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レインキス  作者: 七瀬 夏葵
第五章「思いの果て」
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Act.60「冷たい別れ」

ふいに携帯電話のメロディが鳴り出した。


「あっ・・・・」


乱暴に腕を引きはがされた千歳お嬢さんがこちらを恨めしそうに見たが、俺は構わず胸ポケットに入れていた携帯電話を取り出し、素早くそのディスプレイを見た。


「なっ!?」


思わず驚愕の声をあげた。

無機質なディスプレイに表示されたそれは、沙織からのメールだった。

たった一言。


『さよなら』


と・・・・。

すぐさま携帯電話のアドレス帳を開き、沙織の携帯電話へとかけた。


トゥルルルル・・・・・


響くコール音が異様に長く感じる。

5回ほど鳴った時だったろうか。


『・・・・はい』


繋がった!!

安堵感と不安がごちゃまぜになり、俺は一気にまくしたてた。


「さっきのは何だよ!?一体どういう意味だ!まさか・・・・」


電話の向こう側から、深い溜め息が漏れるのが聞こえた。


『・・・・そのままの意味。ごめん。あたしもう、耐えられそうにないから』


「耐えられそうにない?何に?」


矢継ぎ早な問いかけに、彼女は暗く沈んだ声で答えた。


『苦しいの。これ以上一緒にいても、あたしきっと笑えない。だから・・・・』


――――終わりにしよう。


殴られたような衝撃を覚えた。

どうして?何でこんな事に!?

瞬間的に考えを巡らせたが、答えは出なかった。


「なぁ、そんな事言わないでくれよ。俺はお前がいないとダメなんだ、頼むよ・・・・」


半ば懇願するように言ったその時、横からひょいと携帯電話が奪われた。


「貴女が沙織さんですの?初めまして。わたくし、一さんの婚約者の三城院 千歳と申します」


「やめろ!!返せ!!」


奪い返そうとしたが、素早く逃げられ、その手を掴む事さえ叶わなかった。


「・・・・ええ。一さんの事はこれからわたくしがしっかり支えていきますわ。ですから貴女は遠慮なくご自分の人生を生きて頂いて構いませんのよ」


笑みすら浮かべ、お嬢さんは静かにそう口にした。


「やめろ!!」


思わずつかみかかり、強引に電話を奪い取った。


「沙織!!違う!!俺が好きなのはお前だけだ!!」


『何が違うの?今そこで一緒にいる人と婚約したんでしょ?あたしの所に連絡一つよこさなかったのは、そういう・・・事だったんだよね。よく、わかったから・・・・』


ズキン!

電話の向こう側から響く酷く無機質な声に、俺は心臓を掴まれたような痛みを覚えた。

まただ。また俺は、彼女を傷付けてしまった!!

一番守りたい、守らなきゃいけない相手なのに!!


「沙織!!頼む!!俺は、お前を、愛してるんだ!!信じてくれ!!」


『信じるって何を?それともさっきの話は嘘なの?』


「それは・・・・・・」


頭の中に、色々な思いが駆け巡った。

今彼女に真実を打ち明けたら、きっと彼女は罪悪感にかられるだろう。

自分のせいで俺が望まぬ婚約を受け入れたなんて知ったら、優しい彼女は自分を責めるに決まってる。だけど、打ち明けなければ俺の彼女への想いは嘘だと思われてしまうだろう。

そんな思いが俺を躊躇わせた。


『もういい。わかったから。いいよ、あたしはもう、いいから。その人と、お幸せに』


――――さよなら。


ツーツーツー・・・・・・。


切れた。


「ちっ!!」


思わず舌打ちして走り出すと、後方からお嬢さんの声が響いた。


「一さん!?何処へ行かれるんですの!?」


無視して歩を進める。一刻も早く彼女のところへ行かなければ!!

焦る俺の手を、お嬢さんが掴んだ。


「あの方の元へ行かれるんですのね!?」


「アンタには関係ない!」


掴まれた手を乱暴に振りほどき、まっしぐらに外へと向かう。

今この時間なら、まだ道路は込んでいる。アイツの部屋へは、徒歩で行った方が早いだろう。そう思い、ビルの外へ飛び出した。


「お待ちになって!!」


道路脇の歩道前で、お嬢さんに腕を掴まれた。


「離せ!!早く行かないと、アイツが!!」


「行かせません!!一さんの妻になるのはわたくしですのよ!?他の方のところへ行くだなんて許せません!!」


「うるさい!!邪魔するな!!」


思わず乱暴に腕を振り払ったその時だった。


ドンッ!!


反動で、お嬢さんの身体が道路へと突き飛ばされた。


ププププーーーーーッ!!!!!


大きなクラクションが鳴り響いた直後だった。

目の前を、眩しい光が覆った。


ドンッ!!!!


物凄い衝撃音と共に、お嬢さんの身体が宙を舞うのが見えた。


ギュルルルルル!!!!


響いたブレーキ音とタイヤの軋む音。

目の前に停まった大きなトラック。

少し先の道路の上、広がって行く血だまりが見えた。

叩きつけられるように下へ落ちたお嬢さんは、ダラリと手を広げ、その脚はあらぬ方向へ曲がっていた。


「お嬢さん!!」


夢中で駆け寄った。


「お嬢さん!!しっかりしろ!!お嬢さん!!」


広がっていく血の海の中、悲鳴のように叫ぶ俺の声が、虚しく響き渡っていた。

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