第7話 ゴリラの吠えさせ方講座
坂田が今までに見たことない形相で美津田に駆け寄る。
「〇〇〇〇〇〇!」
「ん?なに?」
「〇〇〇〇〇〇!!!」
「あぁ・・・いいよ。」
坂田は黙ってキックオフの準備に向かった。
若宮が監督のそばに行って訊ねる。
「坂田君、何て言ったんですか?」
「あぁ、・・・『点取ったらキーパーに戻して下さい』だって。」
「え!?いいんですか!?」
「・・・誰がダメって言った?」
そこまで言うと、美津田は中林を呼んだ。
「おい!中林!」
「はい!?」
「大下はいつも、どうやってた?」
「え?」
「思い出せ!!大下はボールをもらったら、いつもどうやってた!?」
ピンと来ないアドバイスの意図を、中林は数少ない脳内シナプスを活性化させて考えてみた。
大下は右利きだけど、ライバルが少ない左SMFとして、今まで数試合出場している。
サイドでボールをもらう時には中央の様子を確認し、縦に行くと見せかけて相手の逆をとり、中央にパスを出す。基本的なモーションだが、この一連の動きに、大下は一切無駄が無かった。
中林はそう思い出しながら、久保と目が合う。
久保が滝沢に来られる前に、中林にパスを出した。
左サイドを進んですぐに相手SBが寄ってきた。『こいつはサッカー経験者だ』と動き方ですぐにわかった。
中林は心の中で、思い出したモーションを復唱する。
「縦にいくと、見せかけ・・・!!!!!!!」
中林は中央を確認して驚愕した。
物凄い勢いで、坂田がゴール前に走りこんでいたのだ。
とっさに中林は、右足を振り抜き、鋭いカーブのクロスをゴール前に送った。
「あてろよ!」
中林は心の叫びを、ボールにのせる。
キーパーがギリギリ飛び出せない場所に向かったボールは、相手CBの川村が狙っていた。
「前に入られなければいい。」
サッカー暦10年以上のCBがポジション取りに全集中力を注ぐ中、坂田は川村の背後から全力でジャンプした。
「!!?早すぎだろ!!!」
明らかにタイミングが早すぎた。
これでは坂田が地面に着地する頃にボールが頭上を通り過ぎる。
・・・はずだった。
川村は一瞬気を抜いた後、すぐに驚いて後ろを振り返る。
ジャンプの飛距離が異常に高かった。
180センチ近い川村の半身を踏みつけられるほどの坂田のジャンプは、最大到達点から下降しても、しっかりとボールを額でとらえる事が可能だった。むしろ、コースを狙う時間まで作れた。
坂田のヘディングは豪快にネットを揺らす。
1-2
「うぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」
坂田の雄叫びがピッチに響き渡った。
すぐに美津田は松田に声をかける。
「まつだぁ!!!坂田とポジションチェンジだ!!!!」
さっきの密約を知らないメンバー達は、その発言に驚いた。
中林だけは、「そういうことか。」と納得している。
「シュートが早かったし、2点目はマグレだったんだ・・・俺が悪いんじゃない。相手が凄かったんだ。」
バツの悪い顔を抑えながら、松田はまだ掌に痺れが感じるような気がした。
「遊びだとしても、まともにGKやったのって、小5の時以来か?絶対もうやりたくねぇや。」
ふて腐れながら松田が坂田にグローブを渡す。
「らしくないことしやがって。」
そうつぶやきながらグローブを渡そうとすると、坂田が松田の手首を掴んだ。
「・・・!!?なんだよ!!!!」
「俺のもんだ!!!」
「は!?んなにグローブ大事かよ!!!」
「違う!!!あそこ!!!!!」
「あぁ!?」
「あそこはやり切るって誓ったやつの場所だ!」
そういうと、坂田はゆっくりとグローブをはめながら、自分のゴールをじっと見つめた。