第44話 予想外だ
「マイボォ!」
鏡山戦を終えた国巻は、休む間もなく第二戦を迎えた。
ボールを保持するも、試合開始してから10分経って大きな展開はなく、0-0のままである。
一番浮いていたのは1年生の園崎だった。前回は嫉妬という起爆剤が作用してくれたが、結局はサッカーはズブの素人であり、付け焼刃の戦術や知識は実践で発揮し切れずにいた。
第2戦のスタメンは、いささか乱暴とも思える。FWは片部と森野、MFは五条、小鳥遊、長井、須賀、DFは綾篠、柿崎、鈴木、園崎、GKは坂田。
つまり3年生がいない。全員1,2年生での布陣だった。
相手が弱小高校だったのも理由の一つだろうが、これには美津田の明確な意図があった。
「1年後をイメージして戦うからな。」
彼はそう言って送り出したのだ。
次年度の連携を鑑みての采配は、やはりぎこちないものではあったが、意義は大いにあった。
前の試合の反省から、今回は声を出し続けているイレブンに付け入る隙は、弱小校になど中々無い。
小鳥遊は試合前に美津田に言われた言葉を思い出す。
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「お前と他のボランチの一番の違いって何かわかるか?」
「・・・守備力で・・・すか?」
「違う。それはいい点だ。【悪い点】は何だと思う?」
「なん・・・でしょう?」
「お前はカウンターの【起点】になったことが無い。」
「え?」
確かにそうだった。
「お前のいい所は、ボールの出し所や運び所を読み取る能力だ。だが、そこに力を入れすぎてる。」
「入れすぎてる?」
「そうだ。相手がどうボールを運ぶのかを読むのも大事だ。だがそれと同等に、味方がどこで取るかを考えたほうがいい。」
「・・・考えることは出来ますけど・・・。読みが外れたらどうするんですか?」
「取るポイントが読み通りでは無くても、お前の責任は低い。実際にボールを取りにいってるのは違う奴なんだから。ただし、カウンターを仕掛けるきっかけになれないのはお前の責任だ。お前がその場にいないんだから。」
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今、後方に3年生の木村はいない。国巻のDF陣を丸抱えしていると言っても過言ではない彼の守備は常に的確で、彼がマッチアップする場面なら取り所だろうと考えられた。しかし、今は彼がいない。
小鳥遊はどこが取り所なのか見つけきれていなかった。
「松田、この前半をよーく観とけよ。」
美津田からの注意にも、出してもらえなかった2年生は不満ありありの表情だ。
「お前と高井がいないあの1,2年生たちが、どこまで出来るかを見極めとけ。」
「見極め?」
「そうだ。あの11人にした最大の理由は、お前ら2人がいない状況を受け止めてもらうためだ。」
「受け止め?」
「あの11人の中に、個人で【崩し】が出来る奴は一人もいない。上手く逆を取る大下、お前の技術、久保のフィジカル、高井のスピード、ウチで個の力で崩すパターンはこれ位しかない。」
「・・・ですかね。」
「後半、お前と高井が出たらどれだけ違うか、あいつ等に痛感してもらう。」
自分が優れているから控えにいる。そう言われた松田に、もう不満の表情は無くなっている。
「まただよ!くそ!」
美津田たちが話している間に、ピッチ上で柿崎は自分を叱責していた。
ライン調整が上手くいかず、オフサイドが全く取れない。
相手のスピードが遅かったお陰で危機は脱せたが、悔しさが募っていく。
「こんなんで、どう取り所見つけるってんだよ!」
小鳥遊の憤りは、最早誰に向ければいいのかもわからなかった。
だが、須賀だけは取り所を見つけていた。
鈴木がカットしてそのまま大きくボールを蹴ると、オープンスペースに走りこんでいた須賀が見事に受け取る。
「なんで・・・わかったんだ?」小鳥遊は不思議でならないといった表情でボールを追いかけていく。
須賀は片部とワンツーパスで相手を避わすと、中央に走りこんでいた五条にスルーパスを出す。
少し強めになってしまったが、上手くトラップしてシュートを放つ。
1-0
「点・・・取っちゃいましたけど。」松田は「アレ?」という顔をしながら美津田の目を見て話す。
「点が取れないとは言ってないぞ。」
「え?」
「現に今のは【個】で崩していない。【連携】で崩したんだ。」
「です・・・ね。」
「お前もああいうプレーを出来るようになってみろ。いい勉強になるだろ?」
自分にさらに上を目指させるために控えにさせたと気付いた松田は、やる気を増して命じられたアップを開始する。
前半が終わると3年生たちがミーティングの場から離れていった。
次年度のための采配と言った以上、この試合では自分たちは使われないとわかっていたことと、自分たちの視線があっては美津田の言葉に集中出来ないだろうと考えてのことだった。
これは「奇跡のイレブン」の余波があった頃も、どん底の頃も経験していた彼ら3年生が出来る、精一杯の配慮であった。
後半に入って高井と松田がピッチに入る。
「もう一人いれば・・・。」
「え?」美津田のつぶやきに反応したのは、マネージャーの若宮だった。
「もう一人いれば、須賀もスタメンじゃなかった。」
「須賀君も・・・実は【個】があるんですか?」
「いいや。ない。」
「え?」
「須賀にはそれが無い。その代わり、【3人目の動き】が秀逸なんだよ。」
「3人目?」
「そう。1人目がパスを出す。2人目がシュートを打つ。これがサッカーの基本だが、それだけで崩せるほど現代サッカーは甘くない。だから1人目や2人目が【個】の力を使って状況を打開するのは必要なんだが、須賀の場合は【個】がない代わりに【3人目】になってワンツーや飛び出しを積極的にする。来年のエースは間違いなく須賀だ。」
「へぇー。」
「まさか、点をアシストするほどとはな。」
「・・・ん?監督。」
「なんだ?」
「もしかして、先制点取ったのって・・・予想外だったんですか?」
「・・・。」
実は図星だった。しかし、松田に「いい勉強」と即席で言い放った監督は、認めたがらずに沈黙を守っている。
高井のスピードや松田の個人技もあって国巻は残り10分で3-0とした。
「南部、高井の一番凄いところってどこかわかるか?」
「そりゃ・・・スピードでしょう。」
「違うんだよ。」
美津田はニヤリと笑って一刀両断する。
「若宮、高井が初めて俺らの前でダッシュした日を覚えてるか?」
「え?監督に言われてすぐに走りましたけど・・・。」
「だろ?」
「はい。」
「軽く4~5回アキレス腱伸ばしただけで。」
「そうです。」
「あの時のスピードと今のスピードはどっちが速い?」
「え?い・・・一緒かな?」
「そう。それがあいつの凄いところだ。」
若宮が「何故?」と問う前に、「わかった!」と南部が叫んだ。
「準備がいらないんだ!」
「正解だ。」
再びニヤリと笑って美津田は答えた。
「アイツはどんな局面でもすぐにトップスピードを出せるんだ。だから、途中出場でもスタメンでもすぐにハイクオリティが出せる。」
「すごいことです?それって。」サッカー素人の若宮にはまだわからない。
「とても凄いことだ。野球のピッチャーだって、肩を慣らすのにマウンドに上がる前に何度も投球練習するだろ?」
「確かに。」
「そういうのがいらないんだよ。高井には。」
「へぇー。」
「3年間控えだった経験が与えた才能だよ。いつ出場機会をもらっても全力を出そうと思ってああいう能力を身に付けたんだ。」
3年生たちも美津田の話には納得していた。すると
「おい、3年生達。」
「え?」
「1,2年生にも優れてる奴等はいる。すまんがこれから先、お前たちがあいつ等と交代する試合は、これからもボチボチ出てくるだろう。」
「・・・。」
「そういう采配も、受け入れてくれるか?」
「何をいまさら。」
少し笑いながら中林が言い放つと、美津田は3年生6人に笑顔を返す。
その笑顔には、皮肉が一切含まれておらず、ベンチメンバーに安堵感が広がっていく。
「勝とうな。総社戦。」
「はい!!」
スコアが4-0になったのに気付きながら、3年生達は声を揃えて3日後の総社戦へとゆっくりとモチベーションを上げていった。




