第121話 フライング・ダッチマンじゃ、有るまいし
スパッ!!
音すらも綺麗に感じた。出羽はそんな超絶ロングシュートを決め、周囲は興奮どころか絶句する。
1-2
国体代表チームが、点差を1点に縮めた。
この状況に最初に絶叫したのは、出羽と同じく年代別日本代表の高橋。
「デバ、テメェ!!!なに勝手にクソ目立ってんだぁ!!!!?俺の影が薄くなるだろうが!!!!!」
「は?お前がドンピシャ決められないから、俺が代わりに決めてやったんだろうが。『ありがとうございます』って、感謝ぐらいしろ。」
「・・・・・・。」
極めて上から目線で、極めて冷淡な返事をする出羽。周囲の味方達は、彼の覚醒具合の凄さも相まって、声をかけられないでいる。
グウの音も出なくなった高橋に対し、出羽はこう付け足した。
「まぁ・・・一発決めた以上、この手はもう通用しないだろうけどな。ガンガンマークされるだろうし。あとは、お前が何とかしてくれや。」
「・・・。」
「高橋。初めてマトモに見たけど、お前の目って偉くギラギラしてんなぁ。」
「・・・は?」
「ギラギラしすぎてよぉ。多分わかり易いんだって。お前のプレー全般がな。」
「偉そうに・・・監督と似たようなこと言いやがって!」
「頭に入ってるってことは、自覚あるんだなぁ・・・多少は。」
「・・・・・・どうしたらいい?」
「はぁ??」
「・・・・・・どうしたらいいって・・・聞いてんだろうが。」
ナルシストの塊である高橋が、初めてアドバイスを求めてきた。
少しの間の後、出羽は一言だけ口にする。
「逆に「しろ』よ。」
「??????????」
「どうしたらいいのか、わからないんだろ?マーク厳しいから。考えすぎて頭グチャグチャになりすぎて、苦し紛れの一本のキラーパスばっかり狙うようじゃ、限界だって。」
「じゃ・・・じゃあ、逆って・・・何のことだよ。」
「だからよぉ、逆に相手の頭の中グチャグチャにしてやれよ。」
「へぇ???」
「混乱させてやれや。何かの方法でな。具体的な案までは浮かばないけどよ。」
急遽出羽から貰ったヒントを基に、高橋は脳内をフル回転させて相手を混乱させる方法を考察した。
それは時間にして1分程のこと。キックオフによるリスタートから、間もない程度。
考察に考察を繰り返した高橋は、一つの案を打ち出した。
その策は、まず自分を徹底マークしている広島ユース2名の内の一人、ボランチの臼谷に話しかけることで始まる。
「アンタ、散々鬱陶しいマークしてくれますねぇ。3年生っスか?」
「なんじゃ?天下の高橋が、突然媚び売るつもりかいの?ワシが3年の臼谷じゃったら何じゃ言うんなら?」
「一つ聞きたいんですけど、臼谷さんの夢って・・・何ですか?」
「は?・・・まぁ、平たく言えば、プロになることじゃろうのぉ。」
「大丈夫ですよ。」
「はぁ????」
「絶対大丈夫ですよ。プロになれるはずです。この俺をこの程度マークしただけで満足してるんなら、そん所そこらのプロ止まりなら、きっとなれますって。」
ブチッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
軽々と年下から貶された臼谷は、一瞬で激高する。
しかし高橋の胸ぐらを掴んでやろうとした瞬間、臼谷の眼前から彼は消えていた。
「しまった!!!!」
一瞬の動揺を誘ったタイミングで、高橋は裏へと走り込もうとする。
丁度出羽がボールを保持した時に。
だが、出羽も徹底マークにあっていたため、前線へのパスは困難だった。
今までの出羽なら、上手くいかず困惑したり苛立っただろう。おそらく、スランプ前の出羽も上手くはいかなかったはず。しかし、今は違う。出羽は間髪入れず、バックパスをした。
センターバックの鈴木に。
鈴木は何故自分にパスが来たのかを理解していた。自分の長所を信頼してのパスだと。
パスを受けた鈴木は、白球を大きく蹴り放つ。
精度の高いフィードは、ドンピシャで高橋へのスルーパスになった。
「・・・恐ろしい。」
そう口にしたのは、相手チームである広島ユース監督の欠端。
周囲の控えメンバーに聞こえるようにかどうかは分からないが、彼は呟いた。
「4回とも・・・同じところに・・・。」
「?????」
控えメンバー達は気付かなかったが、欠端だけは気がついた。
鈴木は前半から合わせて計4回ロングフィードをしている。それら全てが、まったく同じ場所に落下していることに、彼は気付いたのだ。
「何人怪物がおるんじゃ・・・この代表は・・・。」
欠端は、彼らの才能に気付くのが遅かった。
広島ユース監督の後悔を他所に、高橋はサイドに開きながらロングボールを完璧にトラップすると、すかさずカットインしていく。
ペナルティーエリアに差し掛かる直前、高橋は、一瞬スピードを緩めた。
丁度、追いかけてきたマーカーの臼谷が、背後に迫る距離まで。
激高から冷めやらない臼谷は、思わず高橋の背面に向かって、鋭いスライディングをした。
臼谷の足先が高橋の脚部に触れようとする最中高橋は・・・翔んだ。
ボールをふわりと浮かせ、自らもジャンプしたのだ。
しかし、ジャンプの飛距離は小さく、臼谷の足先に軽く高橋の踵は触れた。
臼谷に覆い被さるように、倒れこむ高橋。
練習試合とは言え、激しいファウルにフリーキックとイエローカードが提示された。
起き上がる高橋に、出羽が話しかける。
「お前・・・ワザとだろ?」
「あぁ?何がだよ。」
「全部ワザとだろ。キレさせたのも、カットインした後に少しスピード緩めたのも、ジャンプしたのも。そうやって相手を混乱させてやろうって考えたんだろ?・・・まぁ、流石に最後、避けることまでは出来なかったみたいだけどな。」
「惜しいな。」
「あぁ?」
「避けきったら、次にもっと激しいタックルが来るだろ。だったらよぉ、ダメージ最小限でカード出させりゃ、こっちが儲けもんじゃん。」
「・・・じゃあ!ジャンプで避けきるのに失敗したこそすら・・・!!!!!」
高橋のプレーを遠目に見ながら、国体代表監督の朝比奈は口にする。
「そっち側にいっちゃったかぁ~!」
「??????」
周囲が意味を理解できない中、朝比奈は続けてこう皮肉った。
「クライフじゃ、有るまいし。」
1974年 西ドイツ・ワールドカップ決勝
前半開始直後、オランダ代表ヨハン・クライフは、西ドイツ代表ウリ・ヘーネスのPKを誘発させたと言われて有名だ。
クライフはバルセロナ在籍時代、相手選手に「お前みたいなヒヨっ子は、俺を【様】付けで呼べ!」と挑発した直後、後方からの相手タックルにオーバーリアクションで転倒したというシーンも有名である。
つまり、高橋の考えた相手を混乱させる策とは、極めて非道な手段。
相手の感情を操り、あわよくば心を折らせるというものだったのである。
出羽とは余りにも対照的なプレースタイルに、朝比奈は苦笑するしか無かった。




