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ゾーンの向こう側  作者: ライターXT
再考編(合宿)
109/207

第108話   44の瞳

激動の合宿から一夜明け、木村は美津田と1対1で話し合っていた。


「・・・話は大体分かった。」

「はい。判断は監督に任せますんで、よろしくお願いします。」


昨夜のマネージャー南部を巡る乱闘の全容を、木村は洗いざらい告白したのである。


「よく、ちゃんと俺に話そうって思ったな。黙ってたってバレなかったかも知れないのに。」

「そうも考えましたけど、南部や部員みんなで話し合った結果ですから。」


「じゃあ、何で南部本人じゃなくて、お前が来たんだ?せめて南部とお前の二人とかならわかるけど。」

「不良相手に手を出したのはオレが一番だし、南部がいたら話せないこともあるので・・・。」


「話せないこと?」


「レオ達のこと・・・です。」


「!?」


「昨日の面接では、試合が気になっててそこまで話せませんでしたが、オレが南部を助けたのって、きっとレオとの事が一因ですから。」

「・・・。」


美津田監督と木村は、少年時代にJリーグ経験者だった外国人より、サッカーを学んだという珍しい経験を共に培っている。しかも、美津田を指導したガブリエル・ポンシオの弟から、木村が指導を受けていたという奇跡的な偶然。木村の師であるレオ・ポンシオも、ガブリエル・ポンシオも、謎の失踪を遂げて数年が経過していた。


「監督、知ってますか?俺がレオと初めてあった時の事・・・。」

「殴られたんだろ?」

「え・・・」


知っているとは思わなかった。


「お前がイジメられっ子を痛めつけてるの見つけて、レオがぶん殴った。それは知ってるよ。」

「レオが・・・言ったんですか?」

「あぁ。直接聞いた。」

「そう・・・ですか。」


友情の積み重ねから、自分とレオの思い出を共有する資格は、二人だけに限られると思っていた。しかし、美津田にも知られていた事を認識し、虚無感が木村を襲う。


「逆に木村、聞いてもいいか?」

「何を・・・です?」

「何で、レオはプロ選手を引退したか知ってるか?」

「・・・・・・。」


プロ時代の話は山ほど聞かされていた。しかし、引退した理由だけは、頑なに話そうとしなかった。

自分の知らないレオを知りたいという好奇心と、知ることで何か抱くべきではない思いを宿すかもしれないという不安に見舞われながらも、木村は小さく首を横に振った。


「当時のJリーグはな、酷だったと思う。」

「??????」


「ガブリエルやレオが日本に来た時期、Jリーグは黎明期(れいめいき)手前だった。」

「れいめい?」


Jリーグが出来た頃は、ジーコ、ストイコビッチ、ドゥンガなど、ナショナルチームでの経験者や現役者が名を連ねる夢のような時代だった。だが、それは数年で終わる。Jリーグバブルは崩壊し、発足から4年経った頃には外国人選手のネームバリューは著しく低下していく。日韓W杯が開幕する直前までをJリーグ低迷期と呼ぶ声は少なくない。


「大物外国人が軒並み引退し、代わりとなるような存在を見出そうと呼び出されたのが、ガブリエルとレオのみたいな選手たちだった。南米の地元クラブで名前を聞くようになった程度の選手を補強して、あたかもヒーローのように祭り上げてその場を凌ぐ。不憫な時代だよ。彼ら本来の技量以上に、注目は集まった。その分・・・マークも厳しかった。」

「・・・。」


「まだあの頃は、Jリーグにいた日本人の中でも、【役割】を履き違えていた選手が大勢いたんだ。」

「やくわり?はきちがえ?」

美津田は小さく頷いて話を続ける。

「例えば・・・【クラッシャー】。これの意味は分かるか?」

「激しい守備をして、チームを引き締める選手のことですよね。」

「その通り。チームを引き締めるために激しく守備をすることがクラッシャーだ。だが、名前の通りと【勘違い】する選手もいた。」

「???」


「レオはな、試合中、意図的に怪我をさせられたんだ。」

「え!!!」


「相手も悪気が全てじゃ無いと思う。だが、明らかにレオの体にダメージを与える目的で、タックルをした。【クラッシャー】とはそういうものだって考えてたんだろう。その怪我が元で、レオはまだ若いのに引退するしか無くなった。」


木村は思い出していた。イジメられっ子の若竹に暴力を振るっていた自分を、説教した時のレオの言葉を。

「イタミヲ、ジブンノタメニ、リヨウスルナ・・・コドモガ、ソンナコト、オボエルナ。」

悲しそうな表情で語りかけた当時をゆっくりと回想する木村。


「本当に酷だよ。有名選手が名を連ねると聞いていたリーグに来てみたら、実際はそこまで大した選手は残ってなくて、それでも頑張ったのに理不尽な怪我で人生が真っ暗闇になっちまったんだ。」

「・・・なんで・・・でしょうね?」

「何がだ?」

「何で、それでもレオって日本に残ってたんでしょうね。そんな嫌な思い出しか無いのに・・・。」


「それはな、ガブリエルから聞いたことがある。」

「何てです?」



「『ニホンノコドモハ、【サッカーシカナイ】ッテコガ、イナイ。』って言ってた。」


「サッカーしか無いって子が・・・居ない?」


「南米はな、未だに貧困層が多くを占めてる。サッカーで生計をたてて、家族を養おうって目的でプレーする子は沢山いる。」


「・・・そういうハングリー精神が日本には欠けてるって、よくメディアは言ってるじゃ無いですか。」


「確かに。だがな、ガブリエル達にはそれが【羨ましかった】んだよ。家族だのといった重いプレッシャーを背負ってサッカーをする息苦しい環境が、日本には全くない。純粋に楽しみたいからサッカーをする。嫌なら辞められる。強くなりたい、上手くなりたいって子は続ける。本来当たり前な楽しみ方を、日本の子ども達は体現していたことが、羨ましかったのさ。」

「そう・・・なんだ。」



「お前のことを、レオが何て言ってたか知ってるか?」

「俺のことを?・・・生意気なガキ・・・とかですかね。」



「後継者だ。」



美津田の言葉の意味を、木村は全く把握出来なかった。

淡々と華麗なフェイントを防ぐ事に苦笑いや奥歯を噛み締める表情を見せていたレオのことだから、悪評しか出て来ないだろうと。ましてやフォワードとディフェンダーという対局のポジションでありながら、何を後継しているのかが判らない。しかし、美津田は考えを整理する時間を与えることなく木村に話しかける。


「サッカーに向かう精神、それをお前は受け継いでくれている。ってレオは言ってたよ。出会い方は最悪だったけどな。」


木村は胸が一杯になる。唯一無二の存在と思ってたレオが、自分をそこまで評価してくれていたのだと。



「恵まれたよな。俺たちって・・・。あんな優しい外国人が友達だなんてさ。」



この美津田の台詞で、木村から高揚感と違う感情が込み上げる。それは怒り。

今まで聞きたくても聞けなかった最大の質問を、木村は立ち上がり、大声で発した。


「だったら!!何でだよ!!!」

「ん?」


「何で!!!何でアンタは彼奴らの墓参りをしなかったんだ!!!!!」


不意打ちに近い質問に、美津田が珍しく硬直する。


「俺がどんな思いで!あの神父にお墓を頼んだと思ってんだよ!両親や近所からも情報求めて!俺自身も自作のビラ配りまでして!それでも上手くいかなかった俺の気持ちが!あんたに分かるか!?墓作りを頼んだ俺の気持ちが!あんたに分かるのかよ!!!!!」


木村の糾弾に対し、意外にも美津田はタメ息をついた。暫しの沈黙の後、美津田は木村の目を見ながら問う。



「じゃあ木村、お前は本当に・・・あいつらが【死んだ】って思うのか?」


「え!?」


「あの兄弟がどうなったかは、俺も全く知らない。確かに突然消えた。でも、あんなに日本が大好きで、あんなに酷い目に遭ってもサッカーが好きなあいつらが、そう易々と死ぬか?俺は全く思わない。」

「でも、ヤクザから借金があったって噂も・・・。」


「それは俺も聞いた。でも、勝手なんだが確信みたいに、2人は無事だって俺は思うよ。」

「そんな・・・簡単に・・・。」


「何より木村と違って俺はな、【腹が立った】んだ。」

「はらがたった?」


「そう。一言もメッセージを残さずに黙って消えたことに、俺は腹が立った。当時は勝手な奴らだって、本当にムカついたもんだよ。せめて消えるんなら『さようなら』の一言くらいあっても良いだろうに。だから、墓には最近まで行かなかった。」

「・・・。」


「・・・いや、行けなかったのかもな。あの墓には二人は居ない。骨も灰も。死んだ証拠は何もない。でも、墓を見ちまったら、アイツ等が死んだって認めることにな・・・。」


そこまで話して美津田は言葉に詰まる。


立ち上がったままだった木村は、美津田のそばに歩み寄ると、話し出した。



「監督。俺は、アンタが好きじゃないし、気に食わないし、認めてないッス。」


「だ・・・ろうな。」


「でも・・・でも、貴方も苦しかったって、少し・・・分かりました。」


美津田は謝意のこもった表情で木村を見つめる。それに答えた少年の視線は、少し温かみがあった。


それは10年近い歳月を経て、二人の間にあった(わだかま)りが、少し解消された瞬間でもあった。






それから十数分間、2人は当時の思い出を語り合う。些細なことから大きなことまで様々に。回想録があたかも御伽噺(おとぎばなし)のように語られ、エピソードの一つ一つが童謡のページを新たに綴るような時間だった。



談笑を終え、美津田は話を本題に戻す。


「今回のお前たちと白羽根高校の暴行問題は、俺が責任と対処を行おう。」

「え!そんな!責任なんて!」


「部の問題の責任は監督が負うもんだ。まぁ、責任以前に向こうの学校には、知り合いの教師も居るし。話をつけておくよ。」

「ありがとうございます。」


「しかし木村。今回の件で一番の問題は何か・・・お前はわかってるか?」

「やっぱり、手を出したことでしょうね。」



「だけじゃない。」


「???」


「相手が【進学校】の生徒じゃ無かったら、お前はどうしてたんだ?」


「え?・・・そ・・・それは・・・。」


「相手によって暴力を振るうか決めてるようでは、まだ【後継者】は務まらんぞ。」


(もっと)もな意見だった。先程までとは立場が逆転し、頭を下げて改めて謝罪する木村。


『やっぱり、美津田の上には立てないな。』そうも思いながら、彼は面接室を出る。




部室に戻った木村を、南部も含めた部員全員が取り囲んだ。


「どうでした?先輩!」「監督は何て?」「長かったですけど、大丈夫ですか?」


迫り来る質問に「あとは美津田が対応してくれる。大丈夫だ。」とだけ木村は答えた。



「本当に・・・すいませんでした!!!」


謝罪したのは、見ている側すらも痛みを感じるような傷を未だ残す南部だった。

しかし、彼の言葉に意外な返事が来る。


「謝るのは、俺の方だって。」


そう言ったのはなんと竹下だった。


「な・・・何がですか?竹下先輩。」


「だってオレさぁ、昨日乾杯する時に『監督と部員の20人で頑張るぞ』って言っちゃっただろ?」


「それが・・・どうかしたんですか?」


「お前らのこと。マネージャーのこと、入れてなかったじゃん。」



「!!!!!」



「悪かったよ。本当に。」


「確かに。」

最初に反応したのは、同じ3年生の久保。


「考えてみたらよぉ。大剛と練習試合した時も、桜台東に勝った時も、お前のアドバイスがなかったら勝てなかったもんなぁ。」「そりゃそうだ!」「本当ですね。」「桜台東の出羽の弱点見抜いた時には、鳥肌立ちましたよ。」


先輩後輩関係なく、南部への称賛が巻き起こっていく。


「そんな・・・みんな・・・すいません。ありが・・・とう。」



「ねぇ、南部くん。」


それまで一切口を挟まなかったもう一人のマネージャーである若宮が、割って入ってきた。


「マネージャー、辞めるとか言わないよね?」


「え!!」


「君の性格だからさぁ、『迷惑かけたから責任取ります』とか言いそうだけど、それ、許さないから。」


「許さない!?で・・・でも・・・。」


「『でも』は無し!」


「!!!!」

珍しい若宮の大声に、南部どころか、部員全員が凍りつく。

「マネージャーの仕事、一人じゃ回んないんだからね!無駄に汚してんじゃないかってくらい用具は汚いし!相手の偵察とかデータ収集なんて能力、アタシは持ってないんだから!!」


半分が毒気、半分が開き直りの台詞に、一同は更に凍りつく。


「こんなにみんな南部君のこと心配してくれてんだから!大好きなんだから!勝手に辞めないでよ!辞めたって、楽になるわけじゃないんだからね!」


若宮が説教していく姿に、部員は誰も口を挟めない。最早彼女の貫禄が、監督を超えて【お母さん】のように映ったことが、その最大の要因といえよう。


散々若宮から説教を受けた南部は、小さな声で

「わかったよ。これからも続けるよ。頑張る。」

というが、


「声が小さい!!」

と、最早第二の母状態である若宮から叱責されて


「これからも!頑張ります!!」と、大声で(ちかい)をたてた。



この日の部活終了後、竹下は全員を集めて円陣を組ませる。マネージャー2人も含めて。


「昨日の俺の発言は撤回するよ!改めて言わせてくれ!俺たち19人の部員と監督、そして2人のマネージャー、合計22人で全国選手権を頑張るぞ!!!」



「ッシャーーーーーーーー!!!!!!!!!!」


心から息の合った掛け声がその日のグランドに響いていった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

時は流れて2週間後。


国巻高校1年生の高井と鈴木は、一緒に朝練へと向かう登校中に、異様な物を目撃する。


「うわ!!!なんだ!?アレ!!!」

「どした?すず・・・!!!!!???」


2人が目撃したのは、歩道橋に掲げられた横断幕だった。



『祝、ミニ国体選抜、国巻高校 高井君、鈴木君』


「何だよコレ!!超ハズいんだけど!!」

「監督が『お前らのお祝いメッセージを載せていいか?』って聞いてきたの・・・コレのことだったのか・・・。」


まだ恥ずかしさを感じながら正門に到着すると、

「うわ!!ここにも!!!」と、鈴木が大声を出す。


校舎にも、同じ横断幕が飾ってあったのだ。


「おい!さっさとグランド行こうぜ!!」

「確かに!こんなドドーンって名前出されてたら恥ずかしすぎて、逃げるしか無いな!」


このような横断幕は、さして珍しいものではない。しかし、万年控えと超弱小校というノンキャリアの道を辿ってきた二人にとって、この祝辞からは羞恥心しか生まれてこなかったのである。





時間はまた少し過ぎて夕刻。

「よーし!明日から高井と鈴木はミニ国体の合宿に入る。県予選は厳しいが、2人のことを全力で応援してやろう。」

「ウゥッス!!!」


先輩達に髪をクシャクシャにされながら激励の言葉を受け、2人は強い決意を胸にする。





翌日。

2人は合宿先である、運動競技場に到着した。

「どんな奴が、来てるのかな?」

「判らない。・・・でも、やるだけやってみよう。」

「だな。」


この合宿で培う経験がその後の彼らを、そして県内サッカー全体を取り巻く環境をどう変えるかを、まだ、知らないままに。

今後の連載方針。これからは1年生である高井と鈴木を主人公にしたスピンオフである国体編を連載します。本作の核心に触れる内容を含む故、割愛出来ないとはいえ、本編から少しそれる物語を掲載していくことをどうかご了承下さい。十数話程度を予定しております。

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