第91話 Second Stage
「そっか!」
美津田の昔話を聞きながら、久保は手をポンと叩いて見せる。
「なんだよ久保!?ビックリするじゃん!」
「悪いな竹下。いや、大体話が読めてきたからな。」
「読めてきた?」
「そう!美津田監督が2年生になって滝沢先輩が入学する訳だろ?んで、滝沢先輩が美津田監督のいる同好会に入ったから、大嶺前監督は合併に乗り気になったって訳だろ!きっとそうだ!!」
「ざーんねーん。ハズレ!!」
「え?」
久保は口を半開きにして驚いてみせた。他でもない滝沢本人が、久保の読みを間違いと指摘したからである。
「俺は大嶺さんのいる同好会に入ったんだよ。」
「え!!?マジですか!!!」
話は再び美津田の高校時代に巻き戻る。
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「あれ?・・・それ・・・。」
「ん?」
スパイクを履いてる途中に後ろから声をかけられた高校2年生の美津田は、ゆっくりと振り返った。
「そのスパイクに書いてあるサインって、もしかして!レオ・ポンシオのサインじゃないっスか!!」
「君、知ってんの?レオのこと。」
「いや!だってプロのサッカー選手じゃないですか!!最近名前聞かないけど!!」
「そりゃ大分前に引退したからなぁ。でも、よく知ってるなレオのこと。そんなに活躍した訳じゃないのに。」
「いや!あのユナイテッド東京戦の時の5人抜きゴールは伝説じゃないですか!!!」
「すっげー!同年代であのゴール知ってる奴初めて見た!」
「誰からもらったんです!!しかも飾らないで直履きなんて!激アツじゃないっスか!!!」
「いや・・・本人に貰ったんだけど。」
「え!!!!!!!!!マジですか!!!!レオ・ポンシオ本人から!!!!!!!」
「うん。あいつの兄貴と友達だったから、俺。」
「うっそ!!!!兄貴って、ガブリエルでしょ!!!ガブもJリーガーだったじゃないっすか!!友だちだったんスか!!!!スゲェ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「いや・・・引退してからだけどね。友だちになったの・・・。」
美津田はこの下級生と意気投合しながらも、少し寂しさも感じていた。彼の着ていたユニフォームの色は緑色であり、ライバルチームの選手だったからである。
そしてこの純粋無垢なサッカーマニアこそ、後に国巻を『奇跡のイレブン』たらしめる存在、滝沢和義であった。
元Jリーガー、ポンシオ兄弟の話をきっかけに意気投合した二人は、ライバルチームでありながら頻繁に交流するようになった。美津田は滝沢と仲良くなる中で、彼の波乱万丈のサッカー人生を知っていく。
「初めての時は小学2年生の時でした。それから毎年のようにやってましたよ。」
それは滝沢の怪我の追憶だった。
非常に高い技術を有する滝沢の足首はとても柔らかく、同時にとても脆かった。
利き足首を痛めては、それをかばって逆足首を痛める。負の悪循環を引きずり続けた男は、ジュニアユースからユースに昇格することが出来なかった。
「結果は出してたんですよ。でも、昇格出来ませんでした。詳しくは聞かなかったけど、きっと怪我のリスクを考えたのが理由だと思います。実際ジュニアユースの時も3割くらいは怪我で棒に振ってたしね。だからサッカー部の無い国巻に来たんです。でも・・・結局フットサルの同好会に入ってるでしょ?俺って未練タラタラですよね。」
「いいじゃん。未練タラタラで。」
「え?」
「だってさぁ。それでさっさとサッカー諦められる様な奴じゃないってことだろ?お前は。だから俺はきっと共感出来るんだよ。」
「!!!!!」
「未練があるなら無理して捨てないで、そのまま引きずろうや。そこから次のサッカーが見えてくるかも知れないじゃん。」
滝沢はその瞬間に感動と後悔を同時にした。
美津田という理解者に出会えたことと、彼と敵対するチームに所属したことを同時に。
彼らの友情が深まっていこうとした矢先、大嶺や滝沢の所属する緑の同好会に、突如顧問がやってくる。
彼の名は岡山優飛。
小柄でひ弱な外見は一見してサッカー素人と断定でき、滝沢を始め同好会員たちは敵意を丸出しにしていく。
しかし、岡山の采配は意外な結果をもたらす。
敵対しているとは言っても、他に対戦相手のいない二つの同好会は、年中練習試合を行っている。1年前は大嶺を美津田の守備が果敢に抑えて紫の同好会が勝ち越していた。
しかし、岡山が指導を始めた途端、緑の同好会は連戦連勝を記録する。滝沢が入会したこともあったが、高水準であった美津田の守備を悠々と避わしてゴールを量産する岡山の手腕に、紫の同好会はグウの音も出ない日々が続く。
その年の秋、岡山は紫の同好会に乗り込んで一言こう言った。
「ウチと合体してサッカー部作る?」と。
美津田はあまりに唐突過ぎて、一言こう返した。
「嫌です。」と。
普段ニヤケてばかりの無気力なこの顧問の言うことを聞く位なら、突っぱねてやろうという美津田の言葉を無視して、岡山は更にこう返す。
「大丈夫。僕の采配があれば、結構勝てて楽しいと思うよ。」
根拠がどこにあるのか全くわからなかった。しかし一切の迷い無く堂々と言わしめた不謹慎かつ自信過剰な優男に怒りが頂点に達した美津田は、
「じゃあ、試しにやってみて、ダメだったらこの話は振り出しに戻してください。」
美津田の理想のサッカー部は、皆で意見を出し合いながら、想像力溢れるプレーを引き出すものである。自分の采配が絶対とする岡山の発想は、美津田と対局のものだった。
『どうせ上手くいかないさ。』
心の中でそう考えていた美津田が合流した仮設サッカー部は、その冬に5校と練習試合をする。
相手は中堅や古豪といった明らかな格上の相手である。
結果はなんと全勝。
顧問から監督に変更された岡山は、純粋なディフェンダーが二人だけという異常なまでの攻撃的采配が功を奏しての大勝を繰り返した。
その成績も加味し、国巻高校は問題なく翌年よりサッカー部創部を認められる。
美津田は気に食わないという表情を見せ続けた。自分が求めたサッカー部が、岡山に汚されて行くような気がしてならなかったからだ。
しかし彼の思惑とは対極に、国巻の新設サッカー部はその秋、当時県内最強であった桜台東にも勝利し『奇跡のイレブン』と持て囃されていく。
その勢いに乗ってベスト8進出を決めた国巻への世間の反応は鰻上りで、観衆のほとんどは国巻の応援に来ていたほどだ。
ピッチに上がる瞬間自身が放った言葉を、美津田は今も忘れない。
「来るところまで・・・来ちまったな。」
試合内容は意外な展開を見せる。
相手も攻撃的な布陣で展開したことで中盤が混乱し、みるみる2点をリードされてしまったのである。




