第2話 遊びじゃないのよ青春は!
大下と木村は、冴えない顔で自転車をこいでいる。無理も無い。突然キャプテンに指名され、何をしたらいいかわからないまま、登校ルートを進んでいるのだから。
「どう思う?あの監督。」
「さっぱりだよ。お前ら全員キャプテン!って、バッカじゃねぇの?って感じだな。」
軽口でない木村から思っていた以上の悪評が返ってきたので、大下は少し驚いた。
「大嶺とは正反対って感じなのかな?」
「どいつも一緒だろ?監督なんて。大体、当て付けだろ。中林と久保がキャプテンやりたがってんの見え見えだから、嫌がらせに5人キャプテンにしたんだよ。」
「そっか。」
「まだ久保はわかる。ただ中林は目立ちたがり屋だし、内申点目的見え見えだって。」
そこまで言うと、開けた道になったので、木村は黙り込んだ。
放課後、キャプテン5人が美津田新監督に呼び出された。
「お前ら、おめでとう。」
「???キャプテンになったからですか?」
「違うよ。」
中林の解答は、バッサリと美津田に切り捨てられた。
「マネージャーなりたいって子が来たぞ。しかも、女の子。」
言葉にはしないが、全員が高揚感を顔に現した。
創部以来、マネージャーに女の子が入るのは初めてだったからだ。
「俺はもう面接したんだけどな。改めてお前ら面接してくれよ。5人全員で。頼んだぞ。じゃ。」
そういって美津田は自販機コーナーへと去っていった。
美津田がいた場所の後ろに、一人女の子がいる。
黒髪が肩までかかるその女性は、中々綺麗な顔立ちで、今時の化粧っ気も無い、おしとやかな雰囲気を漂わせている。
「天使だぁ!」
と、キャプテンという肩書きを持った男たちは表情だけでそう伝えようとした。
「若宮志保っていいます。よろしくお願いします。」
「名前もかわいい!」
青春男児には、もはや世界の何もかもが可愛く感じられた。
空き教室を使って、面接を始める。
「えっと、若宮さんは・・・2年生?」確認する中林。
「はい!」
「今までマネージャー経験は」確認する竹下。
「全くありません!」
「!?」絶句する全員。
「・・・えぇっと、・・・入部希望はサッカーが好きとか?」確認する久保。
「いいえ!サッカー見たことないです!」
「!?」絶句する全員。
「じゃぁ、なんでマネージャーやりたいの?」ついに木村が質問した。
「フられたんです。淀高のカレシに。」
「ハイ?」
「カレシが淀高でサッカーやってるんですけどね。デートもロクにしないで練習ばっかりやってるんです。だから、アタシとサッカーどっちが大事って聞いたら、【サッカー】ってこたえたんですよ!!だからマネージャーになりたいんです!!」
「どゆこと?」あのカラ元気が売りの中林すら、ダダ下がりのテンションになって質問している。
「ここってサッカー強いんでしょ?だからここのサッカー部のマネージャーになって、淀高と戦って、勝って見返してやりたいんです!」
「・・・マジでそれが入部理由?」
「マジですよ。」
「マジでか・・・。」大下がやっと吐いた台詞は力無いものだった。
「君って正直な子だね」冷静に言う木村に、全員が目を向けた。
「で、マネージャーできます?やらせてくれます?」
「えっと、とりあえず・・・。」まで言って中林が他の4人の顔色を窺う。
「明日発表ってことでいい?」久保が思いつきでそう応えた。
「いいですよ!よろしくおねがいします!!」
嫌味っ気一つ無く、彼女は笑顔で部屋を後にした。
「どうするよ?」「・・・とりあえず、美津田んとこ行こうや。」
自販機で二本目のレモリヤを飲んでいる美津田の所に、5人の青春男児たちが元気の無い顔であらわれた。
「どうだった?」笑顔で聞く美津田。
「いや・・・、なんつーか・・・。」とだけ言って中林が黙り込む。
「素直な子だから、もっていき方次第でいけるかなとは」
木村がそういうと、美津田は
「ほうほう」
と言いながら笑顔になった。
「どうします?」久保が尋ねると、美津田は簡単に言った。
「お前たちで決めろ。ただし、お前たち全員で決めろ。なら、俺は一切口出ししない。キャプテンはお前らだ。お前ら全員がキャプテンだ。お前ら全員で納得した答えがキャプテンの答え、チームの答えだ。」
そういうと、美津田は3本目のレモリヤを買った。
「どうせ、明日までに答えを出すとかいったんだろ?久保。」
「え!」見透かされたことに、久保以外のキャプテンも驚いた。
「今のうちに、話し合って決めろ。練習はその後でいいから。ただし、中途半端な結論は出すなよ?」
美津田はレモリヤをチューチュー飲みながら、グラウンドへと去っていった。
「どうするよ?」中林が一人でうろたえている。
「多数決?」
「いや、話し合いだろ?とりあえず賛成か反対かみんなどっちだよ。」竹下が冷静に久保にそう言った。
「木村は賛成っぽいね。」大下の言葉に木村がうなずく。
「ただでさえ、俺らって戦力カツカツじゃん。やる気だけはあるマネージャーってのは、不安もあるけど、いるのは有難くね?」
「確かに」竹下がそう言うと。
「いや、すぐ辞めるっしょ?」と、中林が答える。
「うん、そう思った。・・・けど、アリ・・・か・・・も?」
久保は冷静な木村に簡単になびいたようだ。
「大下はどう思う?」竹下が尋ねると、
「大方木村の考えがあってるとは思うよ、ただ、初めが肝心かな。遊びでやられたら困るのこっちだし。そこで耐えれたら万々歳じゃね?あの子結構可愛かったし。」
「確かに!」久保と中林と竹下が、声を揃えてそう言った。
この瞬間、若宮志保は、晴れて我が国巻高校サッカー部初の女子マネージャーとなったのである。