『実力』と、それを包む邸宅 その3 ―レベルの低下と共感するヒト―
"ジュネス"邸は、公道から離れて建っていました。
"ジュネス"邸の敷地全体は、背の低い鉄柵に囲まれています。
――黒い鉄柵の頭は、全て、槍の様に尖っていました。
しかし、乗り越えるモノの足と靴を傷つけるには、十分では無い――それは一目瞭然でした。
鉄には艶があります――それは、公共の道路と歩道にだけ立てられる背の高い電燈が放つ、機械特有の不親切な淡い光を上から浴びているからなのだろうか?――又は、大金持ちの"ジュネス"家に雇われた<庭師>(か誰か)が定期的に磨いているからだろうか?――何かを上から塗っているからだろうか?――それとも自発的?
"摂"氏は思います。
それは、"夜"と同じ色でありながら、全く違う色の様に――スプーンの背を滑らかに――すべり――衝突には「スプラッシュ」無く――「泥リ」――円筒で、頭部の開いた透明グラスの中、先に満たされていた透明スピリッツの中、揉まれる様に揺蕩いながら――重い液体は、常に行く手を阻むものだ――個を叫びながら落ちていく――結局は澱となり、
「意味ないよね!」
「これって甘すぎだから――いらない!」
と、ダイエッターにとっての寿司の舎利の様に――
「最初から、刺身を食べればいいのに」
――上澄みだけ<エンプティカロリー>として消費された後、捨てられるグレナデン・シロップの様に――溶けずに、其処に、ありました。
あり――続けました。
[色の違いは、色が、「在る」か、「作られた」か、にあります]
赤のイメージャリーが続きました――
「サビはないのか?――少しも無いのか?」
――少なくとも、黒の中に、赤みは見えません。
みがかってもいません。
血が暗示されている訳でもありません。
液体のイメージャリーが続き――過ぎ――ました。
「でも、"柵"って固体でしょ?――矛盾している」
そんな鉄柵の内側――四隅が角になった"ジュネス"の土地の大部分は芝地で――ちょうど"摂"氏が訪れた時期は緑が濃く、力強く風に揺れる――それでも揺るがない、土に絡んだ根の強さがある――そして葉先の鋭さが、ヒトの履く革靴に踏まれたからといって毀れない――そんな時でした。
ここでも――屡――手入れを怠っていないことが、すべて画一的に刈り取られた背丈から分かります。
飛び出し過ぎるものは、ありません。
「安全ですね」
その二つに囲まれて、"ジュネス"邸はあります。
"ジュネス"邸の母屋は、縦に長いというより、横に――
まるで、掌で上から押しつぶした<饅頭>の様に――
ありました。
――膨れてから両手で引き伸ばした<やき餅>という形容は、相応しくありません。
それは、勿論、同時代に建てられているのだろうその他多くの典型的な建物の様に、<角張った建物>だとジャンルづけして、単純化して観察することが可能な代物でありましたが、それでも、どこか<柔和>な印象を"摂"氏に与える――「その点で違う」――そんな外観でした。
柔和だからといって、ラインのどこかがカーブがかっていたり、穹窿が実際に設計に含まれている、ということはありませんでした。
――<穹窿>は無くとも、<大胆さ>がある建物。
その差は、濁点があるか、無いか、なのでしょう。
その柔和さ――それは、印象故に発生したものなのでしょう。
それは、"摂"氏の抱いた第一印象――<異様さ>――を損なうというより、寧ろ増幅する様な、皮肉な――こもった――丸みでした。
そんな建物には、豆大福の豆の部分の様に、こまめに窓が埋め込まれています。
窓にはカーテンが――かかっている箇所もあれば、かかっていない処も。
端折って語ると、一階の窓は全て、カーテンがある――そして閉め切っている――が、二階は無い方が多い――ということにしましょう。
しかし、全てから、例外無く、光が外へと漏れています。
――豆大福の表面からふき、摘むと指紋の溝を埋めて指の腹を完璧な平らに近づける、甘さのない、あの粉の様に。
――<瞬き>をしたばかりの、見開かれた白目の表面にある潤みの様に。
"ジュネス"は、<館>(やかた)全ての明かりを点けて、"摂"氏を歓待するつもりだったのでしょう――または、節約を重んじるタイプでは無いのでしょう。
"摂"氏は動きを察知しました。
饅頭の端――あんこが飛び出すことはありません――ファサードの1F右端の窓の中に、"ジュネス"がいました。
光を浴びて、手を振っていました。
そこは――"摂"氏が後で確認することになるのですが――"ジュネス"邸のキッチンでした。
"ジュネス"は笑顔で手を振って――それから正面玄関を指し、そしてカーテンを下ろしました。
"摂"氏は歩き始めます。
公道、そこから"ジュネス"邸の母屋までは、短い砂利道になっています。
砂利道の両側も、黒い鉄柵が設置され、<庭>と<道>の差異が明確にされています。
進みます。
砂利すら、良いものを使っていることが、足の裏で分かるそうです。
そして――その道は、一本道ではなかったことが分かります。
道は、二又に枝分かれしているのです。
裂かれた、道では無いその<中洲>は、やはり鉄柵で囲われ――莢の様に中身は守られています――別言するとそれはまるで、川辺に
「すっく」
と立つ一本の葦の茎――その真ん中に突然動脈瘤が発生し――「何故?」――そんな問いかけなど無視して肥大し続け――破裂寸前――そんな小さな、オーヴァルな場所には、花が植えられていました。
アザレアです。
黒と緑と砂利の灰色の中で、際立つ原色でした。
しかし、いくら近づいても、匂いはしませんでした――"摂"氏は気にしませんでした。
「右に行くか、左に行くか?」
どちらでも結果に変わりはないのですが、"摂"氏は右ルートを選択しました。
そして、アザレアを横目に進むと、道は再び出会い、
そこが、"ジュネス"邸の玄関ポーチ前です。
低い木製階段をスタッカートを入れながら上がって、御影石の床で足音が変化して、それがチャイムの様に、車寄に反響するのを確認してから、玄関のドアをノックしましょう。
――そんな必要、ないのですが。




