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1.荒々しい

また「見つけた」って言われた。

 3日も経つと、新しい生活にも慣れが出てくるもので、カラクリ人形とはいえ、他の人に世話をされるという、以前の生活からはとても考えられない環境にも、良心が痛むことはなくなった。

 青年人形の前で歌うことにも慣れ、ぽつりぽつりとした会話しかない食事も、居心地は悪いながら、いつものことだと諦める気持ちも芽生えてくる。

 お互いにこんな風に暮らしていくのか、とペースを掴んできた所で、気も緩んでいたのだろう。


 その日は、妙に朝早く目が覚めてしまったので、朝食前に庭を散歩することにした。

 朝の澄んだ空気の中、遠くから聞こえる鳥の声を聞きながら、ゆっくりと庭を歩く。この上ない贅沢だ。

 こんな朝は、我知らず鼻歌も出てくる。


「見つけたワ」


 そんな声が真上から聞こえた気がして空を仰いだ。

 群青色の空に、何やら青い大きな鳥が見えた。その鳥はまるで落ちてくるように近づいて来て―――


「ニゲテクダサイ!」


 カラクリ人形が叫ぶや否や、あたしの腰をさらって跳びのく。何が起きたのか分からないまま、場違いにも、カラクリ人形が意外と力持ちであることに驚いた。

 見れば、さっきまで自分の立っていた場所を囲む円状に鳥の羽が突き刺さっていた。


「忌々しい人形ネ」


 バサッ、と大きな羽根音をさせて、その鳥が地面に降り立った。いや、それは鳥ではなく、両腕が鳥の翼のようになっていることを除けば、長いやわらかな髪を風になびかせた女性のように見える。腰から下は、やっぱり鳥っぽかったけど。


(確か、昔話で聞いた、ハルピュイアっていう生き物みたい)


 ハルピュイアが、うっとおしそうに身体を震わせると、空色だった身体の羽根が、白く変わっていった。とはいえ、すべてが白くなったわけではなく、ところどころ青や紫、赤や黄色といった派手な色の羽根が混ざっていた。あの空色は保護色だったのだろうか。

 ハルピュイアの片腕が上がり、まっすぐにあたしと、あたしを庇うように立っているカラクリ人形を指さした。


「人形のくせに、邪魔ヨ」


 トーンの高い、女性のような声が冷たく響いた次の瞬間、バギィッと鈍い音があたしの耳を突いた。


「さぁ、行きましょうヨ。歌姫さン」


 あたしの目の前にいたカラクリ人形は吹き飛ばされて2、3メートルも向こうを転がっていた。

 逃げなきゃという恐怖と、カラクリ人形の安否を気遣う心がせめぎ合い、結局、あたしの足はカラクリ人形の方へと動いていた。


「大丈夫!?」


 右腕が粉々に破壊され、肩のあたりから木製の歯車が見えている。左頬も地面にこすって傷だらけになり、片方の目が取れていた。もう壊れてしまったのか、ピクリとも動かない。


「あらあら、そんな人形ごとき、どうだっていいじゃなイ」


 妖艶な笑みを浮かべ、ゆっくりと獲物をいたぶるように近づいてくる。


「あなた、いったい何なの?」

「そんなこと、どうだっていいじゃなイ。歌姫さんは、歌う相手が変わるだけヨ」


 ゆっくりと伸ばされる手に、あたしはカラクリ人形を抱きしめるように身体を固くした。


ズシィンッ!


 地鳴りかと思うような震動とともに、空から何か灰色のものが落ちて来て、あたしはぎゅっと目をつぶった。


「随分な挨拶だな、メス鳥」


 低くこもったようなその声に、あたしは、恐る恐る目を開けた。

 あたしの目の前には、あの獣の背中があった。


「このオンナを手に入れてから3日、随分早いもんだな、覗き見鳥」

「久しぶりネ、ケダモノ。こんな時間に起きてるなんて、ずいぶん生活態度を改めたものネ」


 二人の会話から、知り合い同士であることだけは分かった。ついでに仲は最悪みたいだ。


「ホントは、顔を合わせたくなかったけど、こうなっちゃ仕方ないわネ」

「そこを動くなよ、オンナ」


 そんな声が聞こえたような気がしたが、正直なところ動けと言われても動ける状態じゃない。

 後ろへ跳び下がったハルピュイアの左腕が、上から下へ垂直に薙ぎ払われた!

 一瞬の浮遊感と、直後に大きな衝撃があり、あたしの頭はくらくらした。それでも、腕の中のカラクリ人形は手放していない。


「オレの目の届くところにいろ」


 いつの間にか、あたしの部屋のバルコニーに運ばれていた。遠くを見れば、先ほどまであたしが居た場所は、まるで耕された畑のようになっていた。目を細めると、それが無数の羽根が刺さったせいだと分かる。

 獣はあたしに背を向けると、ゆっくりとハルピュイアの方へ足を向けた。


「随分な自信ネ。そんなにその歌姫の歌は美味しかったノ?」

「黙れ、クソ鳥」


 聞いたことのない獰猛な声に、バルコニーの手すりに隠れて様子をうかがっていただけのあたしの身体も震える。

 ゆっくりと近づいてくる獣に恐怖を感じたのか、ハルピュイアが左腕を水平に薙ぎ払った。

 ベキベキパリンと屋敷の窓が割れ、外壁が崩れる。



「喝っ!」



 大音声が響き渡り、ゴォッとうなりを上げる風が巻き起こり、あたしはぎゅっと身体を小さくした。

 音も風も止み、あたしは、そぉっと目を開けた。


「…な、なんてことなノ」


 水平に一直線に放たれた羽根は、屋敷の窓や壁を穴だらけにしていた。

―――あたしのいる場所を除いて。


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