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温度  作者: 折鋸倫太郎
縁日は、なぜたのしいのか?
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縁日は、なぜたのしいのか? その1

 "摂"氏には、叔父がいました。

 闘病中でした。

 だから、見舞いに行くことになりました。


 "摂"氏は、気が進みませんでした。

 叔父が、性格の悪いヒト――だったわけではありません。

 単に、計算中だったのです。

 クラスメイトである"♣"の競泳タイム平均と、当時の同競技世界記録――いまはもう塗り替えられている――の関係が、ある三次元的物体Nの表面積と、そのNを四次元に移した時に拡大される表面積の差と等しいことを証明しようとしていたのです。

 証明されるのはずっと後のことではありますが、当時は

 「もう少しで解けそうであるのに――」

 と考え、親による、

 「お前ひとりを家に残すつもりはない」

 という命令に対して、反発を覚えました。

 だから、データを連れて、行きました。


 叔父は喜んでいるように振る舞っていました。

 家族に囲まれていましたが、淋しそうでもありました。

 和気藹々の中、"摂"氏は上の空でした。

 それに気づき、叔父は、子供("摂"氏にとっては甥)を連れて、外で遊んでくる様、勧めました。


 "摂"氏は、甥と一緒に、河川敷に行きます。

 のどかな日でした。

 空には、太陽の傍らに、ちぎれ雲。


 「あーあ」と甥。「おなか減ったな」


 "摂"氏は、同意しました――否、生返事でした。

 それに気づいたのか、


 「空の雲って わたあめ みたいだよね」


 そう言って、手に持っていたボールを投げつけました。

 "摂"氏は掴めなかったため、ボールは"摂"氏の背後へ転がっていきました。

 取りに行く間、"摂"氏は、いつの間にか、考えている問題がすり替わっていることに気がつきました。


 「もし雲が、綿あめであったなら」


 それを頭の中で、対象を代数に変換し、論理記号を使用して、式を展開させ始めます。

 ボールを取ってから、振り返ります。

 甥は、空を見つめていました。

 甥は、"摂"氏を見ます。

 ボールを投げようとするとき、"摂"氏は、


 「もし雲が、綿あめであったなら、どうする?」


 と尋ねました。

 甥はボールをキャッチし、


 「もちろん、はらいっぱい食べる」


 と、馬鹿にした笑いを込めて、投げ返しました。

 "摂"はまた、取り損ねました。


 「でも、手に届かない位置――ところ――にあるよ。雲は」


 そう言いながら、"摂"氏は投げ返します。


 「何言ってんの?」


 と甥――キャッチ。


 「雲が わたあめ なわけないじゃん」


 そして、ピッチャーの構えをして――投げました。

 先程より、速い球が、"摂"氏に飛んできます。

 "摂"氏はボールに触れました。

 そのまま、落ちて、足元に転がりました。

 "摂"氏は拾いもせずに、甥を見つめました。

 頭の中で、先程の命題が化学式に変換されています。


 「もし雲が、綿あめであったなら、食べたいと思う?」


 「だから――」


 「もし、の話だよ」


 「そりゃ、食べてみたいよ」


 そして、話題を変えました。


 「なんか、つまんない」


 と。


 "蚊人間"は、泥塗れです。頭を抱える様にして――尻を"摂"氏の方に向けたまま、うずくまっています。悲鳴は依然として、ありません。

 そして

 「ぴゅ」

 と音がして、再び水で出来た<弾>が当たりました――皮膚に痕を残します。そしてまた、透明の液体が、"蚊人間"の身体の上を弾けるのです。

 その時、"蚊人間"の羽根が萎んでいるのが見えました――塩を得た青菜の様に。

 「ぱたぱたぱたぱた」

 と弱く、小刻みに、動いています――寧ろ、うごめいています。最早、飛ぶ力が残っているのか、疑問です。

 途端に、羽根が汚い色に転じました。

 そして、

 「しゅっ」

 と赤くなり、燃え上がり――羽根は燃え尽きました。燃えている間、音はありませんでした。

 "蚊人間"の背中には、火傷の様な赤黒さが残り――

 「どうしてロードローラーから発射される<弾>は<水>の様に見えるのに、燃えるのだろう?」

 と"摂"氏は疑問に思います。

 そして"蚊人間"の背中から立ち上っていた煙が消えた――次の瞬間

 「ぴゅ!!!」

 次の攻撃!!!

 "蚊人間"の身体に命中し、ちぎれたのか――肉の一部が宙へ――吹き飛んだのが見えました。

 それは、宙を、弧を描きながら跳び、砂利道に着地した後、転がりました――そして、停まりました。

 血は流れませんでした――少なくとも、"摂"氏の目には見えませんでした。

 そして、攻撃が止むのです――そして、"蚊人間"は立ち上がるのです。

 <狂ったヒトの目で>――くちばしの様な唇をまっすぐ"摂"氏に向けて。

 


 ⇒「――てない その3」へ


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