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ゾーンの向こう側  作者: ライターXT
集合編
6/207

第5話   宿題はお早めに

練習試合まであと2日。


選手達は賛否両論の意見をぶつけ合っていた。


「滝沢さんと試合出来るとか、マジで夢の世界だろ?当時ってよくスカウトも来てたんだろ?」


「らしいな。最高の相手じゃね?」


「・・・どうだか。」

沸いているキャプテンたちの中で、木村は冷たく言い放った。


「お前って、会話盛り下げんの趣味なんじゃね?」

皮肉る久保を無視して木村は言い放った。


「新年度最初の練習試合って言ったら、普通同じくらいのレベルのチームと戦うもんだろ?それをワザワザ大物OBとか入れたガチチーム相手に何しろっての?最後の言葉も意味不明だし。」


「どんな扱いも・・・ってとこ?」大下の質問に黙って木村はうなずいた。


「それはあるけどさぁ。」


5人のキャプテンは黙って下を向きながら、グランドに向かっていった。





グランドではGKの坂田とWGの高井が、3日前に課せられた宿題を、必死にこなしていた。




ハーフラインから坂田は、ゴール手前右にある、丸い円に向かって必死にボールを蹴り続けている。


坂田のキックは飛距離が短い。ゴールキックでハーフラインを越えたことが一度も無かった。


その坂田が、円の場所にボールを着地させたところで、高井がワントラップして円の中にボールを置く。しかし、円の直径は2メートル弱。高井も所定の場所からキックと同時に走り出さなければならないというルールで、てんてこ舞いだった。これを3回成功させるというものだが、彼ら二人にとっては永遠に近い地獄の時間であった。


奇跡的に円の中でバウンドしても、それをトラップして円内に留まらせるだけの技量を、高井は持ち合わせていなかった。



「苦労してる?」

突然現れた美津田に坂田は驚きつつも、素直に「難しいです。」とつぶやいた。


「高井ぃ!」

遠くの高井に大声で美津田が話しかける。



「秘訣いるぅ?」


「はい!!!」



「あ、そ!じゃ、明らかに円外にいったボールにも触れ!!」



そういうと、美津田は自販機コーナーに向かった。


高井にとって、それは秘訣などではなかった。どのボールにも食らいつくということは、それだけ走らなければいけなかったからだ。


少し間が空いたが、高井は「坂田さん!お願いします!!!」

といって、ロングボールを追いかける決意を固める。



どれだけ走ったかなど数える気にもならない程に、高井はボールを追いかけた。


坂田も疲れと申し訳なさが相まって、飛距離が短くなった。すると、高井は少し冷静になりながら、

「あれ?目の前来るぞ。」


飛距離が伸びずに目の前に来たボールを、高井はトラップして綺麗に足元に落とした。



「あれ?」


あまりに綺麗にトラップ出来たので、高井は一瞬、状況が把握出来なくなった。



「さ、坂田先輩!い・・・今くらいのボールもう一回蹴ってもらっていいですか?」



「え?」


「お願いします!覚えてるうちに!!」



「う・・・うん。」


坂田のキックは飛距離が無いが、精度が無い訳では無い。

飛距離が短ければ正確ににフィード出来る。


同じような場所に、ボールが落ちようとした。


「やっぱこれなら・・・。」


また綺麗にトラップ出来た。


高井はトップスピードの際にトラップが大きく膨らむが、対面パスなど動かないでのパスならば、平均的な技量であった。



「・・・坂田先輩!」


「え?」


「また丸ん中目掛けて蹴ってください。」


「わ・・・わかった。」



坂田が蹴ったボールは、およそ円内に入らないコースに飛び、左側に逸れていった。

しかし、高井は全速力で追いかけながら、

「いけると思ってやってみれ・・・。」

と心の中で暗示し、ボールに触れる。さっきと同じとはいかないまでも、綺麗にトラップ出来たボールは、自分とゴールとの対面上に、上手く落ちてくれた。




「よっしゃーーーーーー!!!!!!」




高井の遠吠えが、他の部員にまで響き渡った。



「先輩!!!!ありがとうございました!!!!本当にありがとうございました!!!!!!!!」


高井の感謝の言葉に、坂田は自分の貢献度合いの低さを考えて謙遜しながら「なんかわからないけど、おめでとう。」とだけ言った。





ビブスをカゴいっぱい持ってグラウンドを歩く若宮志保は、遠吠え後の高井を見つめている。


「どうした?」

美津田が若宮に話しかけた。


「なんか高井君、叫んでから走り方が違うような・・・。」


「走り方じゃない。」

若宮の言葉を、美津田は一刀両断した。


「走り方じゃなくて、脳ミソの使い方を変えたんだ。」


「え?」


「あいつ、バカなんだよ。」


「え!?」


「バカだから、全速力で走る時、全速力で走ることしか考えないんだ。」


「・・・。でも、普通そうなんじゃないんですか?」


「普通に走るだけならな。でも、サッカーは別だ。走りながら、どうボールを扱うかを考えないといけない。それがあいつには出来なかったんだ。」


「走ることとボールを触ることの二つを同時に考えるってこと?」


「そうだ。サッカー選手なら当たり前の二つのことを、奴は同時に考えてこなかったんだ。バカだから。」


「でも、今まで誰も教えてくれなかったんですかね?」


「いや、そんなことは無いはずだ。監督やコーチに教えてもらってるはずだよ。言葉とかで。」


「え?じゃぁ、高井君の責任って訳だ。」

すると、美津田の顔が急に引きつった。





「違う!!!!!」




「!!!?」

突然美津田が声をあらがって言ったので、若宮は萎縮した。



「あいつが悪いんじゃない!!!指導者が悪かったんだ!!!!言葉なり理論なりで理解できなかったアイツを切り捨てて、すぐ理解できる選手ばかり言うこと聞く選手ばかり面倒をみた、今までのアイツの監督が悪いんだ!!!!!!!!!」


「・・・。」


「現にみろ!!!アイツはたった3日間で、コツをつかみかけてるだろ!!!」



サッカー素人の若宮からも、感情的な美津田の言葉から自酔や自惚れが一切無いと感じ取れた。


「監督の本望はな。選手がどうやったら大切なことに気付けるかを考えることなんだ。勝つ事だけじゃねぇんだよ。」



若宮は、最後は平静さを取り戻して話す美津田の表情を眺めながら、少しばかり胸に温かいものを感じた。



「若宮。」


「は・・・はい。」


「未成年を抱く気は無いからな。」


「え??」









練習試合前日になると、ミニゲームでは監督が聞きださずとも、選手間で問答ができるようになってきた。


「一応やっとくか。」といって、美津田はボールを選手達に投げ入れる。


みんなが笑顔になった。

やはり、ボールを追いかけてこそのサッカーだ。









練習試合当日、会場の私立大学の天然芝にメンバーは興奮しながら、かつての国巻のヒーローを待った。



「みっつぁん!ひさしぶりっす!!!」

若々しい声が背後から響く。


高校時代の写真では坊主頭だったが、長い金髪になっても滝沢には貫禄すら感じられた。


「悪かったな、急に。ここ借りるのも大変だったんじゃね?」


「いやいや、施設管理担当の人には上手く言っときましたから。ここ、校舎から遠いし。」


選手達はあの滝沢と自然に話せる美津田をみて、改めて彼も「奇跡のイレブン」メンバーだったのだと思い知らされた。



「あと、頼みがあるんだけどさ。特別ルール作っていい?」


「何ですか?みっつぁんが頼みとか珍しい。」


「試合中、2回だけタイム使わして。」


「それだけ?」


「うん!」


「いや、全然OKっすよ!15人サッカーで勝負とか言われたらどうしようかと思いました。」



この会話で、滝沢にとっても美津田は食えない存在なんだと確認出来た。





アップも済むと、美津田は全員を呼んだ。

「・・・さて、スタメン発表するぞ。まずフォワード・・・・・・坂田と木村!」


「え!!!!!?」


ツートップがキーパーとセンターバックなのだから、全員が大声なのも仕方ない。

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