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戸惑いの少女と歌喰らう獣  作者: 長野 雪
Ⅶ.かごの鳥
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3.ようやく気付く

「くそっ! アホウ鳥めっ!」


 ラスが悪態をつく。見れば、部屋中に散らばった羽根が赤く輝き、熱を帯びていた。一気に上昇する温度に、あたしの呼吸も浅くなる。


「アタシ、だけ、死ぬなんて……許さない、ワ」


 見れば、絶え絶えに怨嗟の言葉を吐くハルピュイア自身も赤熱している。


「くそっ、たれ! クッションで頭守れ!」


 ラスはそう言うなり、籠を持ち上げた。

 バランスを崩しながら、あたしは、何とかクッションを両手に掴む。


 籠ごと思い切り外へ投げられたのと、ゴゥンと轟音が響き渡ったのは、それほど時間差がなかったと思う。

 あたしは吹き付ける熱風と地面に叩きつけられた衝撃で、何が起きたのかを見届けることはできなかった。

 横倒しになった鳥籠の中で、ようやく立ち上がった時には、屋敷が炎に包まれ、パチパチメキメキとイヤな音を立てていた。


「嘘……」


 周囲にラスの姿が見えないかと探す。すると、燃え盛る屋敷の中から、何かが歩いて来るのが見えた。

 それは、文字通り炎に包まれ、あたしにゆっくりと歩み寄ってくる。炭化した手足を動かすのは、カラクリ人形だ。

 カラクリ人形は、その燃える手を籠の隙間に差し込み、あたしに突き出してきた。その熱気に、あたしが何もできないでいると、とうとう耐え切れなくなったのだろう、ガラガラと音を立てて、骨組みが崩れ落ちてしまった。


(……カギ?)


 炭になった手の残骸の中に、光るものを見つけたあたしは、熱さをこらえてそれを足で引き寄せた。


(もしかして、この籠の……!)


 あたしは足で土をかけて、その金属を冷ます。

 ようやく持てるようになると、それを鳥籠の入り口にあった錠に差し込んだ。予想通り、ガチャリと錠が開く。

 転ぶように外へ出たあたしは、今まさに燃え落ちようとする屋敷のすぐ外で倒れている彼を見つけて、息を飲んだ。


「う、そ……」


 綺麗だった毛並は、無残に焼けただれ、縮れ、毛皮の下のピンク色の肉が見えている場所もある。

 駆け寄ったあたしは膝をつき、うつぶせになっていたラスの頭に顔を寄せた。

 目は閉じられ、ぴくりとも動かない。


「な、んで? あたしを助けなければ、すぐに逃げれば助かったのに……!」


 こんなあたしを助けても、彼自身が死んでしまったら何もならないのに。

 ぼろぼろとこぼれた涙が、ラスの鼻先に落ちる。

 ぴくり、と耳が動いた。

 口が小さく開いて、何かを言おうとするけれど、ゼェゼェヒューヒューと空気の漏れる音しか出て来ない。


(そうだ、歌だ)


 あたしは、ぐいっと涙を拭いた。

 以前、ラスの怪我を治すことができたじゃないか。あの時と同じように歌えばいいんだ。



「痛いの 痛いの 飛んで行け


 遠くの山の そのまた奥に

 大壷あると 人の言う

 いたる所の いたる傷

 痛みを吸って 膨れるそうな」


 

 あたしの声に反応して、ラスの全身が銀色に輝く。


(え……?)


 ラスの前足があたしの口を塞いだ。


「……歌うな。あほ鳥に聞こえる」


 小さいが、その声は確かにあたしの耳に届いた。


「でも、この傷じゃ……」

「一日、待てば……直る」


 それだけ言うと、あたしの口を押えていた前足が、ぱたり、と力なく地面に落ちた。

 あの燃え盛る屋敷の中で、歌が聞こえるんだろうか。自らも燃やし尽くしたハルピュイアがまだ生きているとでも?


(それに、丸一日、あたしにここで待てって?)


 空を見上げれば、太陽は中点をとっくに過ぎ、でも夕焼けにはまだ早い、そんな頃合いだった。

 夜をこのまま過ごすことも問題だったが、何よりラスのこの傷が問題だ。

 一日待てば直ると言ったけれど、本当なのだろうか。

 目の前で体を横たえているラスの呼吸は浅く、荒い。


(もし、このまま治らなかったら?)


 最悪のケースを想定したあたしの体がどくん、と大きな脈を打った。


―――死。


 イヤだ。それはイヤだ。

 恐ろしいけれど、優しい獣。それがラスだ。サイラスティだ。

 無理やりに連れて来られた身ではあるけれど、彼の色々な気遣いを知っている、銀色に輝くきれいな毛並も知っている。

 あたしは、ラスに、死んで欲しくない。

 きっと、家畜扱いがイヤだったのも、対等に見て欲しかったのも、歌い手ではなく「あたし」を見て欲しかったからだ。


「そっか」


 すとん、とその結論が胸に落ちて来た。

 ここ数日、ずっと思い悩んでいたのが嘘のようだった。

 あたしは、ラスのことを―――


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