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戸惑いの少女と歌喰らう獣  作者: 長野 雪
Ⅲ.立派なお邸
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2.聞き入れられない

「ドウゾ、コチラヘ」


 扉の向こうは、またもや豪華な別世界だった。

 猫足のバスタブには湯が張られ、そこから立ち上る湯気が高い所にある窓から差し込む光に反射し、ぼんやりと三角形をつくっている。奥にはレースのカーテンの間仕切りと、柔らかそうなタオルが見えた。バスタブの側に置かれたワゴンには、薄く緑がかった石鹸やブラシ、香料などが並べられている。


「アチラデ、フクヲ、ヌイデクダサイ」


 湯気が流れ出てしまわないようにだろう、いつの間にかドアは閉められ、部屋にはあたしとカラクリ人形1体だけだった。

 無理矢理連れて来られた場所で、いきなり風呂に入れと言われても困る。正直、湯気の充満したこの部屋にいるだけでも、体がぽかぽかしてくるから、このままでもいいんじゃないだろうか。


「ドウゾ、ヌイデクダサイ」


 どうやら、早くしろと言われているらしい。

 服を脱いだ途端に、あの獣が出てきて頭からガブリ、というのは笑えない話だが、ここまで来て、その覚悟もないのかと言われると、正直、命を捨てたも同然な気がする。


(えぇい!)


 あたしはエプロンを外し、粗く編まれたカゴに畳んで置いた。そしてブラウス、スカート、次々と脱ぎ、一糸まとわぬ状態になったところで、そっとバスタブに足先を入れた。

 冷えきった足にじんじんとお湯の熱さがしみるが、お湯加減はちょうどいいと判断し、チャポン、と入る。


「あー……」


 年頃の身としては、いささかオッサンくさい声が洩れる。


「ユカゲンハ、ドウデスカ?」

「ちょうどいいみたい。うん、じんわり、あったまってくる」


 それにしても、と思う。


(お風呂って、こんなに簡単に準備ができるものなんだろうか?)


 湯を用意させる、って言ってから、時間は経っていない。そりゃ、外で冷えきった体をすぐに温めてもらえるのは願ったり叶ったりだけど、


(こんなに大量のお湯がすぐに沸くはずはないし)


 別の理由で熱湯を準備していたとしても、歩いてここへ来るまでの間に、バスタブにちょうどいい湯加減でお湯を作るのだって時間がかかるはずだ、……と思う。こんなバスタブなんて、それこそ金の使いどころに困るぐらいの人が使うもので、貧乏まっしぐらなあたしが使ったことないから、勝手は全然分からないから、想像でしかないんだけど。


(そもそも、いつ、このカラクリ人形に命令したの?)


 ここへ案内してきたカラクリ人形だってそうだ。屋敷の玄関から出て来て、あの獣を素通りしてあたしの所へ来た。ふもとまで紙とペンを持って来てくれたカラクリ人形も、どうやってあの場所まで呼び寄せたんだろう。


「カミノケヲ、シツレイシマス」


 後ろでまとめていた髪をほどかれ、あたしはびっくりして後ろを向いた。カラクリ人形は髪を結わえていた紐をワゴンに置き、せっせとシャボンを作っていたところだった。


「カミノケヲ、アライマスノデ、マエヲ、ムイテクダサイ」

「あの、自分でちゃんと洗えるし、っていうか、あったまるのが目的だから、そんな……」

「マエヲ、ムイテクダサイ」


 有無を言わせぬその様子に、あたしはがっくりと肩を落とし、前を向いた。



 ◇  ◆  ◇



――二十分後、あたしはややグッタリした状態で、ソファにもたれ掛かっていた。

 あの後、なし崩しに髪を洗われ、体を洗われ、ふかふかのタオルで水滴をぬぐってもらい、居心地が悪いと思う反面、その気持ち良さに気が抜けてしまった。

 着ていた服を身につけようとしたところ、差し出されたのはシルクの、金糸銀糸の縫いとりがある、レースのひらひらした……一目見て分かる、いわゆる『高価』な服で、こんなの着れないと辞退すると、じゃぁ、どんなのがいいんですか、と色々とやっぱり高価そうな服を次々と出してきて、何とか話を通した結果、この綿でできたワンピースと素材はよく分からないが地味目ですっきりとしたデザインのショールに落ち着いた。


(ま、下着は結局シルクだけどね……)


 ワンピースの方も袖や裾、襟元などに、それは精緻な刺繍が施されているのだが、そこについては諦めることにした。

 今は背もたれの後ろに回ったカラクリ人形が、何やらあたしの髪を結ってくれているようなのだが、目の端にちらちらと映る髪留めのピンに、宝石のようなものがついている気がするけど、もはや止める気力もない。


「ミミヲ、シツレイシマス」


 耳元でしゃらん、と音がなり、耳環をつけられたのが分かった。


「ベニハ、サシマスカ?」


 あたしは、これ以上、飾り付けられるのはイヤだと首を横に振った。


「デハ、タッテクダサイ。シタクガデキタラ、ウタウヨウニトノ、イイツケデス」


 あたしの全身に、自然と力が入った。半分脱げかけていた室内履きに足を差し込み、立ち上がる。

 一歩先を歩いて案内するカラクリ人形に続いて、あたしのものだという部屋を出る、方向感覚もなく、まるで迷宮のような屋敷を歩き、到着したのは小さな窓が2つしかない、薄暗い部屋だった。部屋の中央には大きめのテーブルがあり、そこには既に、誰か先客が座っているようだった。


(先客なんて言っても、あの獣なんだろうけど)


 あたしは努めて先客に視線を向けないようにしたが、カラクリ人形に勧められた席は、その先客の真正面だった。

 仕方なく座ると、どこに控えていたのか、また別のカラクリ人形が、あたしの前に紅茶を注いでくれ、おいしそうな焼き菓子の乗った皿を置いた。


「――さて」


 先客の声に、あたしは弾かれるように顔を上げた。あの、低くこもった声ではなく、人間の発した声に聞こえたのだ。


「何をそんなに意外そうな顔をしている?」


 目の前に座っていたのは、二十代ぐらいの、やけに整った顔をした青年だった。茶色のくせっ毛に、黒い瞳の、それこそ町に住んでいても違和感のない人だった。


(えーと、……誰?)

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