Act.64「愛欲」
※病気・医療・ドナー等に関する描写は現実と異なる場合がございます。
恐れ入りますが、予めご了承の上お読み頂けますよう宜しくお願い致します。
バタバタと白いシーツがはためく。
ひとしきり泣いた後、沙織は顔をあげた。
赤くなった目が痛々しい。俺はその涙を拭い、もう一度抱きしめた。
「・・・・・・沙織・・・。会いたかった・・・・」
ギュッと腕に力を込めると、沙織が苦しそうに呻いた。
「悪い、苦しかったか?」
慌てて身体を離すと、沙織は苦笑を浮かべてこちらを見た。
「お兄ちゃん、少し、痩せた?」
「そうか?お前こそ、何か随分痩せたんじゃないか?ちゃんと食べてるのか?」
本当に、目の前の彼女の身体は、何だか随分細くなっているように感じた。
丸かった筈の顔も、シャープになった、というか、何だか頬がこけたように見える。
「・・・・ん、あたしの事より、お兄ちゃんは?元気だった?」
曖昧に濁された言葉に、何だか妙な不安を覚えた。
あの頃より随分痩せた彼女。着ている病院の患者服。まさか・・・・・。
「俺は、大丈夫だよ。元気にやってる。忙しくはあるけど。それよりお前、ここに入院してるのか?どうしたんだよ、どっか悪いのか?」
俺の問いに、彼女は「ん・・・・」と曖昧に言葉を濁した。
「なあ、本当にどうしたんだよ?まさか・・・・」
嫌な予感がよぎる。
“あの時”のカヨと、目の前の彼女の姿が重なる。
俺は堪らず、彼女の肩を掴んだ。
「なあ、頼むよ。正直に言ってくれ!嫌だよ俺、大切なやつが、知らないところでどうにかなるのは、もう・・・・」
「お兄ちゃん・・・。分かったよ。本当はずっと話さないでいたかったんだけど・・・」
そう言って彼女は、まっすぐ俺の目を見つめた。
「・・・・あたしね、子宮癌だったの」
「なっ・・・・!し、子宮・・・癌・・・・!?じゃあ、まさか・・・・」
驚く俺の前で、彼女は静かに頷き、言葉を続けた。
「・・・・うん。ごめんね、“あの時”のあれは、子宮外妊娠だけじゃないの。腫瘍があったんだよ。子宮に・・・・」
「なんだよ、それ・・・・・・。そんなの、俺、知らない・・・・」
医師には、子宮外妊娠だとしか聞かされていなかった。まさか、そんな・・・・。
「・・・・先生には、黙っててってお願いしたの。あの時はまだ、悪性か良性かもわからなかったし、余計な心配かけたくなかったから」
それに。と彼女は続けた。
「カヨさんの事があるのに、もしあたしまでどうにかなったら、お兄ちゃん、今度こそ本当に死んじゃうじゃないかって、心配だったから・・・・」
ああそうか。俺がカヨの後を追って自殺未遂した事を話したから、沙織はそんな心配を・・・・。
「・・・・ごめん。俺があんな事話さなければ、お前が一人でそんな事抱え込まなくて良かったのに」
「違うよ!あたしが勝手に黙ってただけだもん。勝手に黙ってて、勝手に別れた。本当に、それだけなんだから・・・・・」
必死に否定する彼女に、俺は思わず涙が出そうになった。
コイツは、いつだってそうだ。いつだって、何でも自分一人で抱えようとして、一人で泣いて・・・・。
瞬間、俺は彼女を抱きしめていた。
「―――― お兄ちゃん!?」
驚く彼女を抱き寄せたまま、片手で頭を優しく撫でながら静かに言った。
「・・・・もういい。もう、いいから・・・・」
――――辛かったよな。苦しかったよな。一人で、ずっと・・・・。
「・・・・何も言わなくていい。傍にいさせてくれ。頼む・・・・」
「・・・・お兄ちゃん・・・・」
頭を撫でていた手を、そっと彼女の顎にかけた。
上を向かせ、その唇を塞ぐ。
温かい感触。熱が、彼女の唇から伝わる。懐かしい、彼女の温もり・・・・。
「・・・・・んっ・・・・ふぅ・・・・」
漏れる熱い吐息に、ドキリと心臓が跳ねる。
夢中で歯列を割り、中へと侵入した。口内の隅々まで、味わうように蹂躙し、彼女のそれと絡ませてくすぐる。
互いの身体がどんどん熱を増して行き、熱い吐息が漏れる。
久しく味わっていなかった彼女の感触。鼓動。熱。匂い・・・・。
鮮やかに蘇る感覚に、このまま、もっと先まで行きたい衝動に駆られる。
すぐそばではためくシーツを下に引っ張り、その影に隠れるように彼女を誘導した。
「沙織・・・・愛してる・・・・」
再び口付け、彼女の患者服の襟元から、その柔らかな身体の曲線に手を伸ばした。
「あっ・・・・だめ、こんなとこで・・・・・」
熱のこもった声が漏れ、彼女の手が僅かな抵抗を見せた。
俺はそれを強引に振り払い、片手で拘束した。
抑えられない衝動が、俺を突き動かしていた。
「愛してる・・・・・」
耳元に囁き、再び唇を塞いだ。
たとえどんな現実があったとしても、今だけは――――。
互いの熱で溶けてしまいたい。
その情欲だけが、俺を支配していた。




