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ゾーンの向こう側  作者: ライターXT
集合編
5/207

第4話   バカがラボーナで蹴ってくる

対面2タッチパス練習中も、メンバー全員が昨日の「高じゃねぇよ。大だよ。」発言で気が気じゃなかった。


「どこ大学だよ?美津田って大卒だったよな。」こっそり松田が隣の須賀に話しかけるが

「知るかよ」と冷たい返事しか返ってこない。


「チッ!」

舌打ちしながらトラップして浮かせたボールを、松田はヒールで練習相手の鈴木に返した。


少し右にズレると「悪りぃ。」と悪びれもせず国巻のファンタジスタはおどけてみせる。


鈴木が何とか2タッチで返すと、今度はラボーナ(足をクロスさせて蹴る)で松田は蹴り返した。少しだけ左に逸れたが「よしよし。」と満足そうだ。


直ぐに美津田がそばに寄ってくる。


松田の悪い癖である。


華麗なプレースタイルを見せ付けた後の監督のリアクションによって、この技量をどこまで試合で行使出来るか見極めるのだ。

国巻高校は全体的に技量が低めのチームなため、上級生達も重要戦力である彼の目を引くプレーを、これまで黙認してきた。


しかし、美津田は予想外のリアクションをする。





「上手いな。」


一喝されると思ったので一瞬躊躇ったが、「ありがとうございます!」と返した。


「松田、お前だけ4タッチで全部返せ。」


「え?」


「絶対4タッチで返せ。その代わりに真正面に返せ。」



それだけ言うと、美津田は遠くのゴールに向かっていった。



面食らった松田だが、特別待遇と感じて喜んで4タッチで返すようになる。


ヒール、ラボーナ、ジャンピングボレーと、好き放題にトラップしては華麗なパスを出していった。


4タッチなので余裕があり、大体真っ直ぐボールは跳んでくれた。



とても楽しい時間。しかしそれは短いものだった。


倍のタッチ数と数多くの無理な体勢からのパス。さらには元々若干低めのスタミナが、疲労感をすぐに引き出してくれた。


「はぁ、・・・はぁ。」


息がどんどん上がっていく。昨日までより明らかに練習時間が長かった。



「ピーーー!」


美津田が長めの笛を吹いて、松田は「ふぅーー!」と長めのタメ息をついて座り込んだ。



「おい、松田。」



いつの間にか、すぐ後ろにいた美津田に驚いた松田は


「はいぃ?」

と、上ずった声で返事した。


「何サボってる?」


「え?」


「お前、倍のタッチでボール触ってんだから、パスした回数って他の奴の半分じゃん。」


単純計算ではそうなるが、唐突すぎて反論出来なかった。


「はい、同じ時間だけもう1回!よーいスタート!」



「・・・。」


他のメンバーが休憩しつつ、冷たい視線を送ってくるのを背中に感じる。黙々と練習をやらされることが松田は悔しくてたまらなかった。


今までのサッカー人生を思い出しながら、どんな監督からの叱咤よりも、試合中のミスよりも、悔しいことを再確認する。






「何がメンタリティとクオリティだよ。」木村がボソッとつぶやきながら、遠くの松田たちに送る冷たい視線を、大下は気にしながら追いかけた。




「まつだぁ。」


「はい!」トラップ中に話しかけられたこともあり、返事には最大限の怒りがこもっていた。


「チャンスタイムいる?」


「え?」


「全部1タッチで返すってルールにチェンジしていいぞ。」


「・・・・・・・・はい!」


これほど恥ずかしい状況から、少しでも早く松田は抜け出したかった。



すると、今までの微妙なズレが嘘のように、松田は正確に鈴木の足元にボールを渡していく。


しかも鈴木がすぐに返せるように、少しバックスピンをかけて、足元でボールが止まるようにしていた。自分のパスが少しズレても、全く同じ場所にボールが戻ってくる光景に、鈴木は驚きを隠せなかった。

須賀をはじめ、他のメンバーもいつの間にか食い入ってこの光景を見ていた。




「ピーーー!」


少し控えめの笛の音を聞いて、松田は倒れこんだ。



「松田、いいだろ?1タッチって。」



「はぁ・・・はぁ・・・。」


疲れと恥らいで、返事が出来ない。



「楽なんだよな、相手にも、自分にも。」



そう言って、美津田はお決まりの自販機コーナーへ向かおうとした・・・が、



「あ、そうそう、鈴木?」



「はい!」突然の名指しに、顔が強張る。



「お前、右側にボールが来たとき慌てすぎ。左足上手いの知ってんだから、右足使うクセつけろ。」



「・・・はい!!!」


何もかも見透かされているようで、鈴木以外のメンバーも、凍り付いていた。


一人だけ不機嫌そうな木村の表情に、大下だけでなく、坂田も気付く。







ボールのないミニゲームも、3日目には足を止めることなく問答しあいながら進めることが出来るようになった。


「お前達の話をまとめるとだな、プレッシングの際に全体がコンパクトになって守るってことだな。」

一緒に動いていた美津田が足を止めてそう言った。


「そうなりますね!」中林が足を止めて答える。


「キツいけど、頭に入れたら意外とやりやすいって感じですかね。」


久保の返事に少し被さるように美津田が木村をみながら「お前はどう思う?」と尋ねる。


「いつも気をつけること気をつけとけば、イケると思いますけど。」


無機質な声での返事を聞くと、数秒間沈黙した後に、美津田は全員に語りかけた。


「この守備スタイルは、いわゆるゾーンプレスだ。」


「こんなラインをコンパクトにして?」


「そう、本当に初代のゾーンプレスだ。」


「しょだい?」


「うん、今から30年くらい前に出来たやつ。」


「そんな昔に!?」


「そう、だから確認している。この大昔のスタイルをお前達はスタンダードにしようとしてるんだ。少しばかり賭けだぞ。」


「ちょっといいですか?」

キャプテン群でなく、須賀が発言する。


「俺らって、正攻法だけじゃ限界ありますよね?正直。」

チーム一番の器用貧乏である須賀が言い放ったので、全員納得せざるを得なかった。


「秘策までいかなくても、俺達用の戦術が有る無いって、大きいと思いますよ。」


「カウンターでズバーンと一発、点入れたら気分最高かも!」決定力不足が売りの久保が言い放ったので、3年生たちが凍りついたが、


「1タッチでスルーパス出しますんで。」と松田が言ったことで、全体が沸いた。



「よーし、わかった!んじゃ、来週の対戦相手を発表するか。」



「このタイミングで!?」ついに竹下が声に出して突っ込んでしまう。



「俺の後輩で、滝沢ってのがいる。」


「え!!」

3年生たちを中心に、驚きの声が聞こえた。


滝沢とは、5年前の「奇跡のイレブン」で県大会得点王になった国巻サッカー部史上最高の選手である。


「大学じゃサッカー部入んなかったんだけどな、あいつとあいつのツレたちで作ったチームが戦ってくれるとよ。」


「すげぇ」全キャプテンがつぶやいた。


高井ら1年生は、何のことだかわかって無いが、凄いことなのは肌で感じることが出来た。



「んで、1個条件付けるぞ。」


「・・・?」


「この試合、ベストを尽くすこと。・・・俺にどんな扱いを受けても。」


後半の言葉の意味を理解出来ないこの高校生達は、ただただ背中が凍りついた。


アイデアネタ切れだけは防ぎたいっす。

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