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 部室というのは日当たりの悪い場所にあるというイメージがあるのだが、ここはそのイメージに反して春の日が差し込んでいた。

 昨日入部希望調査にテッケンと記入した俺は、俺の説得も空しくテッケンと記入してしまった龍治と連れ立って、ここ北校舎2階のテッケンの部室前へたどり着いた。


「ここか?」


「みたいだな。」


 スライド式のドアの上にある、少し日焼けしたプレートを確認する。これにも丸文字で「テッケン」と略称が記されていた。

 左右廊下の続く限り文化部の部室が続く。北校舎は普段部室棟と呼ばれ、1階と2階の全部屋は文化部に占領されているそうだ。

 今の時間、どの部活も廊下に出て、新入生を1人でも多く入部させようと必死に勧誘をしている。さながら市場の様な賑やかさだった。


 ところが、唯一勧誘を行っていない部活があるようだ。もちろんテッケン。勧誘にもやる気を出さないとは・・・これなら俺の「ゆるい高校生活」は保障されたようなものだ。


「これ、自分から部室に入ってこいってことなのか?」


 龍治に問う。


「そうなんじゃね~の?」


 一方の龍治もやはり感じているらしい。この部室への入り辛さを。

 全員初対面の集団の中にいきなりドアを開けて飛び込むというのはなかなか勇気がいるのだ。そんなわけで、テッケンの部室前に到着して1分ほどは立っているのだが、ドアを開けるのを躊躇していると、


「君達1年だよね?よかったらうちの部に入らない?」


 やかましい勧誘がこちらにも波及してきた。


「うちの部活は鉄道部。電車とか興味あるかな?」


「あれ?鉄道部ですか?鉄道研究部じゃなくて?」


「うん、鉄道部。鉄道研究部なんてこの学校にはないよ?」


「え?」


 龍治も今のやり取りに疑問を抱く。 

 どういうことだろう、俺がこの間見たやる気ゼロの部長は幻だったのだろうか。そんなはずはない。ここにいる龍治も見ていたわけだし。

 しかも俺達が今立っているのは紛れも無くテッケンの部室前。もう一度プレートを見るが、間違ってはいない。丸文字の「テッケン」のままだ。


「えっと……じゃあこのテッケンっていうのは……」


 俺がここで生じて然るべき疑問を投げかけようとしたとき、俺らがあれだけ開けるのをためらっていた目の前のドアが自らとんでもない激しさで開き


「なっ?」


「ちょ!」


 襟を掴まれる感覚の直後、景色が驚くほどのスピードで流れて、

 俺と龍治は抵抗すらさせてもらえずに中へ引きずり込まれた。


 バン!と、これまた激しくドアが閉められる。

 中央に長机、そしてパイプ椅子が備え付けられた「ザ・部室」という感じの空間。奥の棚にあるのは私物だろうか?

 俺たちを部室に引きずり込んだ犯人はというと


「ようこそ!テッケンへ!いやぁうれしいなぁ、まさか二人もうちに来てくれるんて!」


 半強制的に「来させた」訳だが。


「私の名前はがわはる!ここの副部長やってま~す。よろしくね!」


 自己紹介の前にやって欲しいことがある。謝罪と状況説明だ。

 伊瀬川という女子生徒は、そのそのテンションの高さを物語るかのように目をキラキラさせ、俺と、ぽかーんとしたままの龍治に言った。


「はいはい、じゃあ早速だけどこの紙に名前書いてくれるかな?はい、これペン。どうぞ~。」


「え?あ、はい……どうも。」


 目の前に置かれた紙とペン、俺も龍治も完全に彼女のペースに飲まれて、言われるがまま名前を書いてしまった。これが催眠術にかかった人の心境なのか。

 書き終わってからふと気づく。これ、よく聞く悪徳商法の手口じゃん!


「あの・・・これなんなんですか?」


 名前を書いた紙を掲げ、彼女に聞く。


「ああ、これ?」


 彼女はバッと俺と龍治から紙を受け取ると、


「入部届け!」


「ちょっとまったああああ!」


 さすがにいきなり入部させられたらマズイ。というかここまでのやり取りで正直この部活に入るのはやめようとさえ思っている。


「まてませ~ん!」


 あっという間に彼女は入部届けを封筒の中にしまった。


「はい、改めてよろしくね!」


 よろしく無えええええ!!!!


「あの、まだよくわからないんで今すぐ入部ってわけには・・・」


 俺の抗議は彼女の耳にはまったく入らない。


「おい!龍治、お前からも何か言ってや・・・れ?」


 2対1で抗議すれば勝てると思ったのだが


「う、美しい・・・」


 彼女を見つめて惚けている龍治を見るに、どうやら1対2の間違えだったようだ。


「はい、俺は井野龍治です!好きな言葉はテッケンです!テッケンに入りたくてうずうずしていました!」


「適当なこと言ってんじゃねえよ!」


「それでこっちは・・・まあ、相羽奏です!よろしくお願いします!」


 土下座でもする勢いで深々と頭を下げやがった。こいつには去勢が必要なのかもしれない。といか「まあ」ってなんだよ。


「自己紹介ありがとう!『龍治君』と、『まあ奏君』だね?私のことは陽佳でいいよ~。じゃあうちの部員を紹介するね!」


「まあ」まで名前に入っちゃったじゃねーか!


 相変わらずテンションの高い伊瀬川先輩に俺の名前の訂正をお願いした。


 俺のお願いを「おっけおっけー」っと承諾してくれて、


「改めて部員の紹介で~す。」


 と彼女が指した先には、確かにもう1人女子生徒がいた。


「確かに」というのも、失礼な話だが今までその存在に気がつかなかったのだ。

 目の前の陽佳先輩にあまりにも存在感があるのが原因だと思う。


 長机の端の方で読書をしていた彼女は静かに顔を上げると、立ち上がった。


「じゃあ、づる、自己紹介よろしく~。」


 伊瀬川先輩のフリで彼女は俺らのほうへ向くと


「……まつばらづるです。よろしくお願いします。」


 と、もっとも簡素な自己紹介を終え、着席した。


 ここで今までこの松原先輩が俺達に認識されなかった理由がなんとなくわかった。

 常にフルスロットルの陽佳先輩とは対照的に、彼女は物静かな感じだったのだ。今の、読書をしているという状態が、あまりにも似合っている。


「夜鶴は2年生。2年はこの部の中で彼女だけだよ~。」


「う・・・」


 横で龍治がボソッと何かをつぶやいた。


「美しいいいいいいい!!!」


 またそれかよ……。少しは初対面の人間に遠慮とかしないのか……。


「でしょでしょ?夜鶴はうちの女神様なんだよ~。」


「いえいえ、あなたも彼女に負けず劣らず、美しいですよ!」


 何故この二人はすでに打ち解けているのだろう。


「あの……伊瀬川先輩?」


「陽佳って呼んで!」


「陽佳……先輩。」


「チッ」


「今舌打ちしましたよね?」


「え?してないよ~。」


 いや、確かに聞こえたぞ?


「この部活、何をする部活なんですか?」


「ああ、それを説明してなかったね~、ごめんごめん。」


 と陽佳先輩は言うと、後ろを向き、俺たちから2、3歩距離をとった。そして再び振り返ると、拳を俺たちの前に突き出し、


「鉄拳制裁!」


「……はい?」


「鉄拳制裁だよ!」


 後ろでバサッという音がした。見ると先ほどまで読書をしていたはずの松原先輩が旗のようなものを掲げている。その旗には「鉄拳制裁部」と書かれていた。


「だからぁ、校内の悪事を制裁するの!」


「……」


 これには龍治も言葉を失っていた。よし、代わりに俺が二人分出してやろう。


「はああああああああああああああああああ???????」


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