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温度  作者: 折鋸倫太郎
縁日は、なぜたのしいのか?
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縁日は、なぜたのしいのか? その2

 帰宅してから、"摂"氏は電話を掛けます。


 「もしもし」


 もう相手が誰だか分かっているから、特に驚きはありません。

 まだ洗練こそされていませんが、以前よりも"摂"氏のラテン語は――少しだけ――語彙が増えていましたから、ところどころ詰まりながらも、言いたいことを伝えることができました。


 「この前、願いを取り消したばかりだろう?」と、"アルブス"氏。


 「ええ。だからわたしが取り消したそれを、別のものにして、また願いたいのです」


 「じゃあ、あと残り一つだ――それは何だ?」


 「空の雲を、綿あめにしてください」


 "アルブス"氏は、<綿あめ>が、よく分からないようでした。

 ――"摂"氏は、「綿あめ」という単語だけ、母国語で言いましたから。

 そこで――完璧ではないラテン語を用いて――"摂"氏は、その具体を説明します。


 「なるほど。甘い雲なのだな?」


 "摂"氏は相槌を打ちます。


 「甘い雲で、食べられるのだな?」


 「そうです」


 「それは飲めるのか?」


 「いいえ――ただの甘い雲なのです」


 「何のために?」


 「何のために?」


 「何のために雲を甘くしなければならないのだ?」


 「わたしの甥がそう願っているので」


 "アルブス"氏は納得した様です――何かの理由において<家族>を持ってくると、主張自体に理がなくとも突然説得力が増して見える例がありますし――そうでなくとも、聞き手の反論可能性を減少させる効果が見られるケースもあります。

 何はともあれ、"アルブス"氏は、反駁に関心がないようでした――代わりに、別のことに関心を向けました。


 「それで、その<ワタアメ>なる甘い雲は、お前の周囲にあるモノなのだな?」


 「ええ。お祭りに行けば、いつでも食べることができます」


 「お前の国の祭りでは、<ワタアメ>なるモノを食べるのか?」


 「そうです――」


 そこで、ふ、と"摂"氏は疑問に思います。


 「え? あなたは、この国にいるのではないですか?」


 「やめてくれ――人間」


 そして、唾棄した音を、たてました。



 ちなみに、"アルブス"氏の電話番号は"摂"氏の住んでいる地域と同じ市外局番を持った番号です。

 ――それも、別の人も使用しているラインです。

 よって、ある特定の時間に掛けなければ、"アルブス"氏ではなく、その電話番号の繋がる固定電話を持っているヒトが出てしまうのです。

 そのひとは留守がちなので、大抵は"アルブス"氏を簡単に捕まえることができます――が、タイミングが合わないと、いたずら電話に間違われます。


 「またお前か――いい加減にしろ!」


 と、その生涯に於いて、何度か"摂"氏は怒られました。

 対し、"摂"氏はもちろん、きちんと、謝罪をしました。

 つまり、固定電話のある場所に、実際に"アルブス"氏が住んでいるというわけではなく、


 混線


 によって、どこかにいるのだろう"アルブス"氏に何らかの手段で繋がる、という表現が近いようです。

 "アルブス"氏の発言の総合から推測するに、そこは、この、ヒトや動植物が住む世界――地球――ではない様ですから。



 「ウィデーリケッ、本来、空にある雲は甘くはないが、それを甘くして、誰にでも食べられるようにすればいい――お前の甥のために――ということでいいんだな?」


 と"アルブス"氏は最終確認をしてきます。


 「そうです」


 すると、電話が切れました。

 挨拶がありませんでしたが、"摂"氏は腹を立てませんでした。

 ただ、


 「<綿あめ>を食べてみたいと思いますか?」


 と訊けば良かった、とは思いました。

 ――たとえ否定されることが分かっていても。



 以前のことがあったから、今度もすんなり、願いは叶うのだろうと"摂"氏は疑いませんでした。

 だから、次の機会に叔父のもとを訪ねた時、甥に対して、


 「雲を食べてごらん――甘いんだよ」


 と助言しました。


 「綿あめなんだから」


 甥は、変な顔をしました。

 この態度は、"摂"氏の予想範囲内でした。

 だから、空の雲が実際に掴めるくらい標高の数値が高い山に、一緒に登って確かめよう、と誘いました。

 が、甥は


 「今度ね」


 そのやり取りを傍で聞いていた叔父が、そのまま話を変えました。



 その後、"摂"氏は一人で山登りを行いました。

 雲が見えてくると――まるで、文字通り、<絡みつく>かの様です。

 そして、つまんで――千切って――食べてみました。


 「甘い」


 ――気がします。

 雲として存在できる程度に、糖分が混ざっているのでしょう。

 そのまま、下山しました。

 隣りにいた――"摂"氏とは麓から同じペースで歩いていた――見知らぬ登山客は、山登りをする誰もが目的とするだろう


 <山頂に到達>


 せずに下山を始めた "摂"氏の元気な後姿を、訝しげに見つめました。

 そして、考えます。


 「どうせ、あまりにも山道が険しく、辛くて、挫折したんだろう――根性がないなぁ」


 そして、綿あめを掻き分けながら先へ――先へ。



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