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温度  作者: 折鋸倫太郎
『実力』と、それを包む邸宅
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『実力』と、それを包む邸宅 その8 ―"摂"氏は「メタ」の呪文をとなえた!―

 "摂"氏は、十あるうち、入口傍の下座しもざ席――ディナーでは、ホストのパートナーが座るべき場所――ではなく、そのすぐ右側、角のダイニングチェアに座っていました。

 肘掛は、すべて、ありません。



 引く時、きしみませんでした

 ――足には、大理石を傷つけない様、細工がしてあります

 ――そうです。ダイニング・ルームも玄関スペースと同じ様に、大理石が敷いてあるのです。

 四本足のそれは、木製ではありませんでした。

 パイプ?――ではない。

 金属?――ではない。

 プラスティック?――ゼッタイない。

 素材はわかりませんが、堅固であることには違いがないのでしょう。

 素材はわかりませんが、ヒトと椅子との界面部――張られた生地はわかりました。

 革です。

 触りは、ひどく、つっけんどんです。

 しかし、下にはクッションが入っていて、座る者を沈ませ――圧し掛かる、無関心で横暴な重さを優しく包む様――ですが、その中には、弾性の、熾烈ではない、革のモノとは違う<反発>があります。

 嗜眠に誘導しない、安逸の中のストッパー。

 意志を持って行動しない、刺激に対する惰性的な<反応>。

 それ故、クッションはまだ、くたびれていないのでしょう

 ――まるで、湿気の中、湯船の様な、座り心地です

 ――いつまで経っても、堅い最深部に到達することはないのです。

 どこもそうなのか?――確かめる為、"摂"氏は背と尻の重点を移動させてみました。

 そうです。



 そう

 こう

 しているうちに、笑顔で"ジュネス"は皿を二枚、ダイニング・ルームに運び込みました。


 「これ、ホントうまいんだって。食べてみて」


 一枚を、"摂"氏の隣の席に割り当てられたテーブルに置きました。

 他方を、"摂"氏の前の席に置きました。


 置くと、すぐにまた、奥へ引っ込みました。

 そして、ドリンクを持って、

 ――同じ作業。


 最後に、"摂"氏の真向かいに座りました。

 すぐに食べることを期待している顔ですから、"摂"氏は待たせることなく、その期待を満たせることにしました。


 ミートパイに、家庭料理の様な、親切で愛情のこもった無骨さはありませんでした。

 洗練されていましたが、冷蔵庫の中に長い間寝かされていたせいなのか、雨季の特徴と特徴の間に挟まれる矛盾的暑さの中に生きるヒトに纏わりつく前日の名残よりも、湿気ていました。

 だから、銀のトリポッドで――薪に対する斧の様に――、一撃で、縦に割るのが、ひどく難しいものでした。

 しかし、力を入れて、レバーの様にさらに傾斜をさせ、フォークの側面で――まだ抵抗――でももう鈍角――底部の層は、

 ぎざぎざ――

 それでもなんとか二つに割ると、引き抜かれるフォークに誘導されて、中からゼリーに包まれた挽肉が、どろり、と堤防決壊の様に、皿に零れました。

 しかし、それは皿を水浸しには、しませんでした。

 しかし、少しずつ、裾を広げようと努力しています。

 しかし、速度は、時間の経過と共に、減少傾向。

 宙に浮かんでいた、"摂"氏の握った三又の、その歯の間に詰まっていたものが


 「ゆんだり」


 と鋭利な歯先で留まり、包まってから、一滴となり、縁を汚しました。

 落下地点は、切断面と、そこから吹き出し続けるゼリーのプールから、遠く離れていました。

 すべて、すくっても、すくいきれず、白に、轍の様な――スキッドマークな――跡が残ります。

 筍が、見えました。

 口に含みます。

 ゼリーは水ではなく、出汁――煮干しではなく、ブイヨン

 ――そして、甘さがあります。

 クレーム無き、ガトーな甘さです。

 焼き立ての――熱さが舌を焦がす様に思われるから、ウチから息吹で宥めようとする――うちなら、強い熱さという状態の中、焦点が一点集中して、その周囲にある些細な点は気づかないものなのでしょうが、冷えたことによって、サクレな甘さが明確になっていました。

 <<あ、微塵なセロリな繊維がある――他の野菜は荷崩れしきって、全体の中で過度に主張しない>>


 「ど?」と"ジュネス"。


 パイ生地をくわえて、嚥下後、


 「おいしい」と"摂"氏。


 「だろ?」


 「こんなおいしいミートパイ、はじめて食べました」


 と"摂"氏は、嘘をつきませんでした。


 「知り合いのところで作っているんだけど、これ、オレ大好きなんだよ」


 そして、かぶりつきます。


 「でしょうね」


 「は?」


 「こんなにおいしく、完成度の高いミートパイなら、わたしを含めた多くのヒトが、大好きになるでしょうね」


 「だろ?」と満足気。


 "ジュネス"は皿の上で、手を、拍手の様に、払いました。

 それから、"摂"氏は、ミートパイの<どこがどの様に素晴らしく思われるのか>、主張しはじめました。

 そして、テーブルの向こうで、"ジュネス"は頷き、相槌を打ちながら、

 ――聞いていませんでした。

 単に


 「おいしい」

 

 のですから。



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