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温度  作者: 折鋸倫太郎
『実力』と、それを包む邸宅
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『実力』と、それを包む邸宅 その1

 現代的おとぎ話に登場する様な<ありえない程の大金持ち>というものは現実にも存在するもので、それは、<庶民>だと己を見做している個人の隣に、ふ、といることがあります。


 "摂"氏の同級生が、そうでした。

 仮に、"ジュネス"としましょう。

 ――フランス語で、「若さ」という意味です。

 その人物の姓が"ジュネス"であるならば、名は"ドレ"だと考えてください。


 [※これから続く話は、"ジュネス"一家の話が入るため、幾人かの"ジュネス"が登場します。

  ですから、多人数の"ジュネス"が現れる場合、"摂"氏の同級生を"ジュネス・ドレ"と呼び、他と差異化を行うことがあります]

 


 "摂"氏がはじめて、この"ジュネス"こそ<大金持ち>と呼ばれるヒトであると知ったのは、ある帰り道のことでした。

 学校で特に仲が良くも悪くもなかったそのヒトは、言葉を交わして歩道で別れると、そのまま路上駐車――以前は取締があまり厳しくなかった様に記憶しています――していた一台の車に、颯爽と近づきました。

 すると、その車のそばに立っていた中年が、"ジュネス"の接近に合わせて、颯爽と後部座席のドアを開けたのです。

 そして、恰も

 「当たり前」

 であるかのように、

 「すう」

 と"ジュネス"は、後部座席に乗り込みました。

 ――ドアを支える中年に対する挨拶も、感謝の言葉も、ジェスチャーもなく。

 そして、そのスーツ姿の"中年"も、

 「当たり前」

 であるかの様に無言でドアを閉め、運転席に乗り込み

 ――エンジンが、かかりました。


 "摂"氏は、物語の中でしか存在しない様な<運転手つきの大金持ち>が身近にいたことに驚きました。

 学校でも、<貧困であること>を明示することはありませんでしたが、"ジュネス"が若くして年上の運転手を持つ身分だとは、"摂"氏は想像もしていませんでした。

 ――身分と言うものが"摂"氏の母国にあるとするならば、の話です。


 "ジュネス"が大金持ちであること――それを予想させる出来事に会った"摂"氏でしたが、相手に対する対応ベクトルが転換点を迎えることはありませんでした。

 ――"ジュネス"がどうであろうと、"摂"家の資産と収入が増える訳でも、減る訳でもなかったので。

 ――そして、"摂"氏の知識も同じです。


 そんな"摂"氏と"ジュネス"の仲は、険悪ではありませんでした。

 しかし、ある出来事を境として、その、一定の距離を保っていた仲は急速に狭まりました。

 ――その<出来事>の描写は、割愛します。


 とにかく、二人は仲が最悪ではなかった訳です。

 

 その"ジュネス"というクラスメイトは、言うならば、

 「裕福と知性は、比例も反比例もしない」

 ことを証明する様なヒトでした。

 "摂"氏と"ジュネス"の対話は――多くの友人たちが交わす、気安い洒脱な会話と違って――ほとんどが学問に関する話題で構成されていました。

 しかし、それは"摂"氏が、当時センセイであった"華"氏と交わす様な専門的議論ではなく、学校教育過程を進める上で必要な情報を引き出す――その程度のものです。

 "摂"氏が教師ぶって相手に押しつけがましく勉強を教える様なことはありませんでしたが、一緒に作業を行って、作業効率を良くしようと試みる場が何度か、学校内外で見受けられたものです。


 そんなある日のこと――テスト期間が近づいてきた平日――"ジュネス"は"摂"氏を誘いました。

 「週末に、一緒に勉強しない?――泊りがけで」

 とびきりの、笑顔でした。

 続けて語られるオファーの詳細は、以下のものでした。


 1、週末、"ジュネス"の家族は揃って旅行に行くから、家には誰もいない

 2、テストがあるから、同級生である"ジュネス・ドレ"だけ、留守番をしなければならない

 3、独りでいることに恐怖を感じることはないが、一人だとついゲームをしたり、漫画を読んでしまい、テスト勉強に身が入らない様な気がする

 4、"摂"氏と一緒であると、勉強以外に気を紛らわせることがなさそうだ

 5、週末が明けたら、一緒に登校すればいい


 "摂"氏は、3番目の詳細を聞いている時、以前見かけた中年ドライバーのことを思い浮かべ、指摘をしようかと思いました。

 ――が、すぐに、あの運転手は"ジュネス・ドレ"の専属ではないのだろう、と想起しました。

 ――つまり、"ジュネス"の家は大金持ちですが、それ位のお金持ちなのです。


 "摂"氏には、相手のオファーを断らなければならない様な用事も、性質もありませんでした。

 しかし、ずっと、大量の「?」が頭の上で、渦を巻いていました。


 「何故、自分が?」


 それでも、疑問は胸の内に押しとどめ、簡潔な受諾の後、

 「他に、誰か来るの?」

 と"摂"氏は尋ねました。

 "摂"氏は、自身よりも仲の良いだろう友達を、"ジュネス"がクラスに持っていることを見、知っていたのです。

 「ん…」

 と"ジュネス"は語尾を濁しました。

 "摂"氏が確認する限り、別に、"ジュネス"と友人との仲が急激に冷え込んだ様子はありません。

 ――表面上は。

 しかし、"摂"氏がそのことを必要以上に怪しむことはありませんでした。

 それまでも何度か、下校時に一緒に活動することがありましたし、"ジュネス"のオファーよりも"摂"氏にとって重要な、学術的問題についての思考を、既にはじめていたのです。



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