対ウィングドラゴン
遂にそれっぽいのと戦います。
「本当に来ないな……情報は確かなのかよ?」
「ぜくとさんは、ここだっていってたよ」
「とりあえず待つしかないか」
とある渓谷で、気配を消しながら岩陰に隠れていた。周囲は未だ濃い霧で覆われている。
もう2ヶ月か……
冒険者ギルドから呼び出しを受けたので、さっそくギルドに向かった。
イリヤに案内されて奥の応接室に。
「待っておったぞマコト」
「あれ、アドルフさん?なんでギルドに?」
応接室にはゼクトのほかに、なぜかアドルフさんがいた。
「そういえばお主には言っておらんかったの。ワシはこのギルドの支部長もやっているんじゃよ。まあ仕事はほとんどゼクトに任せておるがな」
「たまにフラっと来ては、重要な仕事を簡単に人に押し付けていくのには困りものですよ、アドルフ老?」
ゼクトにあんなに疲れた顔をさせるとは、さすがはアドルフさん。
「すまんのう、ゼクト」
「はぁ……もう慣れましたがね。しかし、今回の仕事は別です。ドラゴンの討伐なんて、成し遂げたら200年ぶりの快挙ですよ」
「以前ドラゴンの討伐の報を聞いたのはワシが100歳ぐらいのときじゃったな。あのときはサラエドのタスクドラゴンだったはずじゃが」
「はい。記録によればウィングドラゴンはここ500年は討伐されていません」
「ということで、今回のドラゴン討伐を成せばお主は歴史に名を残す伝説の冒険者になれるぞ。その上、フェアレイド唯一のAクラス。引く手数多じゃな。まぁウィングドラゴンの素材を売れば一生遊んで暮らせる金が手にはいるがの」
「はぁ……凄い偉業なんですね」
「なんじゃ、自分のことなのに反応が薄いの?」
「それは仮に討伐に成功したらですよね?取らぬ狸の皮算用をするつもりはないですよ」
「ふむ、殊勝な心がけじゃな。ゼクト、そろそろ本題に入ってくれ」
ゼクトは書類を見ながら説明を始めた。
「それでは。ウィングドラゴンですが、現在はエルディア渓谷に出没するのが確認されています」
「エルディア渓谷?」
「このザインから北に500キロほど行ったところにある渓谷です。1年中霧に覆われているので霧の谷と呼ばれています」
「霧の谷、ね……そこにウィングドラゴンが?」
「はい。ここは昔からウィングドラゴンの訪れる土地と知られていましたが、ここ数ヶ月は何度か霧が晴れているのが確認されていますので、まず間違いないかと」
「霧が晴れるとなんでウィングドラゴンがいるってわかるんだ?」
「ウィングドラゴンが風の王と呼ばれているのをご存知ですか?」
「ああ」
「ウィングドラゴンは常に風を纏っています。それも嵐並みの暴風を。霧が晴れるのは、その纏った風で霧を吹き飛ばしているからです」
凄まじいな……
「なるほど。じゃあそのエルディア渓谷に向かえばいいわけだな?」
「はい。ただしウィングドラゴンは常にエルディア渓谷にいるわけではないので、長期戦の準備をしておいたほうがいいです」
「わかった」
「出発はいつになさいますか?」
「明日の朝にはザインを出る」
「わかりました。いつも通り馬の手配はいらないんですね?」
「ああ」
「それでは、ご武運をお祈りします」
「いい報告を期待しとるぞ」
「はい。では一度宿に戻ります」
応接室をあとにしてワノクニ亭へ向かう。
行きがけに保存食を買い込んで宿に戻った。
「どうだったマコト!?」
ワノクニ亭に入るとミシャが駆け寄ってきた。
「居場所はわかった。明日には発つ」
「そっか……気をつけてね」
「ああ、留守番は任せた。金は自由に使っていいぞ」
「どのくらいかかりそう?」
「正直わからん。移動自体は往復2日で十分だろうけど、ウィングドラゴンがいつ現れるか、どのくらいで倒せるかもわからない」
「長くかかるかもしれないんだね……」
ミシャが落ちこんでいるようなので、いつものように頭を撫でてやる。
「いいか、ミシャ。おまえもいつかは独り立ちしなくちゃいけない。今回のことはそれの予行練習だと思ってがんばれ」
「独り立ち……」
「とは言っても、まだまだミシャは子供だ。いくら強くなろうとな。だから、まだ当分は俺が面倒を見る」
「うん!」
機嫌が直ったようだ。
「まあ、もうミシャはCランクだし、この機会に1人でどんどん依頼をこなしてBランクになるのもありだぞ?」
「あたしがBランクになったら、マコトは喜んでくれる?」
「当たり前だろ」
「じゃあ、マコトが帰ってくるまでに絶対にBランクになってみせる。だから、マコトもちゃんと勝ってきてね?」
「わかった。約束だ」
ミシャと指きりを交わして、明日からの遠征の準備を始めた。
出発の朝。
「女将さん。ミシャをよろしく」
「マコトさんも気をつけてね。絶対帰ってくるんだよ」
「うん」
「マコト……」
ミシャが心配そうな顔で俺を見つめてくる。
「そんな顔すんな、俺は大丈夫だよ。なんたって俺にはチート神様がついてんだからな」
「……うん。頑張ってマコト!」
「ああ。じゃあ行ってくる」
ミシャの頭をポンポンと叩いてからザインをあとにした。
ザインを出てから1日でエルディア渓谷にたどり着いた。
密度の濃い霧が辺り一面に広がっている。
適当に渓谷を探索し、ウィングドラゴンの巣穴らしきものを見つけ、その近くに潜伏すること早2ヶ月。
「今日もダメかな……」
「う~ん。こまったね」
時刻は正午ごろ。そろそろ昼飯でも食べようかと四次元袋を漁っていると……
「風が吹いてきたな……」
最初はそよ風程度だったが、次第に強くなってきた。
「あるじさま、きりが……」
「ああ、晴れてきたな。これはもしかすると……」
風はさらに強くなり、近くの落ち葉がものすごいスピードで後ろに飛んでいく。
そして、薄くなっていく霧に影がさした。
その影が徐々に輪郭を帯び始め、そして霧が完全に晴れた。
「あれがウィングドラゴンか……なんていう威圧感だ……」
現れたのは西洋竜のような体をした魔物。
体長は50メートルほどで、全身が深い緑の鱗に覆われ、頭部からは山羊のような2本の巻き角。
尻尾は長くしなやかで、爪や牙は一つ一つが刀剣のような鋭さ。荒々しくそれでいて叡智をたたえるような瞳。
なによりも一枚だけで体を覆いつくせるような雄大な翼が背中から2対生え、今も力強く羽ばたいている。
バケモノだ。間違いなく。
今までBランクの魔物と何度も相対してきたが、これは別物。別次元。
「怖えぇ……」
体が震える。
「でも、コイツ倒したらすげえぇ嬉しいだろうな!」
体が震える。そう、これは武者震いだ。
このバケモノと戦えることを、体が震えるほど喜んでいるのだ。
「よっし、やるぞアスール!!」
「うん!!」
俺の声に呼応するように、ウィングドラゴンがこちらを向いた。
戦闘開始だ。
「まずは小手調べ……『ファイヤーボール』!」
ウィングドラゴンの胴体を狙って放つ。
フォンッ
「うっそ……」
放ったファイヤーボールはウィングドラゴンの纏う風で逸らされ、横の岸壁に当たった。
そのまま今度はウィングドラゴンが両翼で風を叩きつけてくる。
「うっわ!なんつう風圧だ!?」
さらに風が強くなる。
「やばっ……うわあぁぁぁっ」
吹き飛ばされ、地面を転がる。
10メートルほど離されたところで、止まる。
「ああ!ちくしょうっ!!『アイシクルランス』!」
氷の槍を放つ。
風で弾かれる。
「『フレイムアロー』!」
炎の矢を無数に放つ。
風で炎が掻き消される。
「それなら……目には目を!風には風を!!『エアカッター』!!!」
あれ?
「『エアカッター』!」
あれれ?出ない?
「もしかして……『エアロイクイップメント』!」
風を纏……えない。
もしかしてアレか。アレなのか?
「風を支配する風の王に対しては風系統の魔法が使えないってことですか?聞いてませんよ、そんなこと!?」
(火は消される、水は弾かれる、土は届かない、風にいたっては出もしない!なんだそのチートスキル!?)
(あるじさまは、ひとのことはいえないとおもう)
(人っていうかドラゴンだけどな)
(あげあしとってるばあい?)
(すいません)
「魔法が使えないなら肉弾戦だ!」
ウィングドラゴンの元に駆け寄り、跳躍する。
「これっでどう……ぶぁっ」
ウィングドラゴンの体に到達する前に空気の壁に阻まれる。
そのまま墜落。
着地して距離をとる。
「あぁもういい!こうなりゃ全力だ!!」
助走をつけ全力で走る。
服が燃えるが気にしない。
跳躍。
「今度こそッ……べぁっ」
ウィングドラゴンの体に到達する前に空気の壁に阻まれる。
そのまま墜落。
着地……できず。
「うわ……マジかよ……」
ウィングドラゴンは上空に悠然と佇んだままだ。
ん?なにかしたみたいな表情に見える。
「ムカツク……」
睨みつける。
すると、風の刃が無数に飛んできた。
「やっばっいっよっと!」
全力で避けながら作戦を考える。
(魔法は効かない、肉弾戦にも持ち込めない。俺以外にこんなチートヤロウがいたとは……)
(どうするの?)
(それを今考えてる)
さっき全力で突っ込んだときは、風の壁に半分ぐらいめりこんだ。
速度はともかく、俺の体じゃ質量が足らないのか?
質量が大きいもの……
目の前には100メートルほどの岩がある。
投げられなくはないけど……あれだけデカイと風の抵抗が大きすぎる。
いや、待てよ?
たしか土の魔法で岩を圧縮するのがあったな!
岩のうしろに回り込み風の刃から身を隠す。
「えぇ~とたしか……あ、そうだ『ロックコンプレッション』!」
岩がどんどん小さくなっていく。
80メートル……まだだ。
50メートル……まだ。
20メートル……もうちょい。
10メートル……あとは成型して……
目の前に細長い円錐状の岩の槍ができた。
下の部分は自重に耐え切れず地面にめりこみ始めている。
岩を軽く殴る。
「上出来だ。これならいけそうだな」
古代魔術で岩をなんとか持ち上げ、先端をウィングドラゴンの胸部に狙いさだめる。あとは底面を全力で殴るだけ。
腰を落とし全身に力を溜める。
「ブラッドオークのときは肩から先しか使ってないからな……全身使って殴ったらどうなるのか、ちょっと楽しみ」
あ、そうだ!肘と肩にエクスプロージョンかけてもっと加速しよう。
マナを取り込み準備をする。
ウィングドラゴンを見据える。
上空から悠然と風の刃を打ち出している。
さっきからちょくちょく当たってちょっと切れてるんだが。
本当に……ウゼェな。
右腕を大きく引き、息を整える。
「これ食らってピンピンしてたら褒めてやるよ。羽トカゲ」
全力で殴り始める。
体の動きがスローモションのように感じる。
ゆっくりと拳が円錐の底面に近づく……今だ!
「『エクスプロージョン』!!」
肩と肘のうしろで爆発が起こり、さらに拳を加速させる。
ゴッ!
拳に硬い感触。そのまま腕を振り切る。
「いっけえぇぇぇぇッ!!!」
空気摩擦で真っ赤になりながら、岩の槍はウィングドラゴンに向かって真っ直ぐ飛んでいく。
風の鎧を貫き、
空気の壁を砕き、
ウィングドラゴンの胸部に突き刺さり、
背中から突き抜けた。
「グゥラアァァァァァッツ!!!」
断末魔の叫びを上げ、地面に墜落した。
なんとか立ち上がろうと上半身を持ち上げるが、そのまま倒れこむ。
風が止んだ。
「やった……のか?」
ウィングドラゴンに近寄り生死を確認する。
「死んでる……やった……やった!倒したぞアスール!!俺ドラゴンを倒したぞ!!!」
「やったね!!あるじさま!!!」
ひゃっほ~う!!!と手を挙げ喜ぶ。
そして歓喜の中で、俺は気づいてしまった。
「しまった……俺、全裸だ……」
そう、風の刃避け始めたときからずっと全裸。
ウィングドラゴンにとどめを刺したときも全裸。
「締まらねぇ……というかダセェ……」
「まぁ、そんなにおちこまないで。あるじさまは、どらごんをたおしたんだよ?すごいことだよ!」
「……そうだよな。喜ばないとな!」
「うん!ところであるじさま……」
「なんだ?」
「きがえはもってきた?」
「あ」
アルフレッドさん宛てに、ウィングドラゴンの回収隊の派遣してもらうように書いた手紙を伝書鳩の足にくくりつけて飛ばした。
回収隊が来るまで1週間ほどかかるだろう。
しかし、俺はウィングドラゴンの死体を見張っていなければならないので回収隊が到着するまでここを動けない。
「どうしよう?」
「とりあえず、はっぱでもさがしたら?」
「そうだな。なにもないよりましか……よし。アスール探しに行くぞ」
「ごー!だね!!」
ダセェ。マジでダセェ……
葉っぱ一枚あればいい。