エピローグ
※病気・医療・不妊治療・ドナー等に関する描写は現実と異なる場合がございます。
恐れ入りますが、予めご了承の上お読み頂けますよう宜しくお願い致します。
空を見てた。
紺碧の中にちらりと見える雲の白さがまた美しい、紛れもない夏の晴れ空。
『雨の降る日に逢ったやつとは、大概いつも長い付き合いになるんだ。
だからきっと、あんたともそうだな』
初めて逢ったあの日の声が、鮮やかに蘇る。
あの時からずっと、二人の思い出は、雨にばかり彩られてる。
初めてのデート。初めてのキス。初めての夜。再会したあの日。そしてあの、幸せな結婚式・・・・・。
――――お兄ちゃん
「――――沙織っ!?」
慌てて振り向いた。
だけどそこには誰もおらず、ただソヨリと、優しい風が吹き抜けるのみだった。
「・・・・・・いるわけ、ないよな」
呟き、もう一度向き直った。
目の前には、さきほど磨いたばかりの御影石に、備えたばかりの線香と花束。
あれから間もなく。代理母への卵子提供を終えた沙織は、そのまま手術を受ける事なくこの世を去った。
満足そうに笑顔を浮かべた、安らかな最期だった。
遠くから声がした。
俺はその声に向かって応え、こちらへ手招きした。
それに気付いた彼女が、ゆっくりとこちらに歩いて来た。
「・・・・・・久しぶりですわね、一さん。お元気でした?」
黒い服を着た小さな女の子を伴ってやって来た彼女は、懐かしそうに目を細め、柔らかく微笑んだ。
「ああ、久しぶりだな。元気だったか、千歳。大きくなったな、沙良ちゃん」
千歳の手を握る小さな女の子の頭を撫でると、その子はギュッと千歳にしがみついた。
「沙良ったら、もう・・・・。ごめんなさいね、この子相変わらず人見知りで」
千歳が申し訳なさそうにその眉をしかめた。
「いや、いいんだ。ありがとう、連れて来てくれて。アイツも、喜んでると思う」
千歳は何も言わず、ただ黙って、寂しげに微笑んだ。
それからおもむろに眼前の御影石に向かって手を合わせ、傍らの小さな女の子にも同じようにするよう促した。
「ご挨拶なさい。元気ですって」
女の子は頷き、石の前で手を合わせた。
俺はその様子を穏やかに見つめ、それからもう一度空を見上げた。
――――沙織、見てるか?
語りかけたその時、ふいに雨が降り出した。
空は綺麗な晴れ空のままだというのに・・・・。
――――ああ、お前なんだな。
ここにいるよと、聞こえた気がした。
――――大丈夫。俺も、子供も、千歳も、皆元気だ。
そよそよと風が吹き、雨が止んだ。
「あ、かあさま、みて!にじだよ!!」
小さな指で示された先を見ると、遠い向こうの空に、綺麗な虹がかかって見えた。
「まあ本当。綺麗ね・・・・」
虹を見て喜ぶその子を見て、俺と千歳は穏やかに微笑んだ。
「千歳、これからもその子、よろしく頼むな」
「ええ。沙良はわたくしとあの人、それに一さんと沙織さん、4人の娘ですもの」
愛しそうに子を見つめるその瞳は、すっかり母親のそれだった。
時は、ゆっくり流れて行く。
俺も、千歳も、そして沙良も、時と共に変わって行くだろう。
移り行く時の中で、俺は笑って生きよう。
それがきっと、空で見てるカヨや沙織への、一番の恩返しだから。
――――ありがとう。
吹き抜けた風にのって、聞こえた気がした。
歩き出そう。思い出を胸に。
いつかまた、誰かとキスの雨を降らす、その日まで・・・・・。
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<作者より一言>
最後まで【レインキス】をお読み頂き誠に有難うございます。
もともと体験談に基づくセミフィクション小説として、記憶の保管を目的に始めたこの小説ですが、途中から完全フィクションの小説となりました。
書き始めた当初は数人にしか読まれていなかったのですが、いつの間にか一日何十人もの方が読んで下さるようになり、作者として大変嬉しく、皆様の存在が執筆の励みとなっておりました。
これまでこの作品を読んで下さった全ての皆様。皆様のおかげでここまで頑張って執筆を進める事が出来ました!
アルファポリスなどに投票して下さった皆様には、事の他感謝申し上げます。
この作品を読んで下さった全ての皆様。本当に有難うございました!
【レインキス】はここで終わりを迎えましたが、今後は沙織が主人公の【ドロップ】を書きすすめていきたいと思っております。
もし宜しければそちらの方もご覧頂けると大変嬉しく思います。
まだまだ拙い文章力しかなく、甚だ恐縮ではございますが、今後とも私の作品をお読み頂けるよう努力していきたいと思います。
読者の皆様、どうぞ今後とも宜しくお願い申し上げます。
追記:
この作品を書くにあたり、お力添え頂いた水無月 岳様。
貴方様の若く鋭い感性には、幾度となく感心させられ、物語を書きすすめるにあたり大変な力となりました。
色々と御助力頂き本当に感謝に尽きません。この場を借りてお礼申し上げます。本当に有難うございました。