初めての依頼 極めつけの依頼
可愛い子には、旅をさせましょう。
ミシャと初めての特訓から1ヶ月。実地試験も兼ねながらミシャとは何度か一緒に依頼に行った。
ミシャの成長は著しく、もうそんじょそこらの冒険者が束になっても敵わないだろう。
そんなミシャもDランクになり、今回はCクラスの昇格依頼を受けることになった。一人で。
ザイン南門前。
「地図と食料は持ったか?」
「うん」
「ナイフの手入れはしてあるな?」
「うん」
「盗賊とかにあったら適当にあしらわないでちゃんと殲滅するんだぞ」
「……殺すの?」
「殺す必要はない。ただ完膚なきまで叩きのめせば、次に目の前通ろうがあっちから逃げてくれて便利だ」
「なるほど」
「よし、じゃあ最後にアドバイス。どんな不測の事態になっても冷静に対処すること。わかったな?」
「それはちゃんとわかってる」
「よし、それじゃあ気をつけて行っておいで」
「うん!今日中か、遅くても明日には帰るから!!」
手を振りながら走り去って行くミシャを見送る。
(大丈夫かな……)
(みしゃちゃんに、あのこといってないんでしょ?)
(まあ、それはわざとなんだけどな)
今回ミシャが受けた依頼は、村を襲撃したゴブリンの殲滅。ゴブリン単体はEランクはおろか、Fランクの冒険者でも容易に倒せる。
しかし集団になると一気にDランクの冒険者でも手こずる相手になる。そのうえミシャが今受けてる依頼には、恐らくゴブリンの上位種であるキングゴブリンが出る。
キングゴブリンは単体でCランククラス。ゴブリンの群れを率いているとなるとBランクにも相当するだろう。
だが今回、ミシャが依頼を受注する際に、イリヤを通してあえてキングゴブリンの情報を隠した。
(なんでそんなことしたの?)
(たとえキングゴブリンだろうが、今のミシャの実力なら十分に倒せる。むしろ余裕だ)
(そうなんだ)
(でも、一番怖いことは慢心することだ。慢心は隙を生む。もしこれからミシャが独り立ちするときは一番気をつけて欲しいことだ)
(ふぅ~ん……)
(だから今回はあえて情報を隠した。忠告するより身をもって知ったほうがいいからな。まあ無事に帰ってきたら、ちゃんと事情は説明するけど)
(しんぱいじゃないの?)
(多少はな。ただライオンは危険だとわかっていても、子供を谷に突き落として試練を与えるって言うし、これも俺のミシャに対する愛だよ)
(そのあいを、もっとちがういみでとらえてくれればみしゃちゃんも……)
(なんか言ったか?)
(……なんでもないよ)
(まあ、もしなんかヤバイことがあっても……)
(あっても?)
(チートの神様がどうにかしてくれんだろ?)
(そだね)
アスールと喋りながらザインに戻った。
俺にはミシャが依頼を受けている間にやることがあったので、ザインの防具屋に向かった。
防具屋で職人のドワーフと話をする。
「燃えない服ねぇ……鎧じゃだめなのか?」
「あんまり動きづらいのは嫌なんだ」
「すまねえな。そうなると俺っちの店ではねえよ」
「そうか、ありがとう……」
ドワーフに別れを告げて店を出ようとする。
「ああ、待ってくれアンちゃん!俺っちの店では用意できないが、アドルフ爺さんならなにか知ってるかもしれねえ」
「アドルフ爺さん?」
「アドルフ爺さんは骨董店やっているエルフの爺さんだ。今年で320歳になる」
320!?そうか……エルフは長命だったんだよな。
「その人がなにか知ってるのか?」
「ああ、なにせ300年も生きてるからな。たぶんシルフィア王国で一番の物知りだ。一部の間じゃあ賢者とまで言われてる」
「じゃあその人に会えれば……」
「だけどな、アドルフ爺さん相当偏屈で頑固でな。自分の気に入ったやつしか相手にしねえ。まあ顔は広いみてえだから、誰かの紹介状でもありゃ別なんだが……」
「そうか……」
「とりあえずアドルフ爺さんの骨董屋の地図をやるから、気が向いたらいってみな」
ドワーフから地図を受け取り店を出る。
やっぱり会いに行ってもだめかな……
(あるじさま。いちどやどにもどってくれない?)
アスールが唐突に語りかけてきた。
(なんでだ?)
(かくにんしたいことがあるんだ)
(……わかった)
ワノクニ亭の自室まで戻り、押入れからギジェットさんの書状を出す。
(あてなをかくにんして。あるじさま)
(宛名……)
書状を裏返して確認する。
《アドルフ先生へ》
これをもらったときのギジェットさんの言葉を思い出す。
「ザインで骨董屋をしてて、顔が広いアドルフ……つったら2人もいないよな。アスールの確認ってこういうことか?」
「そういうこと!」
光明が見えた。書状を持ってアドルフ爺さんの店に向かう。ギジェットさん。ありがとう!
ザイン大通りから裏路地に入り、地図にあった道を進むとその店はあった。
「アドルフ骨董店……ここか」
看板が樫の扉の上にポツンとあるだけ。あとは中の様子もわからない。
とりあえず中に入る。
店内は薄暗く、灯りもない。かろうじて壷や刀剣が見えるぐらいだった。
「誰もいないのか……?」
人の姿は確認できない。気配もしない。
「ここは一見さんお断りじゃ」
「うわっ」
突然うしろから声をかけられた。
「あなたがアドルフさん?」
「いかにも。ワシがアドルフじゃ」
エルフ耳の老人。見た目は80歳ぐらいか?
頭は禿げ上がり、口元には30センチはあろうかという真っ白な髭を蓄えている。
服装は裾がぼろぼろになった灰色のローブ。
顔には深い皺がいくつも刻まれているが、鼻にかけるタイプのメガネの奥の眼光は威圧的で鋭い。
「たしかに賢者って感じだな……」
「おい小僧。偶然ここに来たわけじゃないんじゃろ。ワシになんの用事じゃ?」
「あっと……ギジェットという人物をご存知ですか?あなた宛に書状を預かってきたんですが」
「見せてみろ」
ギジェトさんから貰った書状を手渡す。
「ふむ……この蝋印。たしかにギジェットのものようじゃの。あやつは元気にしておったか?」
「はい、いつも変な研究していました」
「あやつも変わらんようじゃな……」
アドルフさんはそう苦笑しながらつぶやくと、書状を読み始めた。
書状を読み終えて、アドルフさんは俺に向き合った。
「で、なにか困りごとか?」
「話を聞いてくださるんですか!?」
「一応かわいい弟子からの頼みだからのう」
「弟子?」
「ギジェットのことじゃ。あやつは昔、ワシに魔術を教わっておったんじゃよ」
「そうなんですか?」
「うむ。ギジェットはああ見えて、100年に一人いるかいないかという天才じゃ。そのやつをして鬼才と言わしめるお主に興味が湧いてきた」
そんな凄い人だったんだ。意外を通り越して納得できるな。天才とアレは紙一重って言うし。
「して、用件は」
「実は……」
身体能力のせいで服が燃えることと、あと力がありすぎて本気で使える武器がないことを相談した。
「空気摩擦で服が燃えるじゃと?その様子だと事実のようじゃの。たしかに人間離れしておる」
「すいません」
「まぁよい。それに関しては一つ有益な情報があるぞ?」
「本当ですか!?」
「ああ。ときに、お主は冒険者なのだろ?ランクは?」
「Bです」
「なるほど……。ちょいと聞くが、今このフェアレイド大陸にBランクの冒険者が何人いると思う?」
「5000人ぐい?」
「大体1万人ぐらいじゃ。このザインにも20人ほどおる。ではAランクは何人いると思う?」
「えぇっと、Bで1万なら2000人ぐらいですか?」
「0じゃ」
えっ!?
「現在フェアレイド大陸にAランクの冒険者はおらん」
「どうして……」
「誰もAランクにはなれんからの。まあ、歴史を紐解けば、過去に何人かはいたようだが」
「どういうことですか?」
「冒険者ギルドが設立された当初から、ランクの判定基準は変わっておらん。つまり、BクラスからAクラスに昇格する依頼を過去数百年間で数人しかこなせなかったということじゃ。ほかのランクで昇格することは容易だがBランクからAランクにあがることは絶望的に難しい。だから、昔からBランクとAランクの間には〔あるもの〕があると言われておる。なんだかわかるか?」
「……わかりません」
「通称〔人の壁〕じゃ。この壁を越えたものはAランクに昇格すると共に、文字通り超人になる。人を超えたものじゃな」
「そんなに難しいんだ」
「正直に言って、Aランクの依頼はどれも人智を超えるものばかりじゃからな。そうでなくてはこなせない」
「はぁ……今の話が俺の問題とどういう関係に?」
「お主が欲しておるものだがな、技術的にはできる。ただし材料がない」
「じゃあ材料があれば、できるわけですね?」
「極論じゃがの。ただしその材料の持ち主を倒さんことには手に入らん」
「持ち主……倒す……ということは相手は魔物ですか?」
「そう、風の王ウィングドラゴン。お主の衣に必要な素材の持ち主にして。Aランク昇格のためのターゲットじゃ」
ドラゴン……ファンタジーの定番キタコレ!!
「あまり驚いておらんようじゃの?相手は一晩で町一つ壊滅させる災厄レベルの化け物じゃぞ?」
「でも倒さなきゃ作れないなら、倒すまでです」
「っほっほぅ……吹かしよるな?」
「なにせこっちには神様がついてますから」
「神が?」
「まあ、こっちの話です。気にしないでください」
「……ウィングドラゴンは風の王の名が示す通り、この世界の風や空気を支配しておる。その素材から作られたものは、一切の風の抵抗を受けない」
つまり空気摩擦も起こらないと。
「もしお主が倒すことができたなら、ワシの知りあいの腕利きドワーフに無償で装備を作らせよう。もちろんお主の要望に応じたものをな」
「ありがとうございます」
「そしてお主が無事に帰ってこれたら、ワシからも個人的に贈り物をやろう」
「贈り物ですか?」
「ああ、楽しみにしとれ。ウィングドラゴンの情報だがの、あやつは住処を転々としておるため居場所をつかむのに時間がかかる。わかり次第ギルドを通して伝えるので、しばらくは討伐の準備でもしとれ」
「了解です。じゃあ失礼します」
「うむ。また会えるの楽しみしておるぞ。えぇ……お主名は?」
「真。武藤 真です」
「そうか。ではなマコト」
「はい」
挨拶を交わしたあと、アドルフの店をあとにした。
(遂にドラゴン討伐か……楽しみだなアスール?)
(うん!でもあるじさま。ゆだんたいてきだよ?)
(わかってる。ミシャの手前、俺が油断するわけにはいかないだろ?)
(そうだね)
(とりあえずワノクニ亭に戻ってミシャを待つか)
(ごー!だね!!)
ウィングドラゴンね。楽しみ楽しみ。
次回、ドラゴンに挑みます。