第10話 どーっちだ!?
前半、怒涛の攻めと、粘りのディフェンスで、2-2の同点。予想以上の出来にハーフタイム中の選手達は生き生きとしている。
「どっちがいい?」
美津田が全員に訊ねる。
「何がですか?」大下が、初めて主体的に監督に質問した。
「このまま課題に挑戦するか、勝ちにいくか。」美津田は全員の顔を見ながら、淡々と訊ねた。
「・・・。難しいですね。」須賀が即答する。
「俺は、勝ちたい!」久保が言い切った。
「俺は滝沢さんに憧れて国巻に入りました!その滝沢さんに、ここまできたら勝ちたいですよ!」久保がここまで真剣に話す姿は初めてでは無いかと、残り4人のキャプテンは感じていた。
「俺も勝ちたいです!」続いたのは、なんと1年生の鈴木だった。
「俺、勝ったこと無いんです。」
「は?」キャプテン群が不思議そうな顔をする。
「俺、中学時代に1回も勝った事がないんです。」
「公式戦で?」中林が訊ねた。
「いえ、練習試合も含めて、本当に全てで。」
「んなことあるの?」木村が少し疑いの眼差しで訊ねた。
「本当に1度もなんですよ。」
「・・・。すげぇな。」松田が少し哀れみも含めたトーンでつぶやいた。
「大野中のとき、こんな試合したことなかったんです。ここまで必死にやって、結果も同点に追いつくなんて。頑張ったことは今まで山ほどあったけど、でも、最後は必ず上手くいかなかったんです。楽しいんですよ。今。このまま、勝って最高の気分を一度味わってみたいです!」
鈴木の真剣な表情を、皆がまじまじと見つめる。
「正直よく知らなかったです。滝沢さんがどれだけ凄い人なのか。でもこの前半で、よくそれがわかりました。なのに、このゾーンプレスは彼にも通用してるんです。もっと、このチームの役に立ちたいんですよ!」
「立ってるよ。君は。」
そう言ったのは、坂田だった。
「え?」
「相手左サイドが攻めきれなかったのは。間違いなく、鈴木君のお陰だよ。」
坂田の発言に、さらに竹下が続く。
「坂田の言うとおり、お前はよくやってるよ。1年生でさぁ。」
「ほ、本当ですか?」
「確かに。」「だな。」中林の言葉に久保が珍しく賛同した。
「なんか・・・、す・・・すいません!」
「泣いてんの?」大下が気付いた。
「いや、ちょ・・・、そんなんじゃ!」
「かわいぃ~~~!」若宮の野次は邪魔ではあったが、チームを和ませた。
「勝ちましょう。監督。」竹下が凛とした表情で言う。
「うん。」多くの選手がうなずいた。
「・・・。よっしゃ、わかった。じゃあ、ポジションを大幅に変える!」
「!!!?」
「ほとんどの選手は、正規のポジションにつけ!ただ、鈴木でなく、CBのもう一人は須賀でいく!」
「おれ!?」須賀は持ち前の器用貧乏具合で、CBもこなした経験があった。しかし、この場面でとは意外だった。
「鈴木、お前はジャンプの時に体の軸が、真っ直ぐじゃない。CBとしては致命的だ。右足が軽くなってるだろ?」
「いや、・・・あまり・・・わかりません。」
「うん、正確には右足が軽くなってるんじゃなく、左足が大きくなりすぎているんだ。」
「片方が?」
「そう、お前の持ち味である左足の技術は、副作用としてボディーバランスを少しずつ崩している。修正不可能じゃないが、今日明日で解決は出来ない。だから、お前は左SBで使う。いいか?」
「出られるんですね!?」
「もちろんだ。お前はチームに必要だ。みんなもそう言ってるだろうが。」
鈴木は晴れ晴れとした表情で「ありがとうございます!」と言う。
「そーし、お前ら、勝ちにいってこいや!」美津田は堂々とイレブンを戦地に送り出していった。
「そうだ、高井。」
「はい。」
「後半10分くらいに、お前入れる予定だから。
「え!?」
「やれるだけやって来い。宿題忘れてないよな?」
「もちろんです!」高井は喜びを押さえることなど出来ないほどに、興奮していた。
美津田たちに、坂田と鈴木が近寄る。
「監督?」歩み寄る鈴木。
「ん?」
「俺もこの宿題に、参加したいんですけど。」
「ほうほう。」美津田が鈴木をみながら笑顔になる。
「坂田先輩がよければって話をしたら、OKだそうで。」
「僕も狙いたいけど、上手くいかないこともあるかもしれないし・・・。」
すこし坂田は言い訳じみながら言う。
「お前たちが考えたことなんだから、文句は言わん。」
「っしゃ!」高井はガッツポーズを隠せない。
「はいはい!そうと決まったら、とっととポジションに着け!高井が入るまでにバテるなよ!!」
「もちろん!」頼もしくすら感じられる1,2年スタメンコンビは、意気揚々とピッチに散っていった。
後半キックオフ。
滝沢は国巻が4-4-2のフォーメーションから、4-5-1のフォーメーションに変わっていることに気付くと、薄ら笑いを浮かべた。
国巻高校は、創部以来このフォーメーションが主流だったからである。
「前列も、後列も、顔ぶれ全然違うじゃん。まさか、こっちがガチとかだったら、噛ませ犬扱いだぞ。」
滝沢の予想は当たる。明らかにチームの動きがいい。
国巻の横パスが、脅威では無くとも、面白いように繋がる。
「すげぇ、やっぱアンタはすげぇ人だったよ!みっつぁん!!!」
滝沢は右MFに入った綾篠からボールを奪うと、横の味方につないで急いで前線へと上がる。味方からのパスは、滝沢と相手大下のギリギリ競り合うペナルティエリア内に通った。
一歩早く、滝沢がシュートする。
しかし、顔面に来たシュートを坂田は両手で地面に落とすと、冷静にキャッチした。
「飛び出してねぇ。」得意のボランチに入った松田が、驚きを隠せない様子だ。
坂田は、中途半端に飛び出すことが多い。その中途半端な判断が仇となり失点する形は、坂田がゴールを守る際の定番の失点シーンだった。
「へぇー。キーパーって、結構かっこいいもんなんですね。」
「ん?」若宮のつぶやきに、美津田が反応する。
「だって、あんなシュートを堂々と受け止めて。ああやってたら、ずっと守りきれそうですね。」
「いや。」
「え?」
「本当は今のシュートの前に、飛び出しといてキャッチしなきゃいけないんだよ。」
「え?じゃ、何で飛び出さなかったんですか?ハンドになるから?」
「お前は本当にサッカーを知らないんだな。」
「でしょ!」笑顔で答える若宮に、美津田は失笑を抑えて話す。
「坂田の最大の弱点はな、色々考えすぎる所だ。」
「すぎる?」
「『この場面では、こうした方がいい』って思うとする。そう考えるのは判断力。それを実際にするのが決断力。あいつは両方が低いんだ。」
「両方とも?」
「そう。だからいいパフォーマンスが出来ない。」
「じゃあ、何で今はいいんですか?良く見えてるってだけなんですか?」
「いや、実際にいい。」
「どうして?」
「俺が判断力を削いだ。」
「え?」
「俺がチョロチョロすんなってさっき言っただろ?あいつはそれを守ってる。だから、『一切飛び出さない』って判断決めたわけさ。」
「それって、賭けなんじゃ?」
「半分くらいはな。」
「でも、これだけ堂々と出来てるんだから、坂田君は、やっぱりキーパーに向いてるってことですね。」
「いやいや。」美津田がついに失笑した。
「あいつはキーパーに向いてないよ。」
「え?」
「自分できちんと素早い判断が出来るのが、キーパーとしての第一条件みたいなもんだ。それをアイツは持ってないんだぞ。向いてねぇよ。」
「じゃあ、『キーパーはお前しかいない』って、嘘だったんですか!?」若宮もついにイラついて聞き質した。
「嘘じゃねぇよ。」
「・・・。」
「アイツはキーパーに向いてないよ。・・・でもな、あれだけキーパーやりたがって、あれだけ仲間にコケにされたりバカにされたってキーパーやり続けたいなんて奴、中々いないぜ。キーパしたさに得点までしたしな。あの図太い根性は、キーパーにとって最高のスキルだ。キーパーに向いてないが、キーパーの素質がすげぇあるんだよ。」
そこまで聞くと、若宮はずっと気になっていた質問をぶつけた。
「・・・監督?」
「なんだ?」
「監督って、アタシとほとんど入部したの一緒のタイミングですよね?」
「監督としてはな。」
「10日くらいでしょ?」
「うん。」
「なんでそんなにメンバーのこと、知ってるんですか?」
「え?」
「中林さんのクセとか、大下さんのいい所とか、何でそんなに知ってるんですか?」
「・・・ま、あれだ、企業秘密みたいなもんだ。」
今までで一番美津田が焦った顔をして答えたので、若宮は何だか勝った気持ちになっていた。
「監督ってサッカーが好きなんですね。」
「今ならな。」
若宮の言葉に、美津田は少し寂しげな表情でつぶやいた。
全然試合が進まない!すいません!!




