Act.6「雨と彼女と買い物と」
ああもう。何だってこんなに顔が熱いんだよ!
アイツに顔見られたら、絶対変に思われる。
ここで警戒されたら部屋になんか来てくれないかもしれない。
そんな思いが頭をよぎる。
正直、どうこうしようなんて気はない。
いや、ちょっとはあるけど、そんな事よりアイツの手料理の方がずっと大事で。
それ以前にこんなところで気付かれたくない。そんな考えが次々によぎった。
「ねー、待ってってば!」
速足で歩く俺に追いつけない彼女を置いて行く形で、俺はそのまま肉売り場に直行した。
早く治まれ、俺の顔!
何とか平静を取り戻そうと、速足に歩きながら深呼吸してみた。
やりにくい事この上なかったが、それでも何とか顔の熱がひいたようだった。
「ねえってば!」
ついに追いついた彼女が俺の後ろからシャツを掴んだ。
「足、速い!!」
「掴むな!シャツ伸びる!!」
口をついて出たのは、そんなアホな台詞だった。
「えー、だってアンタ、止まってくれないんだもん」
口をとがらす彼女に、俺は仕方ないというように大袈裟に溜め息を吐いた。
「悪かったよ。ほら、肉売り場、ここだから」
ショーケースに並んだ肉はどれもグラム単位の量り売りだ。
俺は彼女に問いかけた。
「肉、どれをどのくらい使うんだ?」
「鶏モモ肉。300gくらいかな」
俺はショーケースの向こう側にいる店員に向かって注文をし、肉を受け取った。
ビニールに入れられ、値札の貼られたそれをカゴに放りこむ。
「これでいいか?後は?」
「ん、調味料。アンタんとこ、みりん、酒、醤油、砂糖、味噌はある?」
問われて俺は、部屋にある調味料を思い浮かべた。
「えーと、たしか、砂糖はきれかかってたな」
「じゃ、砂糖買おう。あと、ダシの素材なんだけど、何かある?」
「粉末のやつ」
俺の返答に、彼女はあちゃー、というような表情を浮かべた。
「それじゃダメだね。せめてカツオ節とか買わないと」
という訳で、俺達は調味料のコーナーへとやって来た。
まずは砂糖をカゴに放りこむ。後はダシなんだが・・・・。
「ん?何だそれ?」
彼女が手に持ってる物を見て、俺は尋ねた。
それは、麦茶のような白い幾つかのフィルターパックが入った物だった。
「あ、これ?お徳用だしパック。これ一つでカツオ節も煮干しも色々入ってるの」
彼女いわく、粉末よりきちんとダシがとれるらしい。
「ふぅん。お前、よくそんなの知ってるな」
「まぁね。よく使ってるから」
だろうな。ちなみに俺は見た事も聞いた事も無かったぞ。
「さて。後は卵と魚肉ソーセージかな」
「じゃ、あっちだ」
俺は彼女を連れ、再びスーパー内を歩き出した。
俺達はおひとり様1パック限定77円の卵Mサイズ10個入りをカゴに入れ、最後に魚肉ソーセージをカゴに放りこむとレジへと向かった。
レジは空いていて、俺達はあっさり会計を終えると、せっせとカゴの中身をビニール袋に詰め込んだ。
「よしっと。さ、行こう」
袋詰めを終えた俺は、彼女を連れて店外へ出た。
雨はもう小降りになっていた。
「走るぞ!」
俺は両手に袋を提げ、車へと走り出した。
「あ、待ってよ!」
彼女が俺の後ろから走って来た。
荷物を持っている俺の方が遅そうなのに、いかんせん彼女の方が足が絶望的に遅いようだ。
俺はあっさり車にたどり着き、キーを開けて袋を後部座席に積み込んだ。
「はぁはぁ・・・・。足、速いね」
ちょっと走っただけなのに息を切らしている彼女を見て、俺は皮肉まじりに笑顔で言った。
「お前、自転車はあんなに早いのに足は遅いんだな」
「ひどいなぁ。まあ、事実だからしょうがないけど」
小さく溜め息を吐いて、彼女は助手席に乗り込んだ。
俺も運転席に乗り込み、シートベルトを締めると車を発進させた。