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ゾーンの向こう側  作者: ライターXT
国体編(スピンオフ)
196/207

第192話   代表選手になる上で、最も必要なもの

千葉県代表のスローインによるリスタート。


ボールを投げ入れたサイドバックの加藤は、途端に慌てた。

投げた先の中盤の安馬(あま)にボールは渡ったものの、後方から猛チェイスで、これを奪おうとした男がいたから。


それは東京代表のフォワード若林。


彼は能力的に高い部分はさして持っていないが、前線からの守備意識が非常に高い選手である。


「相手来てる!またオレにくれ!」


投げながら大声で叫んだ加藤。


急いで彼にバックパスした安馬。


しかし、これを読んでいた若林にボールは奪われてしまう。


この、日本代表でいう岡崎のような献身的な守備を行使した少年は、味方のウイングバックにパスをした。


せっかくの攻守交代のチャンスを失ってしまった千葉県代表。


再び東京代表のパスワークを耐える形になってしまう。


とはいえ、まだ東京陣営の中心では出羽が邪魔をしており、キーマンの中学生である霞ケ丘(かすみがおか)にパスを出させまいとガッチリとマークをしている状況。


しかし霞ケ丘は大声で「パス!!」と叫び、ボールを要求する。


先程、彼が大きく深呼吸してから出羽の能力である共感覚(シナスタジア)で感知するオーラが一気に薄まった霞ケ丘。


彼は仁王立ちするような状態を維持し、一切の予備動作もしないように振る舞った。


出羽(このひと)は考えを読めることが出来る。なら、ボールが来るまで一切考え無ければいい。』


とはいえ霞ケ丘が要求するものの、出羽がパスコースを(さえぎ)っている状況のため、中々回せない都代表メンバー達。


しかし、霞ケ丘は「お願いします!!」


と何度も叫び、ボールを要求し続ける。


懇願する霞ケ丘を見て、センターバックの下石原(しもいしわら)は鋭いグランダーのパスを彼に出した。


「アザっす!」


叫んだ霞ケ丘は、そのボールに一気に反応しようと、出羽の前に身体を入れようとする。


この瞬間、出羽はマークしながら、異様な行動を取った。


なんと、向かってくるボールに背を向け、霞ケ丘の方に正面を向けたのである。


「え!?」


流石に驚いた霞ケ丘。


しかし当の出羽は、至って冷静である。


『ボールが来るまでは気付かれないように振る舞ったって、パス来る瞬間はどうしたって考えなきゃいけないだろが。』


考えを捨てたことで確かにオーラの色は薄まった。

しかし、感覚のみで対応するとはいえ、パスコースが空いた瞬間から頭では考え、身体は予備動作の反応を見せる。

直前まで色を出さず、対策を立て難くなったのは出羽にとって手痛いが、対応出来なくなった訳ではない。



そして出羽は、霞ケ丘の全身から出るオーラを確認した。

先程までとは違い、確実に狙っている場所もよくわかる。


『赤い色は左側、でも黒い色は右側。つまり!」


次の瞬間、霞ケ丘は左に動いた。これに対し、出羽は反対側の右に動く。


「クソ!」


叫んだのは霞ケ丘。理由はシンプル。出羽が下石原からのパスをカットしたから。


とはいえ、後ろを向いたままの守備、ボールを踵に当てたものの、このこぼれ球は東京代表の布田(ふだ)に奪われてしまう。


それでもショックを隠しきれない霞ケ丘。ついつい下を向いてしまう。

「マジか・・・。」


「お前、もう気付いてるんだろ?」


出羽に声をかけられ、前を見る霞ケ丘。


「オレが絶対に【わかる】って、気付いたんだろ?」


「・・・はい。」


理由はわからない。でも確実に出羽は、霞ケ丘の動きを理解できる。今回のマッチアップで、それを確信した霞ケ丘。


「今の、ボールが来てる方向と逆の左にワザと動いて、オレがそれに釣られてる間に、スルーパスにして受け取ろうって算段だったな。」


「・・・そっす。」


完璧に読まれていた。

霞ケ丘の衝撃は大きい。ゆえの即答。


「よく考えたな。危なかったよ。」


出羽のこの言葉は純粋に霞ケ丘の動きの質を褒めてのものだった。


しかしこの最後の一言に、霞ケ丘はハッとした後に口元が緩む。


「危なかったっスか。じゃあ・・・。」


「ん?」


「次も、やりますから。」




東京代表はボールを回し、打開策を見つけられず、結局ロングボールのパスを前線のフォワード江戸川(えどがわ)に送るが、これを千葉キャプテンの鈴木が跳ね返す。


すると再び霞ケ丘はパスを激しく要求した。「強いのでいいですから!」と。


これに同意した中盤の仙川(せんがわ)は、かなり威力の強いグランダーのパスを霞ケ丘に出す。


『早いな。』


出羽は流石にそう思いながら、再びボールに背を向け、オーラの配色を確認しようと霞ケ丘の方へと正面を向けていく。


次の瞬間。


「うぉ!」


出羽は慌てた。


彼が振り返ろうとした一瞬で、霞ケ丘が自身を抜き去ろうとしていたから。


この少年を、身体を張りながら必死に押さえつつ、なんとか後方から来るボールに対し、必死にスパイクの裏に当ててブロックすることに成功した出羽。

ボールの勢いが強く、サイドラインの外にまでボールは流れていく。


パスカットに成功したとはいえ、意表を突かれそうになったのは事実。


少しばかり動揺した。


正直、霞ケ丘がまだ中学2年生であり、自分よりもフィジカルが弱かったためになんとか踏ん張れたが、危なかったのは事実。


「やっぱり。」

「あ?何がだよ。」

霞ケ丘の一言に、イラきながら返す出羽。


出羽(あなた)、オレの動きがわかる時って、オレを【見てる】時だけでしょ?」


「!!!」


「『危なかった』って言葉の意味、考えたんスよ。で、たぶんそういうことなんだって思ったけどドンピシャっスね。」


「・・・で、わかったからって、どうするっての?」


「繰り返します。」



この後も、東京代表の攻勢は続いた。


東京代表がボールを保持し、パスを回す。


霞ケ丘は再三ボールを要求するが、いざ出してもギリギリの所で出羽にカットされてしまう。

それでもすぐにフォローに入った東京代表により、再びのパス回し。


とはいえ、決定機は中々作れない東京勢。

痺れを切らしてロングボールを放っても、フォワードの江戸川に競り勝つ鈴木にボールをカットされる。


だが、千葉県代表がボールを奪ってもそれを東京代表の若林が奪い、再び東京代表のボールポゼッションの時間になる。


千葉県代表にとっては悪循環のような劣勢が続く。


この流れを、東京代表は何度も何度も繰り返し、前半の残り時間は6分を切った。



ハイボールでは鈴木に競り負けると判断した東京代表の仙川(せんがわ)は、グランダーのスルーパスを江戸川に出した。


『コイツはスルーパスを嫌う。』


序盤の霞ケ丘からのスルーパスに全く反応しなかった姿を思い出し、頭では江戸川のことをそう考えていたマーカーの鈴木。


しかし鈴木は、しっかりとマークについていた。


一昨日の広島代表戦にて、自身の甘い考えにより、畑汪季(はたけひろき)の4点目を献上してしまったことが、この行動の最大の理由。


すると、鈴木の行動が正解だったことが判明する。


このグランダーのスルーパスに、江戸川は反応し、走り出したのだ。


並走しながら、身体を当てて妨害する鈴木。


2人はボールを追いかける。


これに先に追いついたのは、江戸川の方だった。


それでも、鈴木はショルダーチャージで態勢を崩すことに成功する。


江戸川はバランスを崩しながら、角度もほとんど無い状況で、ロングシュートを放つ。


ガン!!


このシュートは手前側(ニア)のゴールポストに直撃し、ゴールラインを割った。


キーパーの桃井(もものい)がコースをほとんど遮り、鈴木のタックルでバランスを崩したものの、今回のシュートは威力と精度が凄まじい。


「さすが国体代表なるだけ、あるわ。」


江戸川を見ながら、そう呟いてしまう千葉県代表の一同。


しかし、彼らが感心している最中、大声で叫んだ選手が1人だけいた。


「ももぉーーー!!」


自身の名を呼ばれていることに気付いた桃井(もものい)は、ボールボーイからボールを受け取りながら、叫ぶ選手を確認する。


驚いた。


声の主が出羽であり、彼が猛スピードで千葉県代表ペナルティエリアの近くまで下がって来ていたから。


先程まで出羽にマークされていた霞ケ丘も、これには意表を突かれ、全く追いつけていない。


「くれ!!」


要求する天才児に、桃井はスローインでボールを送り、足元にボールは渡った。


久しぶりの攻守交代。


「鈴木ぃ!!」


出羽はそう叫びながら、ボールを横にいた鈴木にパスする。


それとほぼ同時に、出羽に向かってきた東京代表フォワードの若林。


彼は桃井からのスローインに反応し、出羽からボールを奪おうとしたものの、これを見透かされ、この天才児に腕で身体を(はた)かれたことで、タックルは不発に終わる。ダッシュの勢いがついたのもあって通り過ぎてしまった。


「パスくれ!」


要求された鈴木は、すぐさまワンツーパスを出羽に送り、久々にフリーでボールを受け取ることが成功した天才児。


「安馬は外!加藤は中!」


右サイドの選手にそう指示しながら、出羽は中盤の迫元(さこもと)にパスし、左手では左サイドバックの秋月にオーバーラップの指示をしていた。


この一連のプレーは、優勝候補筆頭と言われていた兵庫県代表相手に善戦した戦術と同じ。


出羽が後方深くまで下がり、自身がボールに絡みながらメンバーにくまなく指示し、チーム全体を押し上げる。出羽自身がその中心にい続けるために、走り続けて。


とはいえこの戦術は兵庫代表相手に大金星をあげた要因ではあったが、同時に出羽の体力を前半のみで枯渇させてしまった要因でもあった。


東京代表の攻勢に耐え続けていた劣勢の状況ゆえの果肉の策とはいえ、もういつ彼が倒れこんでもおかしくは無い。

それ程までに体力は残っておらず、気力だけで走り込んでいる状況。


正直、出羽はもう、いつ倒れてもおかしくなかった。


それでも、このチームのために精神をすり減らして走り続けている。



この間、千葉代表ベンチの小野は、朝比奈に尋ねた。



「監督・・・出羽が無理してるの止めなかったのって、この形をもう一回やってくれると思ったからですか?」


出羽が突然守備するために走り出した時、朝比奈は止める代わりにこう言っていた。


『あの子がこの日本を背負う選手になった時、今日のこの選択が、彼にとって貴重な経験になると思ったから。』と。


その意味は、シンドい状況の中でも再び攻撃を牽引するだけのスキルを発揮出来るのか見極めたかったからか。それを問うた。


しかし、答えは意外なもの。


「うーん・・・そこじゃ無いのよね。」


「え?」


「僕はね。代表選出の視察の時点から、出羽くんに引っかかるとこがあったのよ。」


「どこです?」


「あの子は、クールすぎた。」



出羽はこの国体代表になるまでは、元々冷静さが売りの選手であり、常にチームの中心にいたがるタイプの人間だった。自身は動かずパスで周りを動かし、チームの軸となり、決定機を作る。ガムシャラなプレーはしない。


実際この国体メンバーになるまでは、必死にボールを追いかけるタイプの、国巻高校の須賀や兵庫代表の帯原をバカにするような態度や発言をしていた。


「・・・あ、まぁ初めはそうでしたね。」


「でも、さっきから現在までのプレーを見てみなさい。誰よりもチームのために戦っている。」



出羽に発破をかけたのは国巻高校の美津田監督だった。


出羽のバカにしていた須賀が、いかにチームに貢献し、彼ら桜台東高校から勝利を奪ったかを教えたから。



朝比奈は言う。


「代表になる選手、ましてや国の代表になるような選手は、スキル、メンタル、能力、それぞれ抜きん出たものがあってこそ、選ばれる存在だ。私もユース時代に見てきた子たちの中で、代表に選ばれた選手は何人もいる。しかし、この国の代表の頂点、日本代表に選ばれた選手の中でも、出続けられる者は一握り。では、【日本代表で居続けられるために最も必要なもの】は、何なのか・・・。高いスキル?折れないメンタル?抜きん出た能力?もちろんどれも大切だが、一番大切なものではない。」


真剣な表情になる監督に、飲み込まれそうなって黙り込む小野。話を聞き入っていた残りのベンチメンバーも同様である。



出羽を指差しながら朝比奈は続ける。




「見てみなさい。今、彼は誰よりもチームのために【誠意】をもってプレーをしている。」




納得出来た。

無言の納得しか出来ない小野らサブのメンバー達。



「どんなに高いスキルを持っていても、どんなに高いメンタルを持っていても、どんなに高い能力を持っていても・・・それら以上に発揮すべきはチームに全てを注ぐ【誠意】を持つ気持ちが必要だと、私は考える。歴代、日本代表の核となった選手は、表現方法はそれぞれ違えど、皆、チームのために何をすべきか考え、プレーの中で【誠意】を体現してきた選手ばかりだ。出羽くんはまだA代表には選ばれていない。だがその資格をついに手に入れたと、私は感じる。」


「でも・・・監督。」

ここまで聞いて、小野はあえて反論する。


「なんだね?」


「出羽があんなふうにプレー出来るようになったのは、朝比奈監督、あなたのおかげですよ。あなたが出羽の心に火をつけたんです。」


小野の言ってることは一理ある。

朝比奈のアドバイスから出羽はスランプを抜け出し、共感覚(シナスタジア)を覚醒させ、新たなプレースタイルも見出した。


「確かに私は火をつけたのかもしれない。だが、それだけだ。今の彼には、その先がある。」


「さき??」


「誠意とは苦しい時にも体現してこそ、本当の誠意。そして、私はそんなことを指導していない。」


「それは・・・出羽の心が変わったからなんじゃ無いですか?」


「では、誰がそこまで変えたんだね?」


「え・・・。」


「そりゃ、彼の心に火をつけたのは私かもしれない。でも、しっかり炎を(とも)したのは、チームメイトの君たちが居たからさ。君たちが彼のプレーに、指示に、何より誠意に、真摯(しんし)に応えてきたからこそ、彼は今も走っている。」



朝比奈はスタメンの選手たち一人ひとりを見ていった。順番に。しっかりと。全員を見た後、ベンチメンバーの顔も、一人ひとりしっかりと見つめていく。

そして正面を向いてこう言った。



「感謝してるよ。」

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