第43話 本日の最高気温
お久しぶりなのに・・・お気に入り件数が増えてる!
国巻のグランドにはピリピリとしたムードが広がっている。
来週開催される夏のインターハイ地区予選大会に向けて、ランニングをしながらゆっくりとモチベーションを上げていた。
「ごめん。本当にごめん。」
「仕方ないさ。」
謝る大下を、久保がなだめる。
キャプテン5人がじゃんけんをし、大下が負けた。
彼は先日、国巻高校代表として地区大会の抽選を行ったが、クジ運は良い方ではなかった。
3回戦で当たる可能性が高いのは、昨年国巻を春秋共に初戦で倒した惣社学園だったからである。
3回戦を突破しなければ、県大会には出場できない。
「また惣社ととか・・・どんだけウチって・・・。」
「黙って走れ。」
下を向く大下に向けた木村の一言は冷たい。しかし、それは八つ当たりの為ではなく、練習に集中するための言葉と大下は受け取った。
練習が終了すると、美津田は真剣な表情で話し始める。
「ついに来週から地区大会が始まる。先に言っておこう。連戦になるから【ターンオーバー】制を使う。」
「たーんおーばー?」園崎が首を傾げると、
「お前、本当にサッカー知らないんだな!」と中林が呆れ気味に言った。
「ターンオーバーっていうのは、スタメンを2パターン作るってことと考えればいい。大会ってのは連戦でスタミナ消耗が激しいからな。」
「でもウチって・・・選手層薄いでしょ。」そう言った柿崎の表情は困惑している。
「たとえ薄く感じるとしても、内容を高めればどうとでもなる。それがサッカーの醍醐味じゃないか?」美津田はニヤケ気味に言い放った。
ミーティングが終了して美津田が帰り支度を始めると、須賀が走り寄ってくる。
「監督!」
「どした?」
「俺らはベスト8入りを目標にしてましたよね?」
「だな。」
「あの時・・・目標を決めるとき、俺は一人だけ・・・。」
「嫌だ。」
「え???」
「出さない。」
「え!????」
「須賀、お前の言いたいことなんか簡単にわかるよ。」
「・・・。」
「目標を決めるとき、お前は初戦突破と最初に言ったんだろ?それだけ初戦に命運がかかってると。」
「・・・はい。」
「だから、初戦に俺を出してくれって言いたいんだろ?」
「そ・・・のとおりで・・・。」
「出さないよ。」
「な・・・なんでですか!!」
「初戦で戦う奴等のためだ。」
「???」
立ち尽くす須賀を気にもせず、美津田はグランドを後にした。
時は過ぎてインターハイ地区大会当日。
アップが終わった国巻の選手達は緊張と興奮が顔にありありと出ている。
初戦は鏡山高校。地区大会では良くても3回戦止まりの下位チームであった。
「お前ら、準備はいいか?」
「はい!!」
「よし!じゃあスタメンを発表する!まずFWは片部と森野!」
「え!?」呼ばれた森野が一番驚いている。まだ1年生だし、試合で使われたことなど今まで一度もなかった。
「MFは左から五条、松田、長井、竹下!」
「え!!?」今度驚いたのは森野と同じく1年生の長井だった。
「DFは左から綾篠、鈴木、柿崎、中林!」
「え?」最後に驚いたのは、このあからさまな2軍メンバーの中でもスタメンに入った中林だった。
「GKは坂田な。お前ら、いってこい!」
美津田の激にも、ほとんどの選手が納得していない。
中堅を相手に2軍と1軍が混同しているわけのわからない采配の意図を、必死に探ろうとしている。
「本当に呼ばれなかった・・・。」須賀の憤りはもう爆発寸前だった。
試合が開始される。
鏡山は後方から丁寧にボールを回し、ポゼッションを高めていく。
スタメン陣は鏡山高校からボールを奪おうとするが、中々上手くいかない。
前線と中盤の距離感が曖昧なのが最大の理由だった。
「どうする!?何したらいい??」
ボランチに入った1年生の長井やFWの森野は右往左往し続けている。
鏡山に結局シュートまで持っていかれたが、弾道はバーから大きく外れてくれたので、事なきを得た。
坂田のゴールキックから反撃を開始する。
先日のプレ大会以降、彼のキック力は大きく躍進し、FWの片部にボールが渡った。しかし、周りのフォローが遅く、簡単にボールを奪われてしまう。
結局、攻めの形を作りきれないまま前半が残りわずかとなった。
「出してください。」
「ん?」
「いいから・・・出せ!!」
美津田に怒鳴る須賀を、誰も止めようとはしない。
「嫌だと言ったら、どうする?」
「俺らはアンタの玩具じゃない!」
須賀の憤りは怒りへと変わり、もう手がつけられない状況にまできていた。
「お前を出したら結果はわからないが、明らかに内容が変わる。」
「だったらなんだよ!!」
「それじゃ、だめなんだ。」
「どうして!?」
「ベスト8までいけなくなる。」
「スタミナはありますよ!今まで必死に走ってきたんだから!!」
「違う。」
「は?」
「お前がどうこうって言うんじゃない。あいつらの為だ。」
「・・・え?」
「この大会、全員で戦わないと勝ち抜くのは難しい。」
「だ・・・から?」
「【差】を埋めないといけない。」
「なんの・・・です?」
「温度だ。」
「温度?」
「そう温度。須賀、質問していいか?」
「なん・・・です?」
「お前ほど必死に勝ちたがってる奴が、ピッチの中に何人いる?」
「み・・・みんなに決まってるでしょ!」
「じゃあ、勝つ【方法】を実行している奴が、今ピッチの中に何人いる?」
「勝つ方法?」
「そうだ。」
「・・・方法って・・・なんです?」
二人の会話に、ついに大下が割り込んだ。
「声だよ。」
「え?」
「今、声出してる奴が何人いる?」
須賀はピッチをみつめた。大事な初戦にスタメンで入った選手達は萎縮し、誰も声を出していない。
美津田は立ち上がって須賀に語りかけていく。
「ゾーンプレスとカウンターは、選手同士の連携が必須だ。それがあのメンバーには全然無い。」
「だって、1年生も入ってるし・・・無理があるでしょ?」
「練習はみんな同じ事をしている。発揮しようと思えば出来るさ。」
「・・・。」
「お前や他の今日控えに入ったメンバーなら必ず発揮できる。」
「・・・だったら!」
「誰かに・・・。」
「ん?」
「誰かに発揮してもらうチームでいいのか?」
「え?」
「誰かに鼓舞してもらわないと力を出せないチームでいいのか?」
「それは・・・。」
「そんなんじゃ、国巻がベスト8なんて絶対無理だぞ!!!」
そんな狙いがあっての采配だとは全く考えていなかった。
須賀はベンチの3年生たちの顔を見る。
皆が落ち着いていた。
実はこの采配は美津田が考えたものではない。
言い出したのは望月だった。チームの底上げの為に、控えメンバーにもチャンスを与えたいと。
修正を加えたのは久保と大下だった。緊張で力を出し切れない選手や個人で打開しようとしたがる選手に、連携の必要性を訴えたいと。
木村もこの意見に賛同し、地区大会抽選の翌日に、この3年生4人で美津田に直談判していたのだ。
これは須賀が知る由も無い。
前半が0-0で終了する。
全く見せ場の無いイレブンに、美津田は語りかける。
「このまま終わるのか?」
「・・・。」
「俺が教えるのは戦い方だけだ。」
「・・・?」
「勝ち方は自分たちで探せ。国巻のこれからは、お前らにかかってる。」
「え?」
「お前らだってめちゃくちゃ【強い】。俺はそう【信じてる】。」
「俺らが・・・強い?」
「信じてるからな。」
竹下を初めとする現スタメン陣が、上を向いた。
「俺らにかかってる・・・。」
プレッシャーは今まで経験したことが無いほどだ。しかし、自分たちを信頼しての采配なのかと考えた少年達は、美津田が最寄の自販機へそそくさと向かうと、問答を始めた。
「全然ボール取れなかったな。」
「もっとコンパクトにしないといけない。」
「だけじゃないだろ?ポジショニングの確認しっかりしていかなきゃな。」
「俺らももっと最終ライン上げます!」
「オフサイドも取れるようにしていかないといけませんね。」
この日スタメンになった11人が、今まで溜めていたものを吐き出すかのように話し合っている。
須賀は黙っていたが、内心では驚きを隠せずにいる。
「強い」「信じている」といった言葉がこれほどまでに力を持っていたのかと痛感した。
美津田がレモリヤ片手に戻ってきたと同時に、後半が開始する。
鏡山高校は驚いていた。前半とは打って変わってポジショニングや距離感がしっかりしていて、大きく声を出し合う国巻に。
ボールを持った中林が必死に上がって竹下にスルーパスを出す。竹下のクロスは精度を欠いて中央のFWには渡らないが、「形が出来てきた!」と声を掛け合っている。
それから10分後、松田は個人技で一人を避わして片部にパスを出す。森野の囮になる動きがDF2人を引き寄せたお陰で、フリーでシュートが打てた。
1-0
「大下、木村、須賀、アップしろ。もう1点取ったら、お前ら3人同時に入れる。」
「はい!」
その瞬間までにあまり時間はかからなかった。
森野のこの日初めてのシュートはDFに弾かれるが、コーナーキックの混戦から、竹下がゴールを奪ったからだ。
2-0
「よっしゃ!お前ら行って来い!!!」
「美津田監督・・・凄い人だ。」そんな須賀のつぶやきに、
「この采配、全部監督のお陰だと思ってんの?」と、木村が食いついた。
「え?」その言葉の真意を、須賀が知る由など無い。
「初陣、飾りにいくか。」
「うん!」
木村と大下は意気揚々とピッチに入る。
国巻高校は、終わってみれば5-0の完勝。
「勝ったぁ!」「すげぇ!」
フル出場した1年生3人は喜んで肩を抱き合い、須賀は黙って力強く拳を握り締めていた。




