新装備
いいですよね、新しいのって。
俺がザインに帰ってきてから2週間。あまり外に出ないようにして大人しく過ごしていた。
女将さんによると、今俺は『竜殺しの英雄』と世間で呼ばれるようになったそうだ。
ジーマリの英雄からずいぶん出世したもんだ。
あ、それと、俺だけでなく、ミシャの名前も結構売れている。
俺がウィングドラゴンの討伐に行っているあいだ、早々にBランクに昇格したミシャは、意欲的に依頼をこなし実力をつけたようだ。
その容姿と年齢から、凄腕美少女冒険者『紅い疾風』なんて通り名までついていて、ひそかにファンクラブまである。
アイドルかっての。とか思ってたら、少なくともザインのギルド内ではアイドルのようだ。
俺がウィングドラゴンを討伐してからここ2週間で『竜殺しの英雄』とその弟子『紅い疾風』の名はシルフィア中に知れ渡っていた。
そんな中アドルフさんから装備ができたとの知らせが届いたので、ミシャと2人でアドルフ骨董店に向かった。
「どうじゃ着てみた感想は?」
「凄いですよ!軽いし保温性も保湿性もばっちり。それに……」
軽く腕を振る。
「全く空気の抵抗も受けない!これなら全力で動けます。いや空気抵抗がない分今までより速く動けるかも!」
「よかったの。それによく似あっとる」
「ありがとうございます。アドルフさん。大切にします!」
「ほっほっほ。気に入ったようでなによりじゃ」
俺の装備の詳細はこんな感じ。
上はたてがみと筋繊維を寄り合わせた布でできた白いシャツ。
その上に皮でできた群青の詰襟を前開きで羽織る。
下はシャツと同じ製法で作られて少し布が厚めの黒いズボン。
靴は皮製の赤茶色のブーツ。
腰には剣帯を兼ねた茶色の皮のベルトの左腰にイルミナスを挿している。
「見た目は普通の服じゃがの、靴紐からボタンにいたるすべての素材にウィングドラゴンのものを使っておる。耐久性ならば、この大陸のどんな防具より高いぞ」
「はい。完璧です!」
「うむ。作った職人も喜ぶじゃろうて」
「でも、色まで自由に変えられるなんて凄い技術ですね」
「特殊な製法で色を染めているようでの。職人いわく1000年たっても色落ちしないそうじゃ」
さすがにそんなに生きてないけどな……
「おや?ミシャちゃんのほうも着替え終わったようじゃの!」
店の奥に目をやると、着替え終わったミシャが出てきた。
「どう、マコト?」
「うん。似合ってるぞミシャ!」
「やった!」
ミシャの装備はこんな感じ。
上はたてがみで織られた反物でできた緋色の半そで腰丈の着物。
その下に同じ素材の黒い着物を重ね着しており、緋色の着物の懐と腕の袖からチラリと黒色が覗く。
腰には同じ素材の黒い帯に、緑色の帯紐をつけている。
腕には、肘から手の甲まで、黒地で縁に赤のラインが入った鱗を加工して作られた手甲をつけている。
下は翼の皮膜でできたひざ上5センチの黒いスパッツ。
足元は茶色いブーツの上から手甲と同じような脚甲をつけている。
「ミシャちゃん。よう似あっておるよ!マコトは馬子にも衣装といったところじゃが、ミシャちゃんは蝶に花といったところじゃの!!」
「うん!ありがとうおじいちゃん!!」
アドルフさんがミシャを見ながらデレデレしている。
女将さんがミシャの母親なら、アドルフさんはお爺ちゃん。というかミシャにもおじいちゃって呼ばせてるし。
ちなみに孫に激甘なお爺ちゃんがミシャファンクラブの設立者だ。
おい、なにやってんだ賢者様……
「うんうん。そうじゃミシャちゃん。これ頼まれてたものじゃよ」
アドルフがミシャに手渡したのは、鍔の無い2本の小太刀。
刀身はウィングドラゴンの爪を使用。鈍く黒光りしている。
鞘と柄には骨を黒く着色したものを使っている。
鞘には朱色のラインが中央に一本入り、柄はたてがみを赤く着色したもので結った紐で巻かれている。
「わ!ありがとうおじいちゃん!!」
ミシャはそれを一度抜いて確認したあと鞘に戻し帯の背中側に挿した。
「うんうん。いいいんじゃよいいんじゃよ」
この孫馬鹿爺め!
「……それじゃあ俺たちはこれで失礼します」
「じゃあね!おじいちゃん!!」
「うむ。ミシャちゃん!また来るんじゃよ!!」
「うん!!」
なんとなく頭を抱えつつ店を出た。
店を出てからぶらぶら歩く。
人の視線が少し痛い。
「あたしはこれから適当な依頼受けて装備試すけど、マコトはどうする?」
「う~ん……正直まだ依頼受ける気にはなれないから、適当のそこらへんで試すよ」
「わかった。じゃあ夕飯までには帰るから。行ってきます!」
「あいよ。いってらっしゃい」
ギルドに走り去るミシャにヒラヒラと手を振った。
(とりあえずザインの外に出て適当に試すか)
(そうだね)
そのままザインの北門に向かった。
「よ、ほ、ふん!」
10キロ離れた場所で拳を振るう。
「凄ぇ~全力出してもなんの問題もない!」
「やったね!」
「ああ、じゃあ次はこっちだな」
鞘からイルミナスを抜く。
「よ、と、りゃ!」
縦斬り、横斬り、突きの順番で繰り出す。
「なるほど。こっちは空気抵抗を受けないっていうか、空気ごと斬り裂いてるって感じだな」
「ふぅ~ん」
1メートルほどの岩に近づく。
「じゃあさっそく試し斬りを……せいっ!」
岩を斜めに斬る。真っ二つになった。
「うわ、斬った感覚すらねぇ。なんて切れ味だ……」
そばにあった4メートルほどの岩を見る。
「長さ的にあれは真っ二つにはできそうにないな……せめて刀身がもっと長ければ……うわ!伸びてる!?」
突然イルミナスの刀身が伸び始めた。
「ちょっ、待て止まれ!」
伸びるのが止まった。
結局8メートルぐらい伸びてしまった。
「伸びても質量は変わらないのか……戻れ!」
今度はイルミナスが縮み始め、一瞬で元の長さに戻った。
「如意棒みたいなもんか。伸びろ」
6メートルぐらいまで伸ばす。
「これなら……ふっ!」
4メートルの岩を真っ二つに斬り裂いた。
「戻れ。確かにこれならドラゴンの首でもスパっといけるな」
満足したのでイルミナスを鞘に収める。
さて帰るか……ん?
背後から気配がする。
振り向くとエルフの女性がこちらに走ってきていた。
盗賊じゃなさそうだな。帰るか。
そのままザインに足を進める。
「待て。そこの男!」
呼び止められた。
振り返る。
「なんかよう……か?」
もの凄い美人だった。
見た目は20ぐらい。
緑色のエルフの民族衣装に身を包み、背中には弓をつがえ、腰にはナイフを挿している。
絹のような金髪のロングヘアを肩に流し、アイスブルーの切れ長で意志の強そうな瞳でこちらを見る。
顔のパーツは神が整えたような黄金比率だ。
体は出るとこ出て引っこむとこ引っこんでいるが、グラマラスというより美しいという言葉が当てはまる。
手足はしなやかで長く、肌は真珠のようだ。
完璧だな。
「おまえ、ザインの冒険者だな?」
ただし口は悪いようだ。
「そうだけど」
「紅い疾風と呼ばれる女冒険者のことを知ってるか?」
ミシャのことか。
「あいつがどうかしたのか?」
「どうやら知り合いのようだな。今どこにいるかわかるか?」
「今は依頼でどっかにでかけてるぜ」
「いつごろ戻る?」
「夕方には帰ってくるんじゃないか?」
「夕方か……まだ時間があるな……」
なんか一人で考え始めた。もういいかな。
「じゃあな」
踵を返してザインに向かおうとする。
「待て」
肩をつかまれた。
「なんだよ?知りたいことは教えたろ?」
「おまえ、ヒマそうだな?」
「まあ……ヒマだけど」
「なら私と手合わせしろ」
命令形ですか。
「嫌だって、言ったら?」
「問答無用!」
殴りかかってきた。
まさに問答無用ですね。
とりあえず迫る拳を適当にかわす。
「今のを避けるか!なかなかだな!!」
楽しそうなので次に飛んできた左ジャブ、右ストレート、左ハイキックもかわす。
「どうした!?避けるだけでは終わらないぞ!!」
と言われたので、避けるだけで終わらせることにする。
2時間後。
「ハァ……なぜ、ハァ……攻撃してこない?というか当たらない!?」
「知らん」
「こんな……ハァ……ことが……」
「とりあえず、そろそろ連れが帰ってきそうだから俺は帰る」
そのままザインにスタスタ歩いて帰ろうとする。
「……待て!!」
追いかけてきた。
いくら美人に追い掛け回されてると言っても、そろそろ面倒くさい。
ヒュッ
適当にジャブを鼻先に寸止めして拳風で相手を押し返す。
「……なに焦ってるか知らないが、そんなに無理すると体壊すぜ?」
女エルフは呆然とした顔で俺の拳を見ている。
「じゃあな」
今度こそ帰ろうとする。
「おまえ……名前は?」
立ち止まって答える。
「真。武藤 真だ」
女エルフを置き去りにして、そのまま歩き去る。
(帰るぞアスール)
(ごー!だね!!)
なんか面倒なことになる予感がする……
波乱の予感?