第46話 そんなの関係ねぇ!
後半開始直前、いつも美津田監督とマネージャー若宮の掛け合いを傍観しているもう一人のマネージャー南部が、監督に気になった疑問をぶつけてみる。
「監督?」
「なんだ?」
「なんで、高井君を入れないんです?」
「なんでって?」
「いや、高井君は足が速いし、チャンスもいっぱい作れるし、リードされてるんだから今が出し時だと思うんですけど。」
「じゃあ聞こう。高井と代えるなら、誰が有力だ?」
「やっぱり、今のメンバーの中だったら竹下先輩と代えるのが常套手段ですかね。」
「だろ?」
「え?」
「やっぱりここで外すなら竹下だわな。ドリブルもパスも練習だと優等生だが、試合本番だと力を出し切れないし。しかもチャンスに悉く弱い。」
「そこまで気付いてるんなら・・・なんで・・・代えないんですか?」
「みてればわかる。」
後半が開始された。
延々に続く木村からの激も有り、柿崎は課題のライン調整も上手くいきながら、惣社高校に決定機を作らせないでいる。
ゲームメイカーの望月は、前半よりもピッチ内を動き回ってボールを貰いに行き、チャンスを窺う。
ファンタジスタの松田が攻めあがったのを確認すると、望月は器用貧乏の須賀にパスを出した。
須賀は少しだけボールに触って軌道を変えると、松田の足元にボールが渡る。
松田は相手DFの股を抜いてドリブルすると、「決まってくれよ!」との思いを込めて久保にパスを出そうとしたが、
「あれ?」
と言いながらすぐそばの異変に気付き、振りぬこうとした足をボールに触れるギリギリ手前で止めた。
「よく止めた!」
美津田が小さくつぶやいた意味をベンチメンバーが理解する前に、松田は右のスペースへスルーパスを出す。
そこには猛スピードで竹下が入り込んでいた。
松田と久保に集中していたDF陣は、誰も彼のマークについていなかった。
「監督はこの前言ってた!『8割の力でいい。力は8割でいいから、後は【高さ】を狙え。』って!」
そう心の中で叫びながら、指導通りのシュートを放つ。
ボールが激しくも正確にゴールネット上部を揺らすその光景を、相手キーパーはほぼ佇んで眺めることしか出来なかった。
1-1
「小鳥遊。」
「は・・・はい!」
「前半の話、覚えてるか?」
「はい!!」
「行ってこい。」
それだけ命じて、小鳥遊が松田と交代してピッチに入っていく。
「よく見たじゃないか!松田!」
「『視野を広く持て』って言ったの、監督じゃないですか。」
華麗なアシストを決めたファンタジスタは、笑顔で監督に言い返した。
「わか・・・ってたんですか?」
「ん?」
南部は美津田を霊能力者か何かではないかとさえ感じていた。その思いを最小限の言葉で訊ねたのである。
「竹下さんが点を取るって、わかってたんですか?」
「いや。全然。」
「え?でも・・・。」
「点を取るかどうかはわからないよ。でも、竹下なら同点に追いつくために、何かしてくれるとは思ってた。」
「なんで・・・そう思ったんですか?」
「竹下って、チャンスに弱いだろ?」
「はい。」
「アイツってな、チャンスには弱いんだけど、【ピンチ】には強いんだよ。」
「え?」
「あいつが初めて点に絡んだのは、岡山監督の大剛戦の時、1点先制されてた時だった。ヘディングでアシストした時だ。」
「ですね。」
「あの時わかったんだ。竹下はチャンス時とピンチの時それぞれで、メンタルの質を変えてるんだって。」
「質を変える?」
「アイツは、自分のためのプレーが苦手なんだよ。」
「え?」
「チャンスで輝く選手っていうのは、往々にして自分が評価されるプレーをわかってるし、それを得意にする。けど、竹下は極度の引っ込み思案な性格だ。そういう自分のためのプレーが苦手だし、下手なんだよ。」
「それって・・・使えないってことじゃないんですか?」
「違うんだな。」
「??」
「アイツは、チームのためのプレーは得意なんだ。」
「はぃ?」
「チームがピンチの時、チームが攻撃的な戦術を貫こうとした時、そんな時に限ってあいつは結果を出してきた。チャンスの時に自分を出し切れないが、ピンチの時にはチームのために自分を出し切ってるんだ。」
「・・・。」
「竹下は簡単に交代しちゃいけないんだ。国巻に危機が訪れたら、アイツが立ち向かってくれるから。」
「そう・・・だったんですか。」
眼前に広がる目に見える能力で全てを測ってきた南部にとって、美津田の視点はとても斬新なものだった。
「だから・・・不憫なんだよ。」
「え?」
「チャンスが苦手な竹下みたいな選手は、ほとんどのチームでレギュラーになれない。本当は大切な選手なのに。」
美津田の言葉は竹下を起用したことからの自慢が一切無く。心の底から彼のことを思っての言葉だった。
南部は監督の横顔を見つめながら、尊敬の念をゆっくりと抱いていく。そしてそれは、そばで2人の話を聞き続けていたベンチのメンバーも同じだった。
惣社高校は同点にされたことで、焦り始めている。圧倒的ホームのアドバンテージがありながらの崩された失点は、精神的なダメージを大きく与えていた。
「鈴木はクロスを上げさせないことに集中する。」サイド攻撃をしかける惣社を見つめながら、小鳥遊は美津田からの言葉を復唱し続ける。
「そして柿崎なら、抜かれた時のカバーリングとクロスの警戒を半々で考える・・・かな?」
鈴木を避わしたFW早見へのカバーが少し遅れながらも、柿崎はボールをカットして木村にパスする。
「ここか!」
小鳥遊は一気に空いたスペースに走ると、木村がジャストタイミングで浮き気味のボールを送った。
「そして・・・竹下さんなら!」
もらったボールを丁寧に胸でトラップすると、素早く小鳥遊はピンチに強い竹下にスルーパスを出した。
竹下は相手のマークを容易に振り切ってスルーパスをもらい、サイドライン横を直進していく。
ペナルティーエリアに右サイドから深く入ると、彼は中に走りこむ須賀に向かってパスを出した。
受け取った須賀は、一度シュートを放つモーションを見せ、シュートコースに入ってきたDF2人が体を張って飛び込んでくるのを確認すると、ノーマークになった久保にボールを預ける。
「高さを丁寧に!」
それだけ意識したシュートは、キーパーも必死に反応したが、手をかすめてゴールに吸い込まれた。
2-1
「すげぇ!本当にすげぇ!!」南部は、これ以上の賛辞の言葉が見けられずにいる。それが監督なのか、竹下なのか、どちらに向けての言葉かさえもわからないまま。
「中林。鈴木と交代しろ!」
「俺ですか!?」
「そうだ!残り時間は大して無い。目一杯走れ!」
「わ・・・わかりました!」
中林が1年生の鈴木と交代する光景を見ながら、久保と大下が話をする。
「おい。これって・・・。」
「・・・だな。」
これでピッチ上の国巻は、1年生のいない2,3年生だけとなった。
美津田が監督になって初めてのことである。
「去年、惣社に負けた光景を知ってるメンバーだけにしたって・・・狙ってなのかな?」
「わかんねぇけど。」
久保たちに中林が走り寄ってくる。
「監督から伝言。『去年を断ち切れ』だって。」
「マジでか。」
「やっぱり。」
久保らが驚きを隠せない中、中林は
「あと、久保にだけ伝言あるから。『もう左右のコース狙ってもいい』だって。」
「え?なんで?」
「知らねぇよ。」
それだけ言って中林は得意の右サイドバックのポジションへ向かっていった。
逆転された惣社はさらに焦り、人数をかけて攻撃する。鈴木の代わりに左サイドバックになった綾篠は、冷静にボールを奪って前を向いた。パスコースにちゃんと小鳥遊がいてくれたので、安心しながらも丁寧にボールを蹴り出す。
小鳥遊はいつもよりも少し前に上がっていた望月に「とどめをお願いします」と言いたげにショートパスを放った。
望月は「貸し、1つ目返すぞ。」という思いをボールに込めて、中林へスルーパスを出す。
竹下が中央に走ってくれたのでスペースが空き、余力が十分にあるクロスの達人はボールを簡単に受け取った。
中央に向かって走りこむ3年生SBは、須賀と望月がDFを引き付けていくのを確認すると、久保にグランダーのパスをする。
「右の端っこ!右の端っこ!」そう思いながらの久保のシュートは決して隅に行く軌道では無かったが、キーパーは立ち尽くして動けない。
3-1
「どんなキーパーでも、あれだけ上を狙われた後に横にこられたら、『え!?』って思うもんさ。」聞こえるはずの無い遠くの久保に、美津田は優しく語り掛けている。
試合はこの後1点を奪われるも惣社にとっては時遅し。そのまま試合終了となった。
3-2
県大会出場決定
「うぉー!勝ったぁ!!」
選手達は完全アウェーなど気にもせず、喜び合っている。
「すごい試合でしたね!監督!」
「2つの勝因が導いたな。」
「2つ?竹下さんだけじゃないんですか?」
「もう1つある。【驕りだ】」
「おごり?」
「去年連続で勝った国巻に負けるはずが無い。もう国巻が一世風靡した時代は過去のもの。そういう惣社の驕りが、国巻のチャンスに繋がった。現に失点するたびに冷静さを失い続けてただろ?惣社は。」
「で・・・すね。」
「大事なのは、国巻が今後ああならないことだ。」
「そっか。」
南部は小さく肯くと、美津田は竹下に歩み寄る。
「よくやったな!今日のマンオブザマッチはお前で決定だ!」
「え!?オレですか??いや・・・前半見せ場全く無かったし。得点もマグレだし。それに・・・」
「うるさい!!!」
「はい!?」
「んなの関係無ぇよ!!」
「え!?」
「黙って喜んでろ!今日のお前は今までで【最高】だったんだ!!」
言われた通りに竹下は沈黙した。しかしその理由は、『黙って喜んでろ』と監督に命令されたからではない。
むしろその後の・・・。
久しぶりに出せば長文・・・申し訳ないです。




