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戸惑いの少女と歌喰らう獣  作者: 長野 雪
Ⅲ.立派なお邸
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1.見分けられない

これだけあれば、貧乏暮らしから脱出できるのに。

 突然、目の前が開け、あたしは眩しさに目を細めた。

 目の前には大きな鉄の門、その先に広い庭園と、さらに奥にはとても豪華なお屋敷が見えた。

 いつの間にか歩くようなスピードになっていた獣の前で、手も触れないのに鉄門がギィ、と嫌な音をたてて開いた。


「着いたぞ」


 ふいに耳元で聞こえた獣の声に、あたしはびくん、と身体を震わせた。そして、下ろされるまま、地面に足をつける。移動中、身体に力を入れ過ぎていたのだろう。立っているのがやっとの状態だった。そして―――


「……くしゅん!」


 あたしはくしゃみをした自分の身体をぎゅっと抱きしめる。緊張で出た汗が風を受け、ついでにこの場所も山頂に近いところなのだろう。とどのつまりは、寒い、のだ。


「寒いか」

「……はい、少し」


 気遣ってくれているのだろうか。そう思っていても、あたしは獣の顔が恐ろしくて、うつむいたまま答える。


「ヒトは体温調節が面倒だな。だが、喉を壊されても面倒だ。……着替えと湯を用意させよう」


 獣はそれだけ言うと、スタスタと屋敷の方へ歩きだした。あたしもガクガクと、それこそ生まれたての子鹿みたいになりそうな足を、なんとか動かしてついて行く。

 すると、あのカラクリ人形が屋敷の入り口から、ギシギシとやって来るのが見えた。最初に見た時は驚くことばかりだったが、二回目にもなると、なんだか愛嬌さえ感じられるから不思議だ。

 カラクリ人形は獣とすれ違い、あたしの隣へ来ると、くるりと180度方向転換して、あたしの斜め前を歩きだした。獣は何も言わず、スタスタと歩いて行って、屋敷の前まで来ると、前足を地面につき、ぐぐっと力を込めて玄関の上のバルコニーっぽい場所へ跳び上がった。


(嘘、あれ、3階よね……)


 呆然とするあたしの前で、玄関のドアを開いたカラクリ人形がギシギシと手招きをした。あたしはここから入れということらしい。

 あたしは日の光が入る廊下を、カラクリ人形の後ろに従って歩いた。あの恐ろしい獣が目の前からいなくなったせいか、少しだけ呼吸をするのも楽になっている。状況は何も変わっていないが、屋敷の中を興味深く見物するぐらいの余裕は出てきた。

 と、目の前のカラクリ人形が足を止めた。

 そこには貧乏人のあたしが、こんな装飾に意味があるのか、とツッコミたいぐらいに、ゴテゴテと彫ったり色づけされた豪奢な扉があった。ここへ来る前にも、いくつか扉があったが、ここまでゴテゴテしているものはなかった。

 カラクリ人形が、ゆっくりとドアを開ける。

 ……正直に言うと、10秒ぐらいは、呆然と立っていたのではないだろうか。

 陽光を取り入れるとても大きな窓。ただでさえ高価なガラスを使い、しかも天井近くはステンドグラスのように色ガラスで薔薇が形作られている。天蓋付きの寝台など、いわゆる物語の中だけに出てくるものであって、現実に存在するとは思わなかった。マホガニーでできたナイトテーブルに乗ったランプは、傘の部分が曇りガラスで緻密に蝶の絵付けがされていた。

 奥に見える続き部屋には革張りの柔らかそうなソファ、レースのテーブルクロス、白磁の花瓶が見えた。


(あぁ、これだけあれば、借金なんて、ホホイのホイなのに……)


 そこまで考えたところで、ハッと我に返った。ここまで来て、借金返済のことを考えるなんて。


「ココハ、アナタノヘヤデス。スキナヨウニ、ツカッテクダサイ」


 突然の声に、あたしは室内を見回した。


「誰か、いるの?」

「ココニイマス」


 一瞬、耳を疑ったが、その声はすぐ隣から聞こえた。


「ヘヤニ、フマンガアレバ、イッテクダサイ」


 顎とおぼしき部分がカクカクと上下している。そう、隣のカラクリ人形だ。


「あなた、しゃべれたの!?」

「シャベルコトガ、モンダイナノデスネ。デハ、ヒツダンデモ、イイデスカ?」

「あ、いいの、しゃべってくれて大丈夫。その、ちょっと驚いただけだから。―――それで、ここがあたしの部屋ってどういうこと?」

「ソノママノ、イミデス」


 こんな目に毒な場所で寝起きをしろということなのだろうか。そういえば、贅沢な暮らしをさせてやるとか何とか言われたような気もする。


「ユノ、シタクガ、トトノイマシタ」


 いつの間に移動したのか、左奥の扉でカラクリ人形が手招きをしていた。扉の隙間から湯気が漂っているところを見ると、本当に湯浴みをさせてくれるらしい。


「ドウゾ、アチラヘ」


 その声は、部屋の奥からではなく、すぐ隣から聞こえた。視線をめぐらせれば、隣にカラクリ人形の姿が見える。


「に、二匹? じゃなかった、二人いたの?」


 全く同じ姿のカラクリ人形に、あたしは驚きを示すことしかできなかった。

 混乱した頭のまま、導かれるままに湯の支度が整ったと言うカラクリ人形の方へ足を進める。


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