ダルハイムの休日
意外とガンツはお気にいりです。
決勝の翌日。
ガンツは二日酔いでダウン。ミシャとエリスはピンピンしているが……
「昨日祝勝会に出てたはずなんだけど……なぜかあんまり記憶がないんだよね」
「ミシャさんもですか?実は私もなんです。なぜか起きたら自分のベッドで寝ていましたし……」
2人で顔を合わせて、なんでだろねぇ~不思議~。みたいな顔をしている。
思わず眉間をモミモミする。
「ん?マコト、なんでげっそりしてるの?」
「さては二日酔いか?情けない」
……
「おまえらは金輪際酒を飲むな」
「えぇ~なんで?」
「おまえの指図は受けない」
…………
「わかった。もうなにも言わない……少し外を歩いてくるから公爵の警護を頼む」
そう言って俺は部屋のドアに向かった。
「いってらっしゃい~。気をつけてね~」
「夕飯までには戻ってくるんだぞ~」
俺は子供じゃない!
「行ってくる……」
軽く手を上げて宿を出た。
ダルハイムの大通りを歩く。
町はまだ大会を見に来た観光客や選手たちが沢山いる。
(露店でも見て回るか)
(そうだね)
適当に露店をブラブラしていると、唐突にうしろから声をかけられた。
「黒騎士殿ではございませんか?」
思わず振り返ってしまった。
「イゼリア……か?」
振り向くとイゼリアが立っていた。今日は私服のようだ。
プラチナブロンドの髪はゆるくウェーブがかかり、頭の上のバレッタでとめられている。
薄いブルーのワンピースの下に七部丈のライトグリーンのパンツを履いていて、足には白いサンダル。
鎧の上からはわからなかったが、結構胸もある。これは重要な情報だ。
ぱっと見はいいとこのお嬢様のだな。
「やはり黒騎士殿でしたか……素顔はそのようなお顔だったのですね」
顔をまじまじと見られて少し赤面する。
「意外と可愛いお顔をされているのですね」
クスクスと笑われてさらに顔が赤くなる。
ダメだ、話題を逸らさないと!
「……ど、どうしてわかった?」
「う~んとそうですね。体格と髪色が同じで、なおかつ腰に挿している剣まで同じだったらほぼ確定だと思うんですが?」
あ~確かにばれるわな。
「なるほど」
「黒騎士殿はなぜこんなところにいらっしゃるのですか?」
「散歩だ。あと、その黒騎士殿ってのはよしてくれ」
「それでは『竜殺しの英雄』殿とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「それもやめてくれ!」
「ではなんとお呼びすれば?なにぶん本名は教えていただいていないもので」
イゼリアが悪戯っぽく笑う。
「……マコトだ。マコト=ムトウ。それが俺の本名」
「素敵なお名前です。マコトさん」
してやったりみたいな顔をしている。
「君もたいがい性格が悪いようだ」
精一杯の毒を吐く。
「あら、昨日の意趣返しをしただけですよ。闘技場の外まで負ける気はありませんので」
意外とお茶目なようだ。
「イゼリアはなんでここに?」
「移動時間を除き、今日まで騎士団から休暇をいただいていますので、少し観光でもと思いまして」
「俺とおんなじようなもんか。俺も明日にはダルハイムを出るから、今のうちに少し町を見ようと思ってな」
それを聞いてイゼリアがキラキラした目で手を一つ叩いた。
「でしたら、一緒に回りましょう!」
そのまま俺の腕をとって露店のほうに引っ張っていく。
「ちょっ……はぁ。強引だな、やれやれ」
しかたないのでそのまま従った。
(とくしゅすきる・おんなごろしがはつどうした!)
(変な説明すんなアスール!)
「マコトさんは普段どこに滞在してらっしゃるんですか?」
「ザインを中心に活動している。依頼があったときは方々に行く。今回もダルハイムには依頼で来ていてな」
「へぇ~ザインですか……」
隣を歩くイゼリアは闘っていたときとだいぶ印象が違う。
俺より年上のはずだが、少し幼くて可愛らしい印象を受ける。
「……えい!」
イゼリアが突然腕を組んできた。
「おい、なにしてるんだ!?」
「私も普段は騎士とは言え、今日は普通の女です。デートのときは殿方がエスコートするべきではないですか?」
少しスネながら俺に文句を言う。
「だが……」
「ダメ……ですか?」
上目使いで俺を見る。
それは卑怯だ!
「ぐっ……まぁそういうことならしかたがない」
それに腕に当たるなかなか豊かな胸の感触が素敵だ。
「やった!じゃあ、あっちのお店見てみましょう!」
「ああ」
そのまま腕を組んで露店を回ることになった。
その2人の様子を覗う人間が3人いることには気づかずに。
二日酔いから復活したので、ガンツはミシャとエリスを連れてお忍びで町を回っていた。
「おや?あれはマコト殿ではないか?」
ガンツが通りを歩くマコトを発見した。
「たしか町に出かけるって言ってましたから。たぶんそうだと……」
ミシャがガンツの視線の先を追いかけて、動きと声が止まった。
「どしましたミシャさ……」
エリスも同じほうを見て固まった。
「マコトの隣で楽しそうに喋ってる女は誰?」
「わかりません」
ミシャとエリスが硬い表情で見据える。
「あれは……昨日闘ったイゼリア嬢だな」
ガンツがなにも知らずに答える。
「「……あ」」
イゼリアがマコトと腕を組んで、そのまま歩いていく。
「おお!昨日の今日で逢引とは!マコト殿もやり……」
「「ガンツ様!追いかけますよ!!」」
ミシャとエリスが同時に叫んだ。
「う、うむ」
その迫力に負けてガンツは頷いた。
イゼリアはアクセサリーの露店を覗いている。
「あ!このブローチ可愛い!!……でもちょっと高いか……」
白い鳥のブローチを棚に戻しながらイゼリアがため息をついた。
「おじちゃん、これ頂戴」
俺はそのブローチを店の店主に渡した。
「え、マコトさん!?」
イゼリアが驚いたようにこっちを見る。
「どうせ1人で回ってもつまらなかったし、誘ってくれたお礼だ……はい」
店主に代金を渡して、ブローチをイゼリアに渡す。
「……ありがとうございます!これ、大切にします!!」
イゼリアがブローチを胸の前で握りしめ、嬉しそうに笑う。
いい笑顔だ!
「ああ、大切にしてやってくれ」
「はい!」
そういって俺の腕を強く抱きしめる。
「次はあっちに行きましょう!」
「おう」
そのまま、また歩き始めた。
「あたしにはああいうの買ってくれたことないのに……」
「私もありません……」
ミシャとエリスがその様子をうらやましそうに見つめる。
「あの……ミシャ嬢?エリス嬢?そろそろ帰らな……」
「「追いかけますよ!!」」
「……はい」
尻に敷かれるガンツであった。
時刻は夕暮れ。
イゼリアが泊まっている宿の前。
「すいません、ここまで送ってもらって……」
「女性をエスコートするのが男の務めなんだろ?」
「そうでしたね……今日は楽しかったです!」
「ああ。俺も楽しかったよ」
「……」
イゼリアが突然押し黙った。
「どうした?」
「いえ、それでは失礼します」
そのまま宿のほうへ歩いていく。
「じゃあな」
俺も踵を返して家路につこうとし、突然背中に柔らかい感触を感じた。
「もし、王都に来ることがあったら、ぜひ私を訪ねてください」
イゼリアが俺の耳元で囁く。
「じゃあ……」
チュッ
頬に柔らかくて少し湿った感覚が残る。
「ちょっ……」
慌てて振り返ると、イゼリアが綺麗に微笑んでいた。
「今日のお礼です。また会いましょうマコトさん」
それだけ言うと、今度は本当に宿に戻っていった。
俺はキスされた左頬を手で触りながら、去っていくイゼリアを呆然と眺めた。
「……俺の心乱さないでよう!」
思わず叫んだ。
「ただいま!!」
自分の部屋に帰ってきて、元気に挨拶した。
「おかえり。やけの機嫌がよさそうだね?」
ソファに座ったミシャが静かに話す。
「ええ~!そうかな!!」
俺は頭をかきながら答える。
「ああ、不愉快なほど機嫌がいいな」
エリスも落ち着いた様子で話す。
「いや~!悪い悪い!!」
俺はあまり気にせずにハイテンション。
「いいことあったみたいだね。たとえば美人とデートしてたとか」
え?
「腕を組んだりとか」
なに?
「高いアクセサリー買ってあげたりとか」
ちょっ……なぜ知ってる?
「あとは……」
……はい。なんでしょう?
「「帰り際にキスされたり。とか?」」
よくご存知で。
「ちょっと……」
ミシャがユラリと立ち上がる。
「事情を……」
エリスもそれに呼応してゆっくり立ちあがる。
「「話してもらおうか?」」
2人ともニッコリ笑う。目以外。
「ああ~……うん。ちょっと待って」
俺はベランダの窓を開ける。
「いいよ。ゆっくりで。こっちは時間気にしないから」
ミシャがゆっくりと腕を広げながらこちらに近づく。
「大丈夫だ。なにも怖いことはない」
エリスが普段見せないような慈愛の笑みを浮かべながら近づく。
「あの……えっとだな……あれには深くて病むに病まれない事情があってだな……」
「「ハッキリ話せぇっ!!」」
ミシャとエリスが叫んだ瞬間、俺はベランダから飛び降りた。
そのまま着地し、全力で走る。
背後から待て!とか、ふん縛れ!とか、殺せ!とか聞こえるが、振り返る余裕はない。
(ヤバイ、なんかヤバイ。とりあえず逃げるぞアスール!!)
(ごー!だね!!)
俺がいけないのか?
そろそろザインに帰ります。