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レインキス  作者: 七瀬 夏葵
第五章「思いの果て」
69/75

Act.68「密かなる決意」

※病気・医療・不妊治療・ドナー等に関する描写は現実と異なる場合がございます。

恐れ入りますが、予めご了承の上お読み頂けますよう宜しくお願い致します。

出会った事を後悔しているかと聞かれたら、後悔など微塵も無いと断言出来る。

この胸を焦がすのは、アイツへの愛情と不安。そして、罪悪感・・・・。


「一さん、お帰りなさい。遅かったんですのね」


屋敷の広間で帰りを待ってくれていた千歳に、俺はスッと一枚の紙を差しだした。


「・・・・一さん、これ!?」


「見ての通りだよ」


何の感情も込めず言い放った。

その紙きれを見つめる千歳の顔色がみるみる内に変わって行く。


「――――そんな!どうして!?わたくし、何か至らない事でも!?」


渡したその薄っぺらい紙は、昼間俺が市役所から貰って来た離婚届だった。


「君の望みに、俺は応えられない。男として、君を幸せにはしてやれない。だから・・・・」


「そんな・・・・わ、わたくし・・・・」


狼狽する千歳に、俺は出来るだけ感情を込めず言葉を続けた。


「千歳。君が子供を欲しがっていた事は知ってる。このまま不妊治療を続けても、俺の身体じゃ君の望みに応えられる可能性は低い。それは君だって分かってるだろ」


治療を始めてもう3カ月。つい先日、医師にも宣告されていた。

このまま治療を続けても、俺自身の能力では力が弱すぎて、自然妊娠はおろか、人工妊娠さえ難しいだろう、と。


「千歳。君はまだ十分若く魅力的だ。俺なんかより君に相応しい男がたくさんいるだろう。俺と別れて、健康な男と幸せになってくれ」


「そんな!一さん以外の方と結婚だなんて、考えたくもありません!!」


かぶりを振り、必死な表情で否定する彼女に、俺はなおも冷たく言い放つ。


「ならどうする?このままいけば、君は子供は望めない。他の男の協力を受けて、俺の目の前で俺以外の男の子を産むとでも?」


残された手段は少ない。自然性交はおろか、体外受精でも俺のものが役に立たないなら、他の男のものを代用するより他ない。

それは歴然とした事実であり、千歳自身もよく分かっている筈だった。


「・・・・・・それは・・・でも、わたくしは・・・・」


うつむき、黙りこんでしまった千歳に背を向け、俺は無表情に言った。


「あの時俺は、君に不自由な生活を強いる事になった責任として、君を愛すると誓った。だが、他ならぬ俺が君を不幸にするのなら、最早君の傍にいる資格など、ない」


「・・・・一さん、わたくし、あなたが傍にいて下さるなら、子供なんて・・・・」


美しい黒曜石のような瞳から、ボロボロと涙が零れた。


「・・・・・・千歳・・・」


車椅子の傍に寄り、そこに座る彼女の身体をそっと抱きしめた。


「・・・・悪かった。苦しかったんだ。君の望みを叶えてやれないのが」


千歳は、俺の所為で不自由を強いられるようになった。

だからこそ、俺は彼女の為に、出来る事は何だってしてあげたいと思って来た。

なのに・・・・・・。


「・・・・いいんです。いいんですの。わたくし、あなたがこうして傍にいて下さるだけで、十分幸せなんですから」


千歳の艶やかな黒髪を優しく撫でる。

この腕の中にいる彼女を、大事にしたいと思った。

始まりはどうであれ、俺は彼女を、間違いなく大切に思っている。


「ごめん千歳、俺は・・・・・・」


こうして抱く千歳の事を、大事だと思う。

だけど俺は、ずっとその千歳を裏切って、沙織と・・・・。


「一さん、謝らないで下さいな。ねえ、今夜は久しぶりにゆっくりワインでも飲みません?実は、一さんがお好きなアレ、用意してありますの」


千歳が言うアレは、俺が大好きな銘柄のワインだ。

希少価値のある物であまり手に入らない事もあり、俺達は結婚記念日や誕生日以外には飲まない事にしていた。


「どうして・・・・」


記念日でもないのに、と訝しむ俺に、彼女は悪戯っぽく微笑んだ。


「一さん、ここのところ落ち込んでましたでしょう?少しでも元気になればと思って、内緒で手配しておきましたの」


それを聞き、俺は思わずもう一度千歳を抱きしめていた。


「・・・・ありがとう、千歳」


千歳は、こんなにも俺を思ってくれる。

自分の事しか考えてないような、こんな、俺を・・・・。


「どうしたんですの一さん、苦しいですわ・・・・」


慌てて身体を離した。


「ごめん。つい・・・・」


千歳の気持ちが、嬉しくて、辛かった。

こんな千歳を裏切っているのだと思うと、いたたまれなかった。


「ふふ。いいんですのよ。一さんから抱きしめて下さるなんて、久しぶりですもの。ねえ、もう一度抱きしめて下さいな。今度は、優しく、ね」


悪戯っぽく笑う彼女を、優しく抱きしめた。

甘い薔薇の香りが香る。

千歳がいつもつけている、薔薇の、香水・・・・。


「千歳、愛してる・・・・」


そっと唇を重ねた。

柔らかなその唇から漏れる甘い吐息を感じながら、ふっと沙織の事を考えた。


病に侵され、未来さえ危うい彼女。

けれど俺は、この腕の中の千歳と、共に生きていかなければならない。

だから・・・・・・。


密かな決意を胸に、俺は甘い香りに身を委ねるのだった。

<作者より一言>

いつも【レインキス】を読んで下さって有難うございます☆

最近は本当に一日何十人もの方にこの小説を読んで頂けているようで、心から嬉しく思います。

長く続いたこのシリーズも、もうじきフィナーレを迎えます。

読者の皆様。相変わらず拙い文で甚だ恐縮ではございますが、最後までお楽しみ頂けるよう頑張って書かせて頂きますので、どうぞ宜しくお願い致します。


追記:

いつもアルファポリスなどランキングに投票して下さっている読者の皆様、本当に有難うございます。

投票されているのを見る度に励みになっております。

この場を借りてお礼申し上げます。本当に有難うございます☆

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