現実的魔法使い その4 ―オチ―
テスト期間を迎えます。そして――
<外国語>のテスト前日となりました。
"摂"氏の同級生である"無頼"は、友人に、
「オレ、ぜんぜん勉強してないよ――明日、どうしよう」
と告白。
すると、その友人が
「"摂"はどう?――テスト勉強」
と、パス。
その友人を無視して、
「"無頼"くんは、基本的に比較級の原理は理解しているのだから、あとは単語を覚えるだけだと思いますが。それも――テストの問題なんて教科書からほとんど出るんだから、教科書に出ている文章からそのまま覚えればいい。解釈の細々した問題になると、いまから対処するのは難しくなるのだろうけれど――えーと――ちょうど『フォルチオル』と『フォルチシムス』は文章の中に出ているのだし、教師も授業中に例として挙げたことがあるのだから、最低限、これを覚えれば良いのではないですか? ほら、良く言うでしょう――テストには常に<おまけ問題>というものが一、二題、挿入されているものである、と」
「でも、いまから覚えたって…」
「単に、<最悪>を避けることになるだけ――ところで、"無頼"君は最悪の事態が引き起こされることを望んでいるのですか?」
"無頼"は何も言いませんでした。
この"摂"氏の言い方は、<謙虚>ではありませんね。
実際、それを聞いた友人は、
「偉そうにしやがって――外国語の成績が、クラスで一番でも無い癖に」
と陰口を叩いたそうですから。
結局、"無頼"は赤点でした――<ほしゅう>からは逃れられないのです。
しかし、「フォルチシムス」だけは覚えていました。
教師の手によって<正解>と判断された跡が返却されたテストに残されているのを"無頼"が確認した時、
すごく誇らしげでした。
もちろん、"無頼"のテストの空欄は、埋められていない箇所がたくさんあります。
選択問題では、偶然と幸運に己の人生を委ねたこと――それを教師に見抜かれている証拠が記されています。
しかし、
「フォルチシムス」
だけは、自信に満ち溢れた濃い筆跡で、正確に、書かれていました。
――そして、赤丸だったのです。
"無頼"は、それから何年経っても「フォルチシムス」――つまり、
「一番勇敢な」
という意味を持つラテン語の単語だけは――忘れることはありませんでした。
たったひとつでも、何かが<出来る>ということは、
「出来ない」
より、マシなのでしょう。
それが"無頼"の人生において、どう具体的に役に立ったかは、興味がありません。
「恐らく、役に立たなかった」――そう片づけておきます。
しかし、はっきりしていることがあります。
ある日のことでした。
"摂"氏が研究の合間、気分転換に街に出かけたことがありました。
[これは"華"氏と絶縁した後のエピソードです]
"摂"氏は、ファストフード店で――窓際の席で――険しい顔をしていたのでしょう。
「どうしてもうまくいかない」
と、肘をついて深く考えこんでいた時、
隣りから、
「フォルチシムス」
という単語が聞こえました。
見ると――見えたものは
相手の背中だけでした。
――着古した作業着で、ぼさぼさの髪。
以前とはだいぶ変わっていても――最後に別れてから幾年経っていても――"摂"氏には、立ち去るそれが、どこの誰だか、すぐに分かりました。
そして、言葉の意味も、理解しました。
――辞書にはぜったいに載っていない意味。
"摂"氏は――センセイであった"華"氏とは違って――その背中を追おうとはしませんでした。
相手の歩みを止めようともしませんでした。
声をかけようとも思いませんでした。
そのヒトは、出口を折れると、姿を消しました。
そして――"摂"氏は
あっけ
に取られた表情を仕舞い込み、少しだけ、微笑みました。
もちろん、
「フォルチシムス」
という言葉は、現実に於いて、"摂"氏が取り組んでいた問題のひとつを解決まで導く力を持ちません。
しかし、それは、効果がある言葉でした。
少なくとも、"摂"氏には効きました――回復魔法の様に。
結局、
「フォルチシムス」
の呪文を唱えられる"無頼"は、
外国語が出来ない訳ではない
ということが結論です。
単に自分が
「出来ない」
と思い込んでいるだけ。
――現実的魔法使い の了――




