黄昏と暗号 その1
"摂"氏には、同級生がいました。
仮にその名を"ベラ"としましょう。
その名の通り、
「クラスの中じゃ可愛い方じゃねぇ?」
ということです――ある同級生・談。
そんな可愛らしい"ベラ"は、<お喋り>でした。
「これでもか」
という位、お喋りでない時がありませんでした。
そんな"ベラ"は、無口な"摂"氏を、明らかに、こわがっていました。
それを、
「苦手」
とか
「イヤ」
という表現で、誤魔化していました。
そして――"摂"氏が視界から消えた様に思った時だけ――その率直である様な意見を、友人に向かって愚痴っていました。
聞くつもりがなかったにも関わらず、この意見をたまたま通りすがりに耳にした時、"摂"氏は傷つきませんでした。
"摂"氏は当時、「嫌い」という感情を抱くことが、よく理解できなかったのです。
勿論、 "摂"氏には、<情熱>がありました――哀しみもありました。
しかし――感情があっても――<嫌悪感>というものとは程遠い生活だったのです。
しかし――それでも――
「多くのヒトにはその嫌悪感というモノが、重要なのだろう」
と根拠なく、"摂"は納得していました。
――というより、自分を無理やり納得させていました。
「それが、人間らしさというモノなんだろう――昔から、そういうものだと決まっているのだろう」
――たとえ人間である"摂"氏がそれを持っていないとしても。
実際、"ベラ"は授業などで教師に命じられた課題をこなす為、"摂"氏と会話をする必要がある時――無視こそしませんでしたが――顔がこわばっていました。
そして、休み時間でも"摂"氏が自分たちの輪に近づくと、それまで大声で話し、笑い、弾んでいたクラスメイトや有名人に関するゴシップ――その鋭い矛先を収めるのです。
そして無難な話だけが、"摂"氏の耳に届くのです。
言ってみれば、二人は敵ではないし、友達でもない、赤の他人でもない関係――
要するに、<単なるクラスメイト>なのです。
そんなある日のこと、ある授業で、"摂"氏と"ベラ"とその友達の三人は、同じクラスを選択し、時間割が一緒になりました。
[偶然か宿命か、自由意思かはどうでも良いことです]
そしてある日、授業がはじまる前、生徒が次の授業の準備をする為の時間として学校が設定した小時間において、三人は同じ教室に於いて、同席することとなりました。
――それも、三人だけ。
遠くに座り、本を読んでいる"摂"氏に気付いているのか――はたまた否か――いつもとは違い、"ベラ"とその友人二人は、おしゃべりに没頭していました。
教室にて、"ベラ"は自分の携帯電話の画面を友人に見せながら、
「あいつさ、なんかメール、いっつもキモイんだけど――ほら、みてみて」
読書の合間に奇妙な会話が聞こえてきたので、"摂"氏は耳をそばだてて会話を盗み聞きする――前に、対話者を見ました。
――しかし、"摂"氏が見つめていることを、二人は気にしていない様です。
"ベラ"はメールの内容を友達に見せながら――友との対話と、情報の交換として相手から与えられるだろうアドバイスの中から――メール送信者の意図(つまり、"ベラ"をどう思っているか)を掴もうとしている様子です。
――私信公開によるプライバシーの侵害、という言葉は、二人にはないのでしょうね。
[ここで挿入される会話は、わざと"ベラ"と友人が、部屋の隅で学問をする"摂"氏に聞かせようとしていたのかもしれません――が、よく分かりません]
話によると、"ベラ"が「キモい」としたメールの送信者は、ある別の同級生の様です。
――ここでは――「そうですね」――"Z"としましょう。
その"Z"は、学校では"ベラ"と、そこそこ仲が良い生徒です。
["摂"氏から見たら、の話です]
"ベラ"は影で文句を言いながら、教室では"Z"と”話をするときは楽しそうで、思わせぶりで――だから――"摂"氏は"ベラ"を訝しげに見ていました。
そして、この様に訝しげに見ていることを"摂"氏が隠しさえしなかったからこそ、"ベラ"は見下されているような気がして、
「苦手」
としていたのでしょう。
「ほら、見てみて――このメール――なんかエセ関西弁なんか使っちゃってさ。関西人でもないクセに」
「なんかさ、語尾に小さい『よ』とか使うヤツってウザい」
「ほら、また顔文字だよ。『(笑)』と同じ位むかつくべ?」
「なんか、『、』(読点)無駄に多いし」
「ほらまた――『ょ』だって――ウザいわぁ」
"ベラ"は、相手とのメール交換に、苛立ちを感じている様です。
――それでも、相手との交信を中止しようとは思わない様です。
その後も、教室で見かける限り、"ベラ"は"Z"に直接文句をつけることはなく――普通に仲が良いのです。
"摂"氏には、不思議でなりませんでした。
それは、"摂"氏の研究対象よりも不可思議な現象であり、素材でした。




