現実的魔法使い、それはマグス――それとも本気? その1
人間とは不思議なもので、同じ法則に乗っ取って展開されるふたつの事柄でも、一方は難なく遂行でき、他方に困難を覚えたりするようです。
ちょうど、TVゲームに登場する<魔法使い>――黒白は問わない――の呪文は簡単に覚えられるのに、外国語は難しいと考えるヒトがいます。
"摂"氏の同級生がそうでした。
名前を"無頼"(ぶらい)としましょう。
次に、あるTVゲームに氷の呪文がある、と仮定します。
敵一体を攻撃する呪文は「アイス」
敵グループを攻撃する呪文は「アイサー」
敵全体を攻撃する呪文は「アイセスト」
です。
ゲームを楽しむヒトはほとんど、魔法使いを操作しながら、この三つの差を簡単に理解します。
――ゲーマーのうち誰が、
「モンスターがいっぴき、あらわれた!」
時に、
「アイセスト」
を唱えるでしょう?――
[もちろん、<アイス>と<アイセスト>の威力が異なる場合は例外です]
そして、ゲームを楽しむヒトはほとんど、攻略する際に――または友達と共通の話題で盛り上がるときに――その呪文の差異を、深く考えることなく、明確にすることができるのです。
実際、"無頼"は、
「あそこの洞窟は炎のダンジョンだから、ラストまでザコは<アイサー>でぶちのめしていくんだよ――<アイセスト>だとMPを無駄に食うから、ラスボスまで温存するためには、<アイサー>で行くと楽だよ」
ひどく流暢に、いまの発言を行いました。
しかし、そんな"無頼"は、勉強の話になると、
「外国語が難しくてよく分からない」
と主張するのです。
学校では教えます。
「形容詞の比較級は、基本的に、原級形のベースに語尾として、○○<イオル>と付けるだけです」
「最上級形は、基本的に、原級形のベースに語尾として、○○<イシムス>と付けるだけです」
ここで、先生は例題を出します。
「<フォルチス>の比較級は?」
答えは勿論、
「フォルチオル!」
「では次、<フォルチス>の最上級は?」
「フォルチシムス!」
そして、教師は生徒たちに告げます。
「ね、簡単でしょ?」
皆、頷きます。
勿論、"無頼"も。
しかし、"無頼"はテストになると、比較級の問題が全く解けないのです――そしてそれは、"無頼"だけではないのです。
その後、補習で、先生がいくら分かりやすく説明しても、"無頼"は
「わかった」
と表面上は分かったフリをしますが、応用問題を与えられると、躓くのです。
そして、"無頼"は言うのです。
「オレ、外国語きらい――むずかくて、頭いたい」
――そばで、"摂"氏は、いつも不思議に思っていました。
「何故、ゲームの中の複雑な語尾屈折には対応できて――さらに活用できているのに――外国語になるとできないのか?
彼はまったく同じことをしているのに?」
その、学生の多くがプレイする有名TVゲームに登場する魔法は、氷だけではありません――魔法は種類によって大量に存在し、それぞれ複雑に語尾屈折します。
具体的に述べるのならば、「アイス」「アイサー」「アイセスト」だけではなく、眠り系の魔法は、
敵単体を眠らせる呪文「ネムリー」
に対して、
敵グループを眠らせる呪文「ネムリーマ」
があります――このふたつを"無頼"は、簡単に使い分けます。
勉強をすこしもせずに。
例文:「普段、<ネムリーマ>はボスキャラには全然効かないけど、あそこの (炎のダンジョンの) ボスは何回かに一回、<ネムリーマ>が効いて――その時にバグが起こって――そのあとは絶対にそのボスは起きないから、あとで袋叩きすればいい――あ、この時、<ネムリー>は使っちゃダメだからな。ぜったい<ネムリーマ>。<ネムリー>だと効かないんだよ――何でか知らないけど」
"無頼"はそう、主張します――彼が魔法の語尾屈折をきちんと活用できていることが、この例文にはよくあらわれています。
因みにこの語尾屈折は、そのゲームの製作者がガイドブックにおいて「攻撃魔法第三活用形」――と規定しているのかどうか知りませんが――同作品に登場する<炎系の魔法>と同じ様に変化します。
例えば、炎の呪文
「モエリー」
が敵一体を攻撃する魔法だとすると、敵グループを攻撃する上級魔法は、
「モエリーマ」
となるのです。
だからこそ、猶更、"摂"氏には不可思議なのです。
何故、同級生の"無頼"は、全く同じ法則に基づいて、同じことをしているのに、ゲームだと簡単なモノが、勉強ではできないのでしょう?
ふたつの違いは明らかなのですが、 "摂"氏は、大人になるまで理解することが難しかったようです。
その違いは、冒険をしているか否かです――モンスターとたたかっているか否かです。
現実の世界では冒険もせず、モンスターとも戦わないプレイヤーは、呪文を唱える機会が極端に少ない。
――ただそれだけなのです。
TVゲームの中では一日に何十回、何百回と唱える魔法を、平凡な日常の積み重ねである現実では唱えていないだけなのです。
ここから続けて展開される、"摂"氏の考えと主張が予想できるでしょうか?――つまり、逆を返せば、現実でも冒険さえしてモンスター戦いながら何度も言葉を唱えれば、誰でも簡単に魔法――つまり外国語――を活用することができる、ということを。
これをTVゲーム業界の<ジャーゴン>(意味:専門用語)を使って言い換えれば、
「経験値を積む」
というのでしょう。
しかし――勿論――現実とTVゲームの世界は異なります。
現実には、
「アイス」
と
「アイサー」
の差が分かっても、氷を目の前に実体として出せませんし、外国語が突然ぺらぺらになるわけではありませんから。
しかし、重要なことがあります。
世の中には外国語が流暢なひとなど、腐るほど――ええ、そうです。ゾンビと同じ程度に身体が腐るほど――いますが、流暢な語学を使って目の前に氷を出せないひとは同じ位、腐るほどいるということなのです。
"摂"氏は幸いなことに、両方できました。
勿論、氷は出せません――しかし、指先から火を出すくらいは出来ました。




