐々に押し込められていった。
──遊ばれている。
ようやく冷静になってきた思考で、天音は不意にそんな感想を抱いた。
おそらく、剣技の質も速さも何もかも違いすぎる。だというのに、鏡火は天音のレベルに合わせて剣を振るっているのだ。
鏡火にとっては、これすらも、ゲームシナリオの一部に過ぎないとでもいうのか。
と。
天音が腕を引くのに対して、鏡火も腕を引き絞って。
「──ハアアアッ!」
「──ハッ!」
天音の突きと鏡火の突きがまったく同じタイミングで繰り出された。それは狙ったかのように、二人を結んだ線分の中点で衝突した。
ビリビリと空間が咆える。
と、そこで。
天音はバックステップをして鏡火との距離を取ると、ギンの横に戻っていった。
「ギン!」
それと違うようにして、今度は、ギンが前に出て鏡火へと襲い掛かった。
精霊使いが戦うときは、本来はこのように精霊に時間を稼いでもらうことが多い。どちらかといえば、天音たちは例外に属するのだ。
そしてその理由は、遠距離攻撃の霊術を構築する時間を稼ぐため──
「術式認証完了。霊術の構築から発動へ移行」
覚えている最強の霊術による身体強化を、天音は紡ぐと、鏡火はにやっと笑みを浮かべてこちらに視線を向けた。
代々の四名家当主に憑りついていた鏡火である。
当然、精霊使いの戦い方など熟知しており、警戒すべきは、天音だということもわかっているだろう。
だが。
「術式解放──《霊化》!」
霊法陣が現れたのは、天音──ではなく、ギンの足元。
ギンの体躯が淡い銀色の光に包まれる。咄嗟に、鏡火は注意をギンへ戻すが──間に合わない。ギンの駆ける速度が飛躍的に上昇して、鏡火の瞳がギンの姿を見失った。
「──くっ!」
縦横無尽に動き回り、時折四肢に攻撃を混ぜてくるギンに、鏡火は初めて苦悶の声を漏らした。だが、まだ、鏡火はギンの無秩序な動きに対応できていない。
──今だ!
ギンに気を取られている今こそがチャンスである。
内心で叫んで、天音は自身にも身体強化の霊術を付加しながら、地を蹴り上げた。
ほとんど地面すれすれで滑空するように、天音は腰を更に低く屈めて、鏡火の懐に潜り込む──。
が。
まるで、天音がそうするのを予測していたような完璧なタイミングで、鏡火がこちらを振り向いた。先程まで、ギンに良いように扱われていた姿はそこにはない。あるのは、肉食獣のような獰猛な光を秘めた瞳。
──しまっ……
瞬間、鏡火が手を軽く振った。
天音が剣を振るうより速く、目の前に、一つの霊法陣が展開される。咄嗟に躱そうとするが、慣性の力には逆らえない。突っ込んで行く天音に、鏡火の霊術が発動した。
真紅に染まった眩い光。
天音にはそれしか認識することしかできなかった。
直後、天音はそれに飲み込まれて吹き飛ばされた。地面に叩きつけられて、二・三度バウンドする。強制的に肺から息を吐き出され、数秒呼吸困難に陥る。
「────っ」
小さく声を漏らして、天音は地面に突っ伏したまま顔を上げた。
傷口を確認してみると、かなり強い衝撃だったはずだったが、不思議と深い傷はなかった。せいぜい、軽い打撲と擦り傷程度だろうか。
まだ行ける。まだ逃げられる。
そう確信して、天音は剣を持ち上げて──
「…………えっ?」
なかった。
天音の剣・《武装霊具》──それは柄だけを残して、刀身全てが消滅していた。
つまり、鏡火の先の一撃は、天音を狙ったものではなく、天音の無力化を図ったもの──。
戦闘中にも関わらず、そんな思考を脳内でしていたためか。
『天音!』
──目の前に迫る危険に近づくのが遅れた。
相当な霊力が注ぎ込まれているのか、煌めく霊法陣が、鏡火の周囲の空間に次々と刻まれていく。
パッと数えられるだけで、二十は超えている。
だけれど、それだけでは終わらない。
時間が刻々と過ぎていくと同時に、鏡火を囲むようにして真紅の輝きを持つ霊法陣が次々と無数に生まれていく。
その全てが、
──天音を照射していた。
「……無理、です……」
無意識の内に、天音の口から声が漏れるが──鏡火は霊術を展開するのを止めることはない。
そして、ついに、天音の視界全てを埋め尽くすほど霊法陣が広がって。
「──死になさい」
無慈悲な宣告。
避けられない。否、避けられる場所などない。
天音が移動可能範囲全てを標的とした霊力による全範囲攻撃。
誰かの「逃げて」という声が聞こえるが、最早そんなものは意識の埒外だった。
直後、天音の視界が真紅に染まって。
「────」
絶対に避けることのできない、無数の超高密度の霊力の奔流が襲いかかって来た。
まだ生きていることが不思議だった。
天音は地面に横たわったまま、呻いた。
視界には火花が散り、身体中が常に斬り刻まれているように痛む。少しでも動かせば、たちまち激痛がはしるだろう。
服は所々焼けただれ、ぶすぶすと音をたてて煙が上げている。
「……どう、して……」
天音を襲った霊力の塊は凄絶なものだった。──が、霊法陣の数に対して、天音を襲った衝撃は明らかに少なかった。全てが直撃していたら確実に死んでいたはずだった。
疑問に思い、天音は顔を上げて。
「────っ」
辛うじて立っている三つの影を認めた。
「……ギン……氷華ちゃん……詩織先輩……!!」
必死に呼びかけるが反応はない。
三者三様の荒い息遣いが聞こえてくるのみだ。
見るまでもなく、皆の全身はボロボロで傷だらけ。身体のあちこちから血を垂れ流して、地面を赤黒く染め上げる。
どうして、そこにいるのかなど考えるまでもなかった。
ギンが、氷華が、詩織が身を呈して、霊力の奔流から天音を守ったのだ。だけど、その三人による霊力障壁を持ってしても、鏡火の霊術は防ぐことはできなかった。
「……天音、大、丈夫……?」
「……天音ちゃん、大、丈夫、ですか……?」
途切れ途切れに紡がれる氷華と詩織の声に、天音は必死に頷いた。
すると、二人は安堵したのか小さく笑みを浮かべると、かくんと同時に地面へと崩れ落ちた。
慌てて駆け寄って、天音は。
「大丈夫ですか! 大丈夫なんですか、二人とも!」
氷華も、詩織も、顔色がかなり悪い。血も止どめもなく流れて、二人の身体を触った天音も真っ赤に染まっていく。
早く、早く、治癒の霊術をかけなければいけない。
じゃないと、この二人が死んでしまう──!!
しかし。
ゆったりとした歩調でこちらに近づいてくる足音に、天音は身体を硬直させた。
「ほぉ、まだ生きていましたか」
──見るまでもない。鏡火だ。
たとえ、鏡火に二人を治癒する時間をくれと言っても、そんな猶予を与えられるわけがないだろう。
天音が死ぬのはまだ許せる。
だが、天音以外の人間が──この二人が死ぬのは絶対に許すことはできない。
「考えるんです考えるんです考えるんです」
自身を鼓舞するように呟きながら、天音は高速で思考を巡らせる。
何か方法があるはずだ。この状況を打開する方法が。
思考を止めてはいけない。進むことを止めてはいけない。あるはずだ、この二人を助ける方法が────。
ある。
たった一つだけ。
この状況を打破する方法が。
「…………」
これ以上、二人を傷つけないように地面に寝かせて。
ゆっくりと、天音は立ち上がった。
そのまま、まだ踏ん張っているギンの隣まで歩くと──静かに囁く。
「……ギン、まだ行けますか」
『ああ……だけど、俺がいくら天霊を超える精霊と言ってもこれは中々辛いな』
「……それは本当ですか?」
『……ああ?』
「ギンが天霊を超える精霊というのは」
『……もちろんだ。こんな時に冗談なんて言っている余裕はねーよ。ただ、前にも言ったように、力には対価が必要だと──』
「良いですよ」
『あ……おい、お前、今なんて……』
「良いですよ。右腕でも、左腕でも、両足でも──私の身体のどこの部位でも持っていってください。あの天霊を超える力が手に入るなら、構いません」
『……天音──』
「お願いします、ギン」
言って、天音は地面に蹲った。
おかしな動きを見せれば、すぐさま、鏡火から霊術が飛んでくるだろう。
だから、ミスすることは許されない。
天音は身体から、ギンから供給されている霊力を放出した。
天音に足元に刻まれるのは、仮契約ではなく、正式な精霊契約の霊法陣。
「──無駄な悪あがきを」
天音が霊法陣を展開させたのを見て、鏡火が呆れるように言った。
が、天音が何の霊術を発動しようとしているかに気づいた途端──。
動揺を見せて、鏡火は踵を地面へと突き立てると霊術を発動させた。
が──もう、遅い。
「ギン!」
天音の呼びかけに応じて、ギンの牙が天音の左腕を容赦なく貫いた。
「────っ!」
激痛がはしり、思わず悲鳴を上げそうになるが唇を噛んで耐えて。
天音は文言を紡ぐ。
「気高き銀狼の王よ──我、四ノ宮天音の名において命じる。汝、我と契りを結びたまえっ!!」
と、同時に。
──ギンが天音の左腕を噛み千切った。
刹那。
霊法陣が煌々とした輝きを放って。
鏡火が放った霊術が、天音とギンに襲いかかって来て──。
◇
轟音。
鏡火が放った霊術が天音たちに直撃したのだ。
が、思った以上の手ごたえのなさに、鏡火は訝しげな表情をつくった。
あの霊術は、天音とギンを致死に至らせるには十分な威力を持っていた。
だが──なんだろうか。
得も知れない悪寒が、鏡火の背筋を震わせて。
『──命じるとは……らしいじゃねーか』
霊術によって巻き上がった土煙の向こうから、ギンが獰猛な笑みとともに現れた。
ギンが盾となって鏡火の攻撃を受け止めたのだろうか。
が、一転して、その体躯には傷一つない──。
いや、それどころか、ギンの体躯は先よりも数十倍もあった。否──これが、本来の姿なのだ。数年前天音の母親と戦った時も、ギンはこの姿だった。
「……それが、ギンの本来の姿ですか」
『まあな、格好良いだろ?』
「ちょっとだけですけどね」
軽口を叩き合いながら、天音が立ち上がって。
右手を肩の高さまで上げると、サッと素早く横に振る。
「来たれ──」
力強く一歩踏み出すと、天音の手に一振りの剣が現れた。
次いで、握った剣がどこからか現れた白炎に包まれ──そのシルエットを巨大なものへと変えていく。白炎の中から姿を見せたのは、それを凝縮したような、巨大な白き刀身の剣。
天音がゆるりと凛火の正中線に大剣を構えた。
すると、天音の闘志に同期するように──大剣の刀身から白炎が溢れた。
一切の穢れを受けつけない一点の曇りもない白。
何者も寄せつけない圧倒的な力。
それらを兼ね添えた白炎の劫火が、大剣から迸る。
「なっ──」
目の前で起こった現象に、鏡火は驚愕の声を漏らした。
一瞥するだけで理解できる。
あの剣には、自分と同等の──下手をすれば以上の霊力がこめられている、と。
「……それなら──」
鏡火も何かを掴むように片手を虚空へと伸ばした。直後、業火を切り取ったような炎を纏った戦斧を握る。
──瞬間。
二人の視線が交錯して。
空気を叩くと炎の軌跡を描きながら、鏡火は空中を駆けた。
一呼吸の内に天音との距離を詰め、鏡火は戦斧を構えると、一閃──
キンッ。
大剣の切っ先と戦斧の穂先が合わさった音が響いた。
天音が鏡火の戦斧に合わせて、大剣を振り下ろしたのだ。
しかし、鏡火はスピードに乗って戦斧を突き放っているのに対し、天音はその場で、ただ大剣を振り下ろしただけである。そのまま行けば、鏡火の一撃に耐えられず、天音が吹き飛ばされるのは自明の理であった。
が──
「──せあっ!」
鋭い気合いとともに、天音は大剣の切っ先を真下へと振り落した。
それによって、大剣と突き合わせていた戦斧が、天音を貫く代わりに、つられるようにして真下の地面へ突き刺さる。
「────」
渾身の突きが呆気なく受け流されためか、凛火は大きく目を見開いた。
だが、それだけではない。
高速で接近していた鏡火は、咄嗟に方向転換することも、止まることもできない──
「────っ」
戦斧を地面へと突き刺し、武器を使えない鏡火が前のめりに、天音に突っ込んでいく。
そこを、天音は見逃さなかった。
突っ込んできた鏡火に、天音は今度は下から剣を跳ねあげた。
「──あ、──っ」
白き剣閃から、身を守るために真紅の炎が鏡火の体躯を包み込んだ。しかし、衝撃までは吸収できなかったのか、鏡火が放物線を描いて吹っ飛んでいく。
地面に跪きながら、鏡火は何とか着地したが──浮かべたのは、呆然とした表情だった。
が、それも当然だった。
鏡火の渾身の一撃を前にして、天音は一歩も動くことなく対処したのだから。
その空隙を狙うように──。
今度は、ギンが鏡火の死角から攻めてきた。
咄嗟のことに反応が遅れる。
一撃目を、鏡火は手を振って出現させた霊力障壁で弾く。
が、膨大な霊力を纏ったギンの四肢は、ガラスが砕けるような音ともに、それを突き破って──鏡火の体躯を捉えた。
けれど、そこで終わらない。
鏡火の身体がくの字になって折れ曲がって僅かに宙に浮く。そこを狙って、ギンは更に連撃を叩き込んできた。
「──ぐっ!」
反射的に掲げた戦斧に、凄まじい衝撃が伝わる。が、結局、衝撃を殺しきることはできず、鏡火は数十メートル吹っ飛んだ。
「…………っ」
呻きを漏らしながらも、鏡火は立ち上がった。
違う。数十分前の天音たちとはあまりにも霊力量も実力も変わっている。
精霊契約とは、ただ、人間と精霊の間で契りを交わすだけというのに。
しかし、鏡火はすぐに頭を振って思考を霧散させると、獰猛な笑みに浮かべ。
戦斧を天高く掲げて鋭く叫ぶ。
「──燃えなさい!」
瞬間。
戦斧から灼熱の炎が迸り、戦斧そのものが『炎』へ──霊力へと変わった。
凛火の周辺の地面がひび割れて赤熱する。戦斧自体が炎へと変わったにも関係なく、鏡火はそれを何でもないように持ち、振り上げ、
「──シッ!」
天音との間合いが十数メートルはあるにも関わらず、鏡火は戦斧を天音に向かって振り下ろした。
絶対に届くことない距離。
でも、それで良い。
天音は眉をひそめる──が、すぐに、その性質に気づいたのだろう。バッと、自身の身体を守るように大剣を掲げた。
理由は単純。戦斧が描いた炎の軌跡が斬撃となって、地面を這いながら飛んでいったからだ。
ドゴッ、という衝撃。
天音は後ろへと押され──炎の斬撃は大剣の表面を抉ると空気に掻き消えた。
──が。
その空隙の間に、鏡火は再び戦斧を振り上げていた。
炎が戦斧へ収束して──
斬撃。
「────なっ!」
その声は、天音のものではなかった。
地面を這う炎の斬撃を、同じく白炎の斬撃で相殺した天音に対する、鏡火の驚愕の声。
「──くっ!」
声を漏らして、鏡火は再度戦斧を振り下ろす──が、それらの斬撃は、天音によって相殺される。
「──どう! して!」
地を縦横無尽に駆けながら、鏡火は様々な角度から天音に斬撃を放つが──全ては、天音が軽く一閃する白炎の斬撃とギンの四肢によって中和される。
──私が遊ばれているですか。
嫌な考えが──しかし、もっとも、それらしい考えが鏡火の脳裏をよぎる。
まさか。まさか。まさか。
そんなわけが──
「──あああああああああああああああああ──────っ!」
その思考を振り払うがごとく絶叫して、鏡火は戦斧を振り切った。
高速で空間を突進する炎の斬撃が、天音を襲う。
それを、天音は──
「──嘘、だろ」
相殺することなく、白炎を纏う大剣で受け止めて別の方向に跳ね返した。
跳ね返す。相殺するまでもない。
それは、鏡火の一撃がその程度だと言われているのと同じだった。
「──ふざ……」
憤怒が心中いっぱいに埋め尽くす。
やがてそれは焦りに変わって、鏡火の思考を鈍らせる。
感情の爆発に合わせて、戦斧がこの戦闘最大の火力を発揮した。鏡火が持つ霊力の全てが、戦斧へと注ぎ込まれたのだ。
もう、戦斧自体で一種の爆弾と成り得るほどに。
「──けるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──────っ!」
絶叫とともに、鏡火は戦斧を振りかぶって、天音に向かって投擲する──
「──術式解放」
静かな、けれど、強固な意思が込められた天音の声が鏡火まで確かに届いた。
幾何学的な文様が浮かび上がり、天音が振りかぶった剣に穢れなき白炎を生み出していく。それは剣すら上書きして、まるで剣自体が白き劫火となったようだった。
「──吹き飛べっ!」
たった一言。
しかし、それだけで十分だった。
天音の一撃のもとに、何もかも吹き飛んだ。
地面が抉れ、戦斧が粉々に砕かれ、地下室を構成している壁をぶち抜いていく。
そして。
地面を這って直進した斬撃は、鏡火を飲み込んで──その存在を、この世界から消し去った。




