第42話 ZONE禁止令
大きな仕事が片付いたので、また毎日更新目標にしていきたいです。
坂田がチーム全員からの感想を読み終えたのは、解散から1時間後だった。何度も読み返したことが理由の一つではあるが、美津田が【ZONE】と呼ぶ白い幻影が微量ながら視界の外側から現れている現状を、ゆっくりと噛み締めていたことが最大の理由だった。
「また、出せるかもしれない。」そう言うと、すでに皆が帰ったグランドでボールを投げ始める。
壁にボールを打ちつけて跳ね返ったボールをキャッチする。キーパーとしての基本練習を繰り返し繰り返し練習しだした。
「まだだ!もっと!もっと!!」
今度は蹴ったボールをキャッチしようとする。しかし、調子はいいが上手く処理出来ない。
「こんなんじゃダメだ!もっと強くならないと!」
強く蹴ったボールを弾こうとするが、指先に触れられ無かった。
「なんでだよ!」
坂田は自分に怒りを感じている。
プレ大会後、自宅や通学中、授業中も白い幻影を引き出そうと試みたが、実は一度も成功して無かった。
日記の感想を読んでやっと手応えを掴みつつあったのに、まだ何か一押し足りない。そんな感覚が焦りを生み出そうとしていた。その瞬間突然・・・
「もういい。」
後ろから肩を叩かれてそう言われた坂田は、振り返って驚く。
そこには美津田がいた。
「か・・・帰ったはずじゃ。」
「『先に帰る』なんて言ってなかっただろ?」
「とめ・・・止めないで下さい。今なら・・・また出せそうなんです!」
「無理だ。」
「むり?」
「精神が100%に近くても、体が十分じゃない。本来ゾーンっていうのは時間をかけて発揮すべきもんなんだ。簡単に出そうと思って出せるもんじゃない。」
「・・・。」
沈黙がグランドを包み込んだ。
「一体・・・」美津田が何か言おうとして一瞬躊躇う。
「え?」坂田が聞き返すと、指導者は続けた。
「一体・・・今までどれだけ辛かったんだ?」
「え?」
「あのZONEの引き出し方は、充実した精神によって発揮するタイプじゃない。むしろ・・・その逆だろ?」
「・・・。」
「どれだけ追い込んでたんだ?自分を。」
「・・・わかり・・・ません。」
「悲しすぎるだろ?そんなの。」
「だって・・・。俺はヘタクソで弱くて・・・。」
「・・・お前がしてるのは何のスポーツだ?」
「え?」
「何のスポーツだ!」
「さ・・・サッカーです。」
「そうだ!サッカーだ!!マラソンでも柔道でもない!11人でやるチームスポーツのサッカーだろ!?」
「は・・・い。」
「1人でサッカーするな。」
「・・・!!」
「日記の感想みてわかったんだろ?お前はもう信頼されてるんだよ。」
「・・・。」
「不安とか、迷いとか、もう要らないんだ。お前は愛されたんだから。」
「・・・!!!!!」
孤高と感じ続けていた少年は、部室裏で流しきったはずの涙をまた流し始める。
「ゾーンの入り口はいくつもある。」
「いくつも?」
「そうだ!実際今出そうな感覚と、この前の感覚は似てるだろ?」
「そうです。」
「だったら・・・。」
「だったら?」
「あんな悲しい入り口から入るな。暗くて冷たい場所からゾーンに入ったって、悲しさが増すだけだ。」
「いいんですか?それでも。」
「いいんだよ。」
「・・・・・・。」
「どの入り口から入っても、ゾーンのトンネルには代わりない。」
黙り込む坂田を無視して、美津田は言い放った。
「この前のような強引なZONEは【禁止】する。」
「禁止・・・ですか?」
「そうだ。許さん。今度からは、別の入り口から入ること。絶対だ!」
「でき・・・ますか?」
「日記もその道標の一つだ。」
美津田はそこまで言うと、自販機コーナーに向かって歩き出したが足を止める。
「そうだ。坂田。」
「はい!」
「すぐ泣くクセ辞めろ。精神力も鍛えるんだ。」
呆然と立ち尽くす坂田の姿を見ようともせず、監督はグランドを後にする。
美津田が自販機に着くと、そこには松田がレモリヤを持って待っていた。
「ありがとうございました。」
「お前から電話なんて、さすがに驚いたよ。」
「・・・。」
「心配になったのか?」
「違います!あのヘタクソが・・・痛々しい練習してたから・・・見てられなかっただけですよ。それに・・・。」
「それに?」
「これ以上目立たれたら、俺が目立つとこ無くなるでしょうが。」
「いいコンビだな。」
それだけ言うと美津田はレモリヤを飲みつつ、駐車場に向かう。
松田はグランドの中央でたたずんでいる守護神を見つめると、小さく舌打ちをして自販機コーナーを後にした。
第2章終幕。新章も駆け抜けていこうと思います。




