第8話 一昨日の晩御飯は覚えてません!
「チョロチョロしなくていい!今日のお前はどっしりしてろ!!!」
美津田は大声でその一言だけ坂田に伝えると、松田を呼んだ。
「まつだぁ!!!一昨日の問答を思い出せ!!!!」
「一昨日の?」
松田は何のことかわからないまま、前線に向かう。
滝沢チームのキックオフ。
滝沢がある程度進んで後ろにヒールパスを出すが、竹下が必死にカットする。
焦りながら出したパスはオーバーラップしていた須賀に何とか渡った。
「覇気の無い木村に出すくらいなら」と、中に切り替えして中央にいる松田に渡す。
ボールをもらいながら松田は一昨日の問答を思い返していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「カウンターでスムーズに中央の味方にパスが通ったとする。正面はCBが構えている。さあ、どんな選択肢がある?」
「切り返すとか?」
「読まれるだろ?しかも上手く避けたってその後のシュートだとやっぱり体勢が厳しくなる。」
「じゃぁ、取りあえずシュート打つ?」
「ばか!CB正面いるっつーの!」
「ポストプレーで後ろの味方の上がり待つべきだろ。か、横パスで様子見て・・・」
キャプテン5人の問答を美津田は遮るように、松田に問うた。
「松田、お前だったら他にどうする?」
「え?俺っすか!?」
「当たり前だ。松田はお前一人しかいない。」
「・・・えぇっと・・・・・・例えばっすよ。」
「いいぞ。」
「・・・ヒールリフトでボールを宙に浮かせてCB抜くとか。」
「漫画かよ!!」
久保の野次に美津田が食いついた。
「いや、あながちチャンスとしてはありかもしれないぞ。現に松田、お前ならそれが・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
先ほどのミスを挽回しようと、川村は物凄い形相で松田の前に立ちふさがっていた。
「右だろうが、左だろうが、絶対に抜かせない!!!」
その意識に全力を注いでいた。
それが、松田は一瞬足を止めてボールを足で挟み込むと・・・、
フワッ
っとボールを右かかとで蹴って宙に浮かせてみせた。
「・・・俺なら!」
左右の地面に集中していた川村の頭上を、ボールは容易く飛び越えた。松田はボールと同じ様に軽やかに川村の横を抜き去りながら、少し笑みを浮かべた。
「ざけんな!!!!!!!!」
川村は怒りに任せて松田のユニフォームを掴んだ。
松田が倒れこむ。
ゴールエリア内での一瞬の出来事だった。
PK獲得
美津田はライン沿いに松田たちの方へ駆け寄りながら叫んだ。
「タァァァイム!!!!!」
メンバーたちが美津田の顔を呆然と覗く。
松田に至っては、自分の完璧なまでの動きを把握しきれず、ボーっとエリア内に座り込んだ。
「久保!!!くぼぉぉ!!!!!!!!!」
「・・・は・・・・・・はい?」
「こっちに来い!!!!」
「え?・・・えーっと・・・なんです監督?」
「お前がPKを蹴ろ!!!!!!!」
「・・・え?」
「お前が蹴るんだ!!!」
「え?・・・いや、・・・松田でしょ?あんなに綺麗にリフト決めたし。」
「バカ野郎!!!アイツはアイツの役目を果たしたんだよ!!!!」
「え?」
「お前は点取り屋なんだろ!?ここで決めないで誰がストライカーなんだよ!!!!」
「・・・いいんですか?」
「いいって言ってんだろが!!!!!!ただし!!!!!!!」
「ただしぃ?」
「絶対に1点入れろ!!!でないと、この1年、お前をスタメンから外す!!!!」
「・・・・・!!!!!!」
久保はこれほどまでに追い込まれたことが無い。
天性のフィジカルを持ち、中学校の時に「奇跡のイレブン」の滝沢に感動して、サッカーを始めた。
遅咲きのデビューだったが、経験値というハンデをフィジカルがカバーしてくれた。しかし念願叶って国巻のイレブンになったものの、中々チャンスで決めきれない。滝沢には程遠い「点取り屋」だった。
「今度こそ!滝沢さんのように!!」
「次は滝沢さんみたいに!!!!!」
滝沢の後を追いかけ過ぎて、その存在を「次こそ!」という言い訳に利用していた。
それなのに、今回は【次】が無い。
極限まで追い込まれてしまった。
ボールをセットする。
集中してボールを見つめた久保は、隅とはいかないまでも右側低めを狙う。その弾道は見事にキーパーの逆をついた。
「・・・。」
ゴールを決めても、久保は黙って自陣に戻っていった。
流れているものが、汗なのか冷や汗なのかもわからなくなったまま。