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レインキス  作者: 七瀬 夏葵
第五章「思いの果て」
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Act.70「月下の告白」

※病気・医療・不妊治療・ドナー等に関する描写は現実と異なる場合がございます。

恐れ入りますが、予めご了承の上お読み頂けますよう宜しくお願い致します。

目覚めた時、最初に目に映ったのは、ぼんやり見える白い天井だった。

やけに薄暗いその天井を見つめていると、すぐ傍で声が聞こえた。


「一さん!目が覚めましたのね!?」


見ると、薄暗い部屋の中、傍らに千歳がいるのが目に入った。


「・・・・千歳・・・俺は・・・・うっ!」


起き上がろうと身体を捻ると、ズキッと鋭い痛みが走った。


「いけません!まだ動いては!傷口が開いてしまいます!」


――――傷口?


言われて、思い出した。

そうだ。確か俺は、あの時沙織を庇って千歳に・・・・。


「ごめんなさい一さん、わたくし・・・・」


その美しい黒曜石のような瞳から、みるみる内に大粒の滴が溢れだした。

俺は、その滴を拭おうと手を伸ばした。


「――――くっ!!」


途端に、痛みが走る。


「一さんっ!」


慌てて千歳が俺を制した。


「ダメです!動いては!!」


心配そうにその美しい眉をしかめた彼女に、俺は苦笑いを浮かべながら言った。


「・・・大・・丈夫・・・」


痛みを堪えて上半身を起こした。

窓の外を見ると、すっかり日が落ちて、冴え冴えと光る満月が見えた。

俺はそのまま千歳に手を伸ばし、その頬に伝う滴を拭った。

月光に照らされた薄暗い部屋の中でも、その目が赤く染まっているのが見て取れた。


「・・・・ごめん・・・。心配、かけたな・・・・」


そう言うと、また彼女の目から大粒の滴がぽろぽろ零れた。


「・・・・そんな・・・ごめんなさい・・・わたくし・・・わたくしが・・・・」


その細い肩を抱き寄せ、優しく頭を撫でた。

サラリ。

千歳の長い髪が、指の隙間を流れる。


「・・・・いいんだ。いいんだよ、千歳・・・・。悪いのは、俺だ・・・・」


思わずくっと歯噛みした。

彼女をあそこまで追い詰めたのは、他ならぬ俺自身なのだ。


「・・・・うぅっ・・・・一・・・さん・・・・」


みるみる内に、熱い滴が俺の胸を濡らしていく。

車椅子生活での不自由な生活を強いられながら、一度たりとて泣きごとを零す事無く、ずっと俺を支えてくれた千歳。周囲に後継ぎを望まれながら、子供が出来ないプレッシャーに、ずっと一人で耐えて来たのだろう千歳。夫婦の時間さえろくにとれず、あろうことか、他の女性と過ごしていた俺に、恐らくずっと気付いていて、それでも何も言わずにいてくれたのだろう千歳。その千歳が、今、俺の胸で、肩を震わせ、泣いている・・・・。


「・・・・千歳・・・・すまない・・・・・・」


思わず謝ると、彼女はふいに顔をあげ、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、掠れた声で言った。


「・・・・いいえ一さん、悪いのはわたくしです。だってわたくし、本当はあなたに酷い嘘を・・・・」


「嘘?一体何の事だ?」


尋ねた俺に、彼女は躊躇いがちに目を伏せ、少しの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。


「・・・・わたくしの、脚・・・・。本当は、とっくに治っていたんです!!」


「――――――っ!!」


思わず言葉を失った俺の前で、彼女は言葉を続けた。


「怖かったんです!脚が治れば、もう一緒にいて下さらないのではないかと!だから、だからわたくし・・・・」


ボロボロと涙を零しながらかぶりを振った彼女を前に、俺は頭が真っ白になった。


「そんな・・・。ウソ・・・だろ・・・?一体、いつから・・・・」


「ずっと・・・です。わたくしの脚は、最初から、半年あれば治る怪我だったんです。でもわたくし、主治医に嘘をつかせて、ずっとあなたを、騙し続けて来たんです!」


――――信じたく、無かった。

始まりはどうであれ、俺は千歳を、本当に愛しいと思っていた。

大事にしたかった。千歳を。共に過ごす時間を。彼女の想いを。

だからこそ決意した。捨てようと。この胸を焦がす、アイツへの想いを。

ようやく決めたんだ!アイツに別れを告げ、千歳と共に生きて行くんだと!

なのに・・・・!!


「なんで・・・・どうして、そんな・・・・!?」


「手に入れたかった!失いたくなかった!だって、初めてだったんです!わたくしに三城院の娘としての価値を求めなかった人は!」


まっすぐに俺の目を見つめ、千歳は必死な声で続けた。


「あなたは求めなかった!誰もが・・・おじい様や叔母様でさえ、わたくしに三城院の娘としての役割を求めてましたのに・・・・。だから、だからわたくし・・・・」


ボロボロと大粒の涙が零れた。

結婚してからでさえ、頑なに教えようとはしなかった、彼女が俺と結婚を決めた理由・・・・。

それがまさか、こういう事だったとは。


「・・・・・・少し、一人に・・・してくれないか・・・・」


「・・・・一さん・・・・」


すがるようなその瞳を前に、俺は無機質な声で告げた。


「・・・・出て行って、くれ。頼む・・・・」


そんな俺を前に、千歳は黙って涙を拭い、一礼すると部屋を出て行った。

彼女が病室を出るのを見送った後、俺はただ茫然と、窓の外を見た。

暗い空に、ぽっかり浮かんだ、白い、月・・・・。

白いベッドの上、声もなくただ、泣いた。

一人きりの病室で、月だけが、静かに、見ていた・・・・。

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